真理の扉を開く時
前世探検しながら、フェルメール絵画やレオナルド・ダ・ヴィンチ絵画の謎解きをします。
沢山書き過ぎて、度々エラーになるので第2部を作りました。
内容が、繰り返しになることが多いですが、ご了承下さい。
今までの流れをまとめました。
何度も、お話させて頂いた内容ですが、私がダ・ヴィンチやモナリザの謎を追求するようになったきっかけは、霊体験からでした。2009年の6月に、生まれて初めて、霊がかりを経験し、自動書記しました。
また断片的な前世の記憶が繋がって、幼い頃からの不可思議な体験を私小説風に綴っていた時期もあります。
西洋絵画研究所のような所に電話したり、モナリザを研究されている大学の准教授の方、美術家の方、ダ・ヴィンチの専門家の方、数名に長いお手紙を書いたりしました。まぁ、空振りが多かったですけど、ある先生には、ブログ内で私の疑問に答えて頂いたり、別のある先生には、アイルワースのモナリザについての正しい見解を、メールを通して答えて頂いたり、美術関係者の中にも、信用出来る方がいて、ホッとして、嬉しくなった事もたまにあったりして、そんなこんなで、今現在に至ります。
あるSNSのコミュニティにて、私の前世の記憶は、単なる妄想と批判されたショックから、霊体験や前世関連は、封印する事にしました。科学的理論及び根拠、数学的な解析等において、「モナリザはモナリザでない」を証明出来るよう、日々、努力しようと思います。
霊体験も、スピリチュアルサイエンスが証明出来る裏付けとなれば嬉しいのですが、そうなれば良いなぁという仄かな期待は、心の片隅にしまっておくことにします。レオナルドが微笑む女性を描くようになった、事の発端、「来世で巡り会いたい母」を描くことになった、その原点はレオナルド自身と、実母カテリーナの絵画の中における魂の共存、絵画における、母と自分(女性性と男性性)の融合融和、今生の、自身の寂しい境遇を慰める為に描いたものでした。
それが、発展的に絵画が変化し、最終段階として、宇宙を包み込むような、グレートマザーになったわけです。
私が霊がかりにあった時に、伝え聞き自動書記した部分はレオナルドの、一人の人間としての悲しみや辛さ、哀れな境遇を嘆くようなものでありましたが
モナリザを描いている過程において、レオナルドは、その感情を克服し、「全ては一つ」を悟っていったのだと思われます。
ダ・ヴィンチは、確かにジョコンダ夫人には出会ったが、彼女を見ていて追憶の母を思い出し、彼女自身の姿をもはや描けなくなってしまった…
ダ・ヴィンチは、肖像画ではない、全く新しい着眼点、構想から、別の絵を描くことを思いついた。衝撃的なインスピレーションを持った……しかし、ダ・ヴィンチがやろうとしていた事は、その時代の宗教理念に背くもの、描いてはいけないものだった。
沢山書き過ぎて、度々エラーになるので第2部を作りました。
内容が、繰り返しになることが多いですが、ご了承下さい。
今までの流れをまとめました。
何度も、お話させて頂いた内容ですが、私がダ・ヴィンチやモナリザの謎を追求するようになったきっかけは、霊体験からでした。2009年の6月に、生まれて初めて、霊がかりを経験し、自動書記しました。
また断片的な前世の記憶が繋がって、幼い頃からの不可思議な体験を私小説風に綴っていた時期もあります。
西洋絵画研究所のような所に電話したり、モナリザを研究されている大学の准教授の方、美術家の方、ダ・ヴィンチの専門家の方、数名に長いお手紙を書いたりしました。まぁ、空振りが多かったですけど、ある先生には、ブログ内で私の疑問に答えて頂いたり、別のある先生には、アイルワースのモナリザについての正しい見解を、メールを通して答えて頂いたり、美術関係者の中にも、信用出来る方がいて、ホッとして、嬉しくなった事もたまにあったりして、そんなこんなで、今現在に至ります。
あるSNSのコミュニティにて、私の前世の記憶は、単なる妄想と批判されたショックから、霊体験や前世関連は、封印する事にしました。科学的理論及び根拠、数学的な解析等において、「モナリザはモナリザでない」を証明出来るよう、日々、努力しようと思います。
霊体験も、スピリチュアルサイエンスが証明出来る裏付けとなれば嬉しいのですが、そうなれば良いなぁという仄かな期待は、心の片隅にしまっておくことにします。レオナルドが微笑む女性を描くようになった、事の発端、「来世で巡り会いたい母」を描くことになった、その原点はレオナルド自身と、実母カテリーナの絵画の中における魂の共存、絵画における、母と自分(女性性と男性性)の融合融和、今生の、自身の寂しい境遇を慰める為に描いたものでした。
それが、発展的に絵画が変化し、最終段階として、宇宙を包み込むような、グレートマザーになったわけです。
私が霊がかりにあった時に、伝え聞き自動書記した部分はレオナルドの、一人の人間としての悲しみや辛さ、哀れな境遇を嘆くようなものでありましたが
モナリザを描いている過程において、レオナルドは、その感情を克服し、「全ては一つ」を悟っていったのだと思われます。
ダ・ヴィンチは、確かにジョコンダ夫人には出会ったが、彼女を見ていて追憶の母を思い出し、彼女自身の姿をもはや描けなくなってしまった…
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