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55. 皇国の狼と、金髪の竜人

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 艶やかな灰色の髪に大きな狼の耳、灰色の瞳に感情はないが、それは元々の彼の性格によるものだ。

 皇帝ヴィクトールの影を取り纏める青年、ロキ。
 
 彼は闇を駆けた。自分は半獣人族で耳の生えた中途半端な人間だから、完全に人間の形態にはなれないし、獣人族のように獣化もできない。けれど、この闇属性の魔法と狼の特性で普通の人間よりは遥かに強く、獣人の中でも引けを取らないだろう。

 夜の皇城を出て、闇に溶け込みながら探すのは、あの金髪の竜人ヴォルの痕跡だ。

 朝から一日中皇国を探し回っても見つからず、遂には竜王とその長男ロンファも謁見を終え帰国の途についた。
 日が沈み、皇国のドーム状の建物に灯りが灯って街全体が幻想的な雰囲気を醸し出した頃、彼はもう一度皇城を飛び出したのだ。


 皇都の中心、時計台となっている建物の上に登る。眼下には煌めく皇都が広がり、見上げれば美しい星空。


 ────── その時、シュッと風を斬る音がしてロキは咄嗟に跳び退いた。


「ふっ、犬如きガ。犬臭くてたまらン、」


 目の前を見れば、金髪に金色の目。額から伸びた長く太いその角は竜人の証だ。表情はなく、感情の抜け落ちたようなその瞳は無機質で薄気味悪い印象を与える。
 まあ、自分も人の事を言えた口ではないが、とロキは自嘲気味に笑った。


「······お前だって、あの変態バロンの犬だろ?」

「主を侮辱するな、殺すゾ。まあ、もともとそのつもりだがナ」


 直後、再び耳元でシュッと金属が空間を切り裂く音がして彼は寸での所で背中をのけ反らせた。


 ──── 早い、あまりにも早すぎる。


 目の前に居たはずの奴は気付いた時には真横にいて、その鋭い鉤爪を振りかざしているなんて。
 少し遅ければ耳を持っていかれていたな、とロキは冷静に考えた。


「考え事をしている暇はオマエにはないゾ」

「ッ、」


 一息つく暇すらなく攻撃が続き、正確にそれを避けたつもりが服を切り裂かれる。それに引っ張られるように体勢を崩し、その一瞬の隙をつくように横腹にヴォルの蹴りが入った。


「ッぐ、っは······!」


 上半身に鈍痛が走り、肋骨が折れた感覚と共に、ロキは膝をついて倒れ込む。
 あまりの痛みに呼吸ができず、ロキは目を見開き床を見つめた。


「っふ、う······っ、ゲホッ」


 口からこぽりと血が垂れて、その血を吸い込んで咽る。ただでさえ息ができないのに、これは少しキツイな、とロキは目の前の竜人を見た。

 やはり体力だけでは狼の半獣人である自分には力の差が大きすぎるか、と顔を歪める。
 身体に負担の掛かる闇魔法を制限せず、さらに魔道具などがあれば少しは変わるのだろうか······?



「お前の主の姫の秘密を吐ケ、」

「っふ······それは、むりだ······」

「そうか、それならじっくり殺してやろウ、」


 金色の瞳がぎらりと光って、ゆっくりと歩いてくるのをロキはじっと動かずに待っていた。
 そしてヴォルが自分の目の前まで来て、影がかかった瞬間にその影に溶け込む。

 そして時計台下の路地裏の影へと身を移した。

 少しでも足場があり、逃げやすく、最悪の場合騎士団か誰かの目の付きやすい場所に、と選んだのだが。

 直後、後ろから声がしてロキは驚きに目を見開き振り返った。


「オイオイ、そんな魔法で逃げられるト? 犬の匂いで、すぐにわかるゾッ!」


 ロキがヴォルの動きを目で捉えるよりも早く、彼の腕が一直線に腹に突き刺さる。


「······っぐ、······う”ぅ!!」


 ぐるりと手を回してはらわたを捻じるように掻き切られ、ロキは苦痛に顔を歪めた。
 内臓がその刃に斬られ、搔き切られ、えぐられたその表面から鮮血がぼたぼたと垂れる。


「ハハッ、オマエ、もう死ぬのカ? その前に姫の情報くらい吐け、イヌ!」


 ロキの意識が朦朧とし、リスクのある闇魔法を使い必死に臨時の治癒を行おうとしていた時、急に後ろから太い声が響いた。


「おい、テメー!皇国単語ウチで何しやがる?」

「ハ?人間が、なんだその口の利きカタ。竜人に不敬だぞ、改めロ」


 ロキの腹部に突き刺さった鉤爪を引き抜き、血が止め処なく吹きだすのを気にも留めずに、ヴォルは彼に向かって地を蹴った。

 ガキィン、という轟音が響き、ヴォルの息を呑む声が静かな路地に響く。
 手から出ていた鉤爪の刃が折られ、きらきらと美しい輝きを放ちながら地面に散っていった。


「オレの、刃を斬る、だト?」

「人間だからと、舐めてもらっては困る、」

「ああ、オマエ、皇国の騎士団のトップの奴カ。情報では、名を、ジョシュアとかいったナ」


 黒い鎧に体格の良い身体、それに負けないくらい大きな大剣を両手で持って腰を落とした黒騎士団のジョシュアは血を流し倒れている狼獣人に目を向けた。
 あれは、確か、陛下の影だ。と認識し、その目の前にいる竜人ヴォルを睨みつける。


「皇国の人間に手出しをされて、そのまま見過ごすわけにはいかない!」


 ジョシュアはその大剣をいとも簡単に軽々しく構えると、流れるような動きで振りかざした。
 その大剣がヴォルの腕につけた防具に当たり、バキィンッと大きな金属音を立てて割れたのを見て彼は言葉を漏らした。


「なるほど、その武器にも秘密があるのカ。それは少し不利だナ、」


 大剣で剣技が優れているだけならまだしも、この騎士団の男には隙がない。ヴォルはジョシュアをじっと見つめた。

 大剣はその大きさと重さから普通であれば隙が生まれる。そして自分には得意とする瞬発力があるので有利だ。だが、この騎士団の男はそれを見せない。武術
、体術も同様に得意だとして、それに加えて大剣に魔法がかけられているとすれば、仲間のいない今は圧倒的に不利である。


 ヴォルは軽い身のこなしで地面を蹴り跳躍した。どうせ、皇帝の影である狼は殺したのだからと、その場を立ち去る事にしたのだ。


「いつか情報は掴ませてもらおウ、」
「······、」


 ジョシュアは追わずに彼を睨み付ける。
 そして直ぐに地面に倒れ込んだ狼獣人の男に近寄り声をかけた。
 

「大丈夫か?!お前、陛下の影、だよな?立てるか?って······無理だよな、」


 ジョシュアは内臓のえぐられた彼をみた。出血もひどく、意識は混沌としていて、恐らく長くはもたないだろう。

 自分の上着を脱いでその患部を覆い、できうる限り止血するようにして抱えると彼が口を開いた。


「······ヴィク、トールさま······に······、」

「ああ、分かった。死ぬなよ、少し動くぞ!」


 もう夜の帳はおりている。人目に付かないとはいえ、早くこの影を陛下の元に届け、あの竜戦士の情報をセドリックに報告しなければ。
 ジョシュアはしっかりと彼を抱きかかえると、皇城へと急いだ。

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