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男の名は、房吉と言った。
身なりは商人風で、上方訛りがあった。
房吉は、十日ほど前から、保土ヶ谷宿の旅籠に逗留していた。
その間、房吉のところに何やら怪しげな人物が数人出入りした。
そして、その日の朝、房吉は旅籠を出立して、川崎宿を目指した。川崎宿で、元船乗りで、助三という男と合流した。
午の九つに品川宿に到着した二人は、すぐさま湊へ向かった。
そこには、助三の旧知の漁師二人がすでに待ちうけていた。
四人は、湊を行き来しながら、半時ほど何やら話をしていた。そして、三々五々散っていった。
これより十日ほど前、道之は江戸の問屋を回り終えた。
商談はことごとく不調に終わった。
分かり切ったこととはいえ、ただの一軒もとは、道之も考えなかった。
落胆は大きかった。
道之は明らかに、江戸の問屋の間に申し合わせがあるに違いない、と判断した。
いよいよ最後の手段に出るしかなくなった。
ただちに道之は、上方に飛脚便で文を送った。
そして、文を追うように、京へ草鞋を向けたのである。
房吉が品川宿に逗留して三日目の早朝七つ、品川湊の沖合に、およそ三〇駄の紅餅が積み込まれた三〇石船が、人知れず到着し、停泊していた。
そこへ、もう一隻、似たような三〇石船がゆっくりと近づいて行った。
そして、すれ違う際、近づいてきた方の船から乗り出した人影が何やら板のようなものを停泊していた船に取り付けた。
そのまま、後から近づいた船は、どこかに姿を消した。
板を取り付けられた船は、その後も停泊したままだった。
湊の沖合で船が燃えている、という騒ぎで品川湊に人だかりができたのは、八つを過ぎた頃だった。
消火は早々と諦められ、船は燃えるに任された。
幸い、海上で航行する他の船には被害が及ばず、燃え尽きた船は海に沈んだ。
その日の夕刻以降数日間、現場が改められたが、結局手掛かりは「高田屋」と刻印された一枚の板だけだった。
港で積み荷にあたっていた人足など数人から事情が聞き出され、沈んだ船は、高田屋扱いの船であることでほぼ間違いないとされた。
沖で回収された木札も最後の決め手になった。
船には、およそ三十駄の紅餅が積んであった、ということだった。
この事件は、なぜか江戸では当初それほどの騒ぎにはならなかった。
騒ぎになったのは、京の問屋たちの間であった。
その後、ほどなくして京の紅問屋は、江戸の紅屋に通達を送った。
数日後から、紅を使った化粧道具の価格がが軒並み上昇し始めた。
合わせて、品薄がそれ拍車をかけることになり、紅関連商品の価格は高騰することになるのである。
当初、江戸の問屋は、紅皿などの化粧道具の卸値が、どうしてここまで値上がりするのか、計り兼ねた。
江戸近郊の紅花は収穫は早いから、その時分には既に市場に出回り切り、問屋の在庫は底の状態だった。
そこへきて、京からの紅商品の流通量が減り、なおかつ卸値が高騰したとあっては、江戸の問屋に為す術はなかったが、手をこまねいて商機を逸するわけにもいかなかった。
江戸の紅花問屋連合は、密かに会合を開き、対策を話し合った。
その会合から半月の後、高田屋の手代が、江戸に到着した。
手代は、扇吉といって、あの三田宗助の甥であった。
その日、扇吉が対面しているのは、江戸の紅花問屋、橘屋の主人、木村羽左衛門であった。
「まことに申し訳ございません。若旦那の道之は外せない商談で、京におりまして、私が代理で伺いました」
これは道之の戦術だった。
羽左衛門は下を向くと、代理の代理か、とわざと扇吉に聞こえるようにつぶやいた。
羽左衛門にとって、道之ですら、商売の対等な相手ではなかった。それは、江戸のその他の問屋も同じ考えだった。
その道之すら来ないで手代を寄こしたことに、羽左衛門は露骨に不快感を示した。
しかし、今回ばかりは背に腹は代えられない。
「紅餅をできるだけ多く仕入れたいのだが」
扇吉は、江戸に来る前に京に立ち寄り、道之と段取りを話していた。そして、いくつかの想定問答を確認し合い、準備万端であった。
「できるだけ、とおっしゃられましても」「すでに、今年の分は出荷を済んでおりまして、ほとんど在庫がございません」
「ある程度まとまった量が必要なのだ」
「そうしますと、全国各地に出荷済みのものを調べてみませんと」
「急ぐ話なのだ」
羽左衛門は、歯噛みしながら言った。
結論を引き延ばすのも作戦の一つだった。
「いずれにしましても、一度納品したものを買い戻すことになりますので、かなりお高いものになってしまいますが」
「どれぐらいになろうか」
「例え買い戻しが上手くいったとしましても、どちらさまも、今の江戸の相場を知っておりますので」
「なんだ」
「当方がどれほど頑張りましても、その相場よりは安くはできませんかと」
結局、高田屋は、三〇駄の紅餅を通常の二〇倍の値段で、江戸の問屋たちに卸した。
そのころ市場では、普段の三〇倍近い値段で取引されている紅餅もあり、それに比べれば遥かに安値だと言わざるを得なかった。
もちろん、この三〇駄の紅餅は品川沖ですり替えたものだった。
高田屋の紅餅が大量入荷したことは、どこよりも先に吉原の遊女の間で噂になった。
その噂が立ち始めた頃、道之の姿は京にあった。
彼は、一連の出来事で、協力を仰いだ人たちへの挨拶回りや、接待に大忙しであった。
その時の事で、高田屋は江戸での商いの成功に加えて、嬉しい副産物を得ることとなった。
それは、京の問屋との信頼関係が深まったことであった。
結果、道之の命がけの掛けは、高田屋の商いを飛躍的に成長させることとなった。
しかし、この成功の陰で、大きな悲劇もあった。
道之の妻の急死である。
容態が急変したのは、彼が、挨拶回りで京の都に到着した直後だった。
さらに、危篤を伝える飛脚便が京に到着したのは、すでに道之が奥州への帰路に着いた後だった。
道之は、ついに妻の死に目に会えなかった。
身なりは商人風で、上方訛りがあった。
房吉は、十日ほど前から、保土ヶ谷宿の旅籠に逗留していた。
その間、房吉のところに何やら怪しげな人物が数人出入りした。
そして、その日の朝、房吉は旅籠を出立して、川崎宿を目指した。川崎宿で、元船乗りで、助三という男と合流した。
午の九つに品川宿に到着した二人は、すぐさま湊へ向かった。
そこには、助三の旧知の漁師二人がすでに待ちうけていた。
四人は、湊を行き来しながら、半時ほど何やら話をしていた。そして、三々五々散っていった。
これより十日ほど前、道之は江戸の問屋を回り終えた。
商談はことごとく不調に終わった。
分かり切ったこととはいえ、ただの一軒もとは、道之も考えなかった。
落胆は大きかった。
道之は明らかに、江戸の問屋の間に申し合わせがあるに違いない、と判断した。
いよいよ最後の手段に出るしかなくなった。
ただちに道之は、上方に飛脚便で文を送った。
そして、文を追うように、京へ草鞋を向けたのである。
房吉が品川宿に逗留して三日目の早朝七つ、品川湊の沖合に、およそ三〇駄の紅餅が積み込まれた三〇石船が、人知れず到着し、停泊していた。
そこへ、もう一隻、似たような三〇石船がゆっくりと近づいて行った。
そして、すれ違う際、近づいてきた方の船から乗り出した人影が何やら板のようなものを停泊していた船に取り付けた。
そのまま、後から近づいた船は、どこかに姿を消した。
板を取り付けられた船は、その後も停泊したままだった。
湊の沖合で船が燃えている、という騒ぎで品川湊に人だかりができたのは、八つを過ぎた頃だった。
消火は早々と諦められ、船は燃えるに任された。
幸い、海上で航行する他の船には被害が及ばず、燃え尽きた船は海に沈んだ。
その日の夕刻以降数日間、現場が改められたが、結局手掛かりは「高田屋」と刻印された一枚の板だけだった。
港で積み荷にあたっていた人足など数人から事情が聞き出され、沈んだ船は、高田屋扱いの船であることでほぼ間違いないとされた。
沖で回収された木札も最後の決め手になった。
船には、およそ三十駄の紅餅が積んであった、ということだった。
この事件は、なぜか江戸では当初それほどの騒ぎにはならなかった。
騒ぎになったのは、京の問屋たちの間であった。
その後、ほどなくして京の紅問屋は、江戸の紅屋に通達を送った。
数日後から、紅を使った化粧道具の価格がが軒並み上昇し始めた。
合わせて、品薄がそれ拍車をかけることになり、紅関連商品の価格は高騰することになるのである。
当初、江戸の問屋は、紅皿などの化粧道具の卸値が、どうしてここまで値上がりするのか、計り兼ねた。
江戸近郊の紅花は収穫は早いから、その時分には既に市場に出回り切り、問屋の在庫は底の状態だった。
そこへきて、京からの紅商品の流通量が減り、なおかつ卸値が高騰したとあっては、江戸の問屋に為す術はなかったが、手をこまねいて商機を逸するわけにもいかなかった。
江戸の紅花問屋連合は、密かに会合を開き、対策を話し合った。
その会合から半月の後、高田屋の手代が、江戸に到着した。
手代は、扇吉といって、あの三田宗助の甥であった。
その日、扇吉が対面しているのは、江戸の紅花問屋、橘屋の主人、木村羽左衛門であった。
「まことに申し訳ございません。若旦那の道之は外せない商談で、京におりまして、私が代理で伺いました」
これは道之の戦術だった。
羽左衛門は下を向くと、代理の代理か、とわざと扇吉に聞こえるようにつぶやいた。
羽左衛門にとって、道之ですら、商売の対等な相手ではなかった。それは、江戸のその他の問屋も同じ考えだった。
その道之すら来ないで手代を寄こしたことに、羽左衛門は露骨に不快感を示した。
しかし、今回ばかりは背に腹は代えられない。
「紅餅をできるだけ多く仕入れたいのだが」
扇吉は、江戸に来る前に京に立ち寄り、道之と段取りを話していた。そして、いくつかの想定問答を確認し合い、準備万端であった。
「できるだけ、とおっしゃられましても」「すでに、今年の分は出荷を済んでおりまして、ほとんど在庫がございません」
「ある程度まとまった量が必要なのだ」
「そうしますと、全国各地に出荷済みのものを調べてみませんと」
「急ぐ話なのだ」
羽左衛門は、歯噛みしながら言った。
結論を引き延ばすのも作戦の一つだった。
「いずれにしましても、一度納品したものを買い戻すことになりますので、かなりお高いものになってしまいますが」
「どれぐらいになろうか」
「例え買い戻しが上手くいったとしましても、どちらさまも、今の江戸の相場を知っておりますので」
「なんだ」
「当方がどれほど頑張りましても、その相場よりは安くはできませんかと」
結局、高田屋は、三〇駄の紅餅を通常の二〇倍の値段で、江戸の問屋たちに卸した。
そのころ市場では、普段の三〇倍近い値段で取引されている紅餅もあり、それに比べれば遥かに安値だと言わざるを得なかった。
もちろん、この三〇駄の紅餅は品川沖ですり替えたものだった。
高田屋の紅餅が大量入荷したことは、どこよりも先に吉原の遊女の間で噂になった。
その噂が立ち始めた頃、道之の姿は京にあった。
彼は、一連の出来事で、協力を仰いだ人たちへの挨拶回りや、接待に大忙しであった。
その時の事で、高田屋は江戸での商いの成功に加えて、嬉しい副産物を得ることとなった。
それは、京の問屋との信頼関係が深まったことであった。
結果、道之の命がけの掛けは、高田屋の商いを飛躍的に成長させることとなった。
しかし、この成功の陰で、大きな悲劇もあった。
道之の妻の急死である。
容態が急変したのは、彼が、挨拶回りで京の都に到着した直後だった。
さらに、危篤を伝える飛脚便が京に到着したのは、すでに道之が奥州への帰路に着いた後だった。
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