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16. 友の為、ならば
しおりを挟むリリアーナは皇城内の庭園のガゼボにいた。
目の前にはシルフィアが座っている。
彼女と会うのは二回目だが、とても良好な関係を築いているとリリアーナは思う。
「リリアーナ様、またお痩せになられました?」
「え? そうかしら······まあ少し食欲がないのよね」
「ええ、まあリリアーナ様は痩せているのに出ているところは出ているのですから完璧なのですけれど!羨ましいですわ。
それにしても何故食欲が? 何かあったのですか?」
シルフィアはシャルロッテをちらりと見た。
彼女には事前に会ってリリアーナの様子を聞いていたのだ。
ヴィクトールとの間に何かすれ違いがあるという話を聞いていて、かなり塞ぎ込んでいると言われて来たのだが、今の所塞ぎ込んでる様子は見えない。
「ええと、そうね。少し、ヴィクトール陛下を怒らせてしまったのよね。」
リリアーナは顔を伏せて俯いた。
そんなリリアーナを見て、シルフィアは貰っていた情報とは少し違う印象を覚える。
事前情報だと、ヴィクトール陛下がリリアーナ様を怒らせたと心配している感じだったのだけれど。
これは・・・反対なのだろうか? とシルフィアは首を傾げる。
「リリアーナ様が陛下を怒らせた? そんな事があるのですか?」
「少し、煽られてしまってね。本当に大人げないわ······、そんな事でヴィクトール様に当たるなんて、失礼極まりないもの」
シルフィアは完全に混乱した。
リリアーナの言葉は先ほどから主語がない。
“誰が”、リリアーナを煽って“誰を”怒らせたのか。全く具体的な内容が入ってこないのだ。
「ええと、」
すると、リリアーナは椅子に腰掛けたまま目線を城の内部へとつながる通路に向けた。
そして深く大きな溜め息をつく。
「あれ、なのですけれど、」
「······あれ?」
シルフィアがリリアーナの目線を辿れば、そこには一人の年若いご令嬢がいた。
あれは確か······と名前を思い出そうとして、リリアーナがそれを告げる。
「ベルリアーノ伯爵のご令嬢、マリア嬢です。」
「そうでした······。勉強不足で申し訳ございません。」
「いいえ、そういう事ではないのよ。彼女は今年デビュタントなのだから知らなくても当然だわ。」
「彼女が······リリアーナ様に、何か無礼を?」
リリアーナは首を横に振った。
「無礼などではないわ。彼女に、告げられただけなの。なんでも彼女、陛下に選ばれて、此処にいるのですって。」
「······選ばれて? 何に、選ばれたのですか?」
「”皇妃候補実習” に選ばれたと仰っていたわ」
”皇妃候補実習”とは、つい半月ほど前まで話題になっていた、後宮に入る皇妃(側室)を選ぶための妃教育のようなものだ。
リリアーナが皇后となるのに反対している古参の貴族達が皇妃を取る事を前提に後宮を準備し始めたと聞いている。そして、宰相であるセドリックがそれを完全に廃止したと告げていた筈ではなかっただろうか。と、シルフィアは曖昧な記憶を辿った。
「······でも、あれは廃止されたのでは?」
「私もそう思っていたのよ。陛下にも、今は側室を娶るとは考えていないと直接言われたの。
だから信じていたのだけれどね······。」
そう言いながらリリアーナはその少女を遠い目で見つめた。それにつられシルフィアも彼女を見る。
そんな時、神の悪戯か。ただの不幸なる偶然か。
皇帝ヴィクトールが彼女の前に現れたのだ。
そして、マリアは花の綻ぶような満面の笑みを浮かべながら彼と話しだす。
「······え?」
次の瞬間、シルフィアは更なる驚きの光景に目を見張った。ヴィクトールが、庭園内を見渡すようにしてから、彼女を連れてそそくさと場所を変え、居なくなったからだ。
実は、今日のガゼボは事前に取った場所から変更している。そして、先ほどの二人からは見えない死角に位置しているのだ。ということは────、
『今のは、私達の場所を確認して鉢合わせになるのを避けていた、というの······?』
シルフィアは熟考に沈んだ意識を慌てて戻すと、リリアーナを見た。
瞳に感情はなく、全てを諦めているような表情の彼女は寂しそうに、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「でもね、仕方がないのよ······。ヴィクトール様は皇帝陛下なのだから。彼の言う通りなのだわ······。
皇帝である彼に手に入れられないものはない。欲しいものは全て、手に入れるって。」
「······え? 陛下が、そう仰ったのですか······?」
「いいのよ。本当の事なのだから、」
無理矢理笑顔を作ったリリアーナを見て、シルフィアはぐっと拳を握りしめる。
「······それは、あんまりですわ。『慣らし五夜』まで、もうすぐだというのに······、」
「ええ、でも私も少し強く言いすぎてしまったの。
私が誰かに心を奪われるなんて事、ないのに。『慣らし五夜』で他の殿方に心を奪われる事だってあるかもしれない等と、彼を煽ってしまったのよ。
陛下がお怒りになるのも当然だわ······。立場を弁えていない、妃なんて嫌いになられて当然よね」
あの感情は“嫉妬”、醜い感情だったのだわ。
儚く散るような彼女の言葉に、シルフィアは首を振った。
「いいえ、リリアーナ様は悪くありませんわ。今回の件は私(わたくし)、全面的にリリアーナ様の味方です!」
リリアーナとの面会を終え、シルフィアはシャルロッテと共にヴィクトールの執務室の扉を叩いた。
「「陛下の御前、失礼致します。」」
「ああ、入ってくれ」
執務室にはヴィクトールの他に、シルフィアの夫であるスチュワートがいた。
シルフィアを見て、ぱあっと顔を輝かせる夫の前を無言で通り過ぎ、ヴィクトールの前までくると立ち止まり、深いカーテシーをとる。
「皇帝陛下におかれましては───、 「よい、私が頼んだ件だ。座ってくれ、」」
その言葉にシルフィアは顔を上げて、じっとヴィクトールを見つめた。その鋭い非難の色が滲んだ眼差しにヴィクトールは口を開く。
「どうかしたのか、ランブルグ夫人。」
「陛下、畏れながら申し上げます。もう······これ以上、私の大切な友人であるリリアーナ様を、あんな風に傷つけないで下さいませんか······、」
どれくらい経ったのか、ヴィクトールの重い沈黙に耐えきれず、未だに事情を知らないスチュワートが妻のシルフィアを引くようにして席に座らせ、ヴィクトールは彼女を真っ直ぐ見た。
「理由を聞いてもいいだろうか?」
「本日、リリアーナ様との面会中に陛下を見かけました。大変傷ついておられましたよ?」
「それは······、」
「リリアーナ様は、陛下が他のご令嬢と密会されている所を目撃されていらっしゃいます。
あの密会も、”皇妃候補実習”の一貫なのですか? 「っ!シルフィアっ!!」」
「いや、良いのだ、スチュワート。頼んだのは私だ。─────して、実習が何故今でてくる?」
”皇妃候補実習”という言葉にヴィクトールは片眉を不機嫌そうに上げてシルフィアを鋭い眼差しで睨んだ。
「数日前、ベルリアーノ伯爵のルリナ嬢がリリアーナ様に接触し、陛下より直々に”皇妃候補実習”に呼ばれたと仰っていたそうです。」
「────は?」
ヴィクトールは眉間に深く皺をよせ、顔を顰める。
「そして、その直後にリリアーナ様は陛下とお会いになったのかと思います。」
「······そうか。なるほど、」
「リリアーナ様はご自分を責めて御出ででした。
皇帝陛下が手に入れたいものを手に入れるのは当然なのに、”嫉妬”をした、と。リリアーナ様は陛下を本当にお慕いしているのに······お可哀想です、」
ヴィクトールはその長い脚を組むと、椅子に凭れ掛かりすべてを察したような表情をして目を伏せる。
「ランブルグ夫人、リリアーナと話をしてくれて助かった。スチュワート、彼女に何か褒美を取らせたい。二人で考えておくと良い。
あと、夫人。これだけは言っておくが、私は“皇妃候補実習”などは行ってはいない。
マリア嬢はマルクスの推薦により、婚儀にくる来賓の通訳として登城しているだけだ。」
「そ、そんな······、でも、だとしたら······」
シルフィアはその言葉に愕然とした。
リリアーナが心を痛めて悩んでいた問題が、全てマリア一人の嘘によるもので、それにより二人がすれ違ってしまっているのだとしたら。
彼女はなんて重い罪を・・・。
マリアの小さな見栄から出た嘘は少しづつ飛び火をしながら、既にもう鎮火のできない程、大きな火事へと姿を変えていたのである。
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