恋せよ乙女のオカマウェイ!!

隆駆

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性別が行方不明になりました

いちゃもんをつけられました

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「ええ、まぁ…」
「何やってたの?空手?」
「何かと言われると…微妙なんですけど…」
「?」
言いづらいのはわけがある。
ちらり、と貴子を見ると、片手で「OK」とサインを出している。
そこでようやく明日夢は口を開いた。
「実は、近所に小さな道場がありまして。
…元極道の方が趣味でやってるような場所で、幼馴染と共に子供の頃から通っていたんです」
「その幼馴染ってね、私の甥っ子なのよ~。残念ながら店に出せるような子じゃないんだけど」
極めて体育会系に育った明日夢の幼馴染は、叔母の頼みだろうと絶対に女装はしないと言い張っている。
貴子は懲りずに何度か頼み込んでいたようだが、流石にここ最近は随分ごつくなっていることもあり諦めた。
その矛先が明日夢に向いたわけだ。
「その方、いわゆる格闘技マニアで。合気道にテコンドー、柔術、棒術、ドス捌き…。まぁ、とりあえず基本だけは全部かじらされました」
なかでも明日夢は才能があるといわれ、孫のように可愛がってもらった。
…彼が昔世話になったという極道の親分を紹介された時には随分焦ったが。
困ったことがあったら連絡してくれと、随行していた若頭から名刺まで貰ってしまった。
ちなみにその組事務所、後でネット検索したところ、検索しなければ良かったとパソコンの前で頭を抱えたほど有名な大きな極道の上部組織だった。
若頭も随分男前だったが、どうにも物騒な気配が濃厚で一般人の手にはとても負えそうにない。
それに…なんというか、たとえ遊びだろうと手を出したら最後、という雰囲気があるのだ。
正直あまり関わりたくない。
それに比べれば、目の前の客人は随分育ちが良さそうに見え、まっとうな世界の人間だなとひと目でわかる。
だからこそ、極道の関係者だなどといえば倦厭されるかと思ったのだが。
「合気道か…。なるほど、だから姿勢がいいんだな、君は」
「基本ですから…」
素直に感心した様子で言われ、謙遜もへったくれもなくそのまま答えた。
「ドス捌きかぁ。うひょ~!カッコイィな!明日美ちゃんマジ最高」
「こらこら忍ちゃん。お客様の前だから、そろそろ少しは取り繕って頂戴ね」
「そういう貴子さんもドンペリガッツリ開けてるし。…んじゃま、いい加減お仕事しますかねぇ」
びしっと指摘すると、気を取り直したのかウィッグと思しき真っ黒なショートヘアを軽く背中に流し、男の肩にしなだれかかる。
男だと分かっていてもこちらがドキっとするような色気だ。
「ねぇ…?」
そして、男の太ももに自らの足を乗せ、唇が触れ合うのではないかという距離で見つめ合い…。
「ドンペリもう1本お・ね・が・い」
「…好きにしろ」
「やったぁ!!!オーナー、今度はピンドンにしよピンドン!!」
ひゃっほう!と飛び上がって喜ぶ。
「明日美ちゃんも好きな飲み物頼みなよ!なんならフルーツ盛り合わせでも言っとく??」
「こら、忍ちゃん、お客さまの前よ~」
「ごめんなさいオーナァー~。いやぁん凌ちゃん男前~!ほらほら、明日美ちゃんも!!」
「え、えぇ~??」
つまりとりあえず褒めろということか??
忍の手でグイグイと客人の前に差し出された明日夢は、やっぱり正面から見ても好みの顔にぐっと赤面してしまう。
「明日美ちゃんったら恥ずかしがっちゃって可愛い~!満更でもなさそう」
もっと近くにおいでなさいよ~と、とうとう真横に座らされ、もはや横を向けない。
「し、忍ちゃん…?そのくらいにしといて頂戴ね、明日美ちゃんはあくまでアルバイトなんだから!」
「え~?正式採用でいいじゃん!ねぇ~明日美ちゃぁん!おねぇ様と一緒に働きましょ~」
彼みたいな客が来るならそれも悪くないかもしれない。
一瞬そう思ってしまったが、慌ててブルブル首を振り、考え直す。
予想外に明日美をグイグイいかせる忍に焦ったのはオーナーだ。
先に凌に明日夢を勧めたのは、まず彼が本気に取ることはないと思ってのことだったが…。
「…まずい、まずいわ。明日夢ちゃんが凌ちゃんみたいなタイプに見蕩れるなら、うちの太一なんてまったく目に…」
ぼそぼそと小声でつぶやいているが、完全に陽気になった忍はまったく話を聞くつもりがない。
勿論、すっかり茹で上がった明日夢の耳にもだ。
「明日美ちゃん…だったね」
「はい…」
「君は大学を卒業したらどうする予定なんだ?」
「…一応、いま就職活動中で…」
先程は軽く血迷ってしまったが、この店に就職するつもりは毛頭ない。
声をかけられたことでまた軽く頭に血が上ったのを意識する。
「どこか第一希望でもあるのか?」
「ええ…」
まぁ、別に問題はなかろうと、第一希望としている大手商社の名前を出そうとしたその時だ。
ガシャーン!!!!
「きゃぁ――――!!!」
派手にグラスが割れる音が響き、室内のシャンデリアが共振してぐらりとゆらぐ。
音に驚いて振り返れば、そこにいたのは先ほど明日夢が追いやったはずのサラリーマンだ。
…なぜか、後ろにヤクザ風の男を二人引き連れている。
一人は見るからにチンピラ、そのさらに後ろにいるのが先輩格といったところか。
もしかすると、まずいことになったかもしれない。
「あれ…若狭組の連中だわ…。最近このあたりにちょっかいを出してきてるとは聞いたけど、とうとうここまで…」
ヤクザ風の男のつけているバッジに目をやり、困ったことになったと目尻を下げるオーナー。
「あのサラリーマンの知り合いにしては妙だと思いますけど…」
「多分、無関係よ。どうせこの店に付け入る隙を狙ってたんでしょ…」
つまりていのいい口実として連れてこられたのだろう。
よく見ると、先頭に立ってはいるものの、その顔色は若干悪い。
店の入口に飾ってあった洋酒の瓶を2,3本まとめて叩き割ったらしく、店の中には濃厚なアルコールの匂いが漂い、あちこちにガラス片が散乱している。
音に驚いて近くの客がグラスを落としたらしく、店内中が騒然とした騒ぎだ。
「まったく…なんで今日に限って…!」
「貴子さん…私行きましょうか…?」
憤慨するオーナーに、先ほど自分がサラリーマンをあしらったのが元々の原因でもあるのだからと声を掛けるが、彼女はそれに首を振る。
「明日美ちゃんは何も悪くないわ。…あなたはあくまで今日だけのアルバイト、怪我をさせるわけにはいかないの」
確かに相手がヤクザだとしたら分が悪いが…。
「俺行きますよ、オーナー」
「忍ちゃん…」
迷う明日夢に、自ら立候補した忍がすっと席を立つ。
去り際、凌に向かって何かを耳打ちしていたようだが、警察への連絡でも頼んだのか。
「よぉねぇちゃん…。あんたがこの店のNo1だってぇ?まぁ、確かにそこの化け物どもに比べりゃ、随分見られる顔をしてるよなぁ」
懐からナイフを取り出し、ぴたぴたと忍の頬に刃の背を押し付けるチンピラ風の男。
「…店でこれ以上騒ぐなら、警察を呼びますが」
「警察ぅ?呼ぶなら呼んでみろやコラァ!こちとらなぁ、ぼったくりにあったっつー友人に代わって金を返してもらいに来ただけなんだよぉ」
「ぼったくり?失礼な…」
ビビって多めに置いていったのは男の方で、会計はきちんと何の問題もないものだった。
飲み放題プランが存在しないため、調子に乗って高価な酒を注文し続ければ多少高額になるのは仕方ない。
「お客のみなさ~ん、この店はぼったくりですよぉ~。たっかい金払わされる前に、帰ったほうがいいとおもいますがねぇ~~」
「ちょっと…!!!」
店中に聞こえるような声で言い放った男に、店内にいた客のほとんどが青い顔で会計を申し出る。
ぼったくりを警戒したというよりは、ただ単に騒ぎに巻き込まれるのを恐れたのだろう。
「こっちは怪我までさせられたんだ、慰謝料を上乗せして、50万は払ってもらわないとなぁ」
下卑た笑みを浮かべる男に、忍の唇がぎりぎりと噛み締められる。
今にも殴りかかりそうな勢いだ。
明日夢の見立てでは、今騒いでいるチンピラは、明らかに雑魚。
その後ろに立ち、黙って様子を見ているのは、それより少しは格上のようだが、それでも大物とは言えない。
鎮圧することは難しくないが、その後でさらに上の立場の人間を連れてこられるのが厄介だ。
どうするべきかと考えているうちに、凌がテーブルの下でこっそりスマホの操作を始めていることに気づく。
やはり、警察への連絡を依頼していたようだ。
騒ぎに紛れ、その動きに気づいているものはいない。
警察の介入も悪くはないが…。
「ごめんなさい、貴子さんの店に悪い噂を流されたくはないので…」
そう断り、今にも通話ボタンを押そうとしていた男の手をそっと止める。
「このままだと確実に騒ぎは大きくなる。それでもか?」
責めるようなその声に心が痛むが、ここはそれを無視して、はっきりと答える。
「私が、止めるので」
「君が?」
お前にできるのか、そんな目だった。
「実は、裏の手があるんです」
そう、こんな場合にとっておきの、切り札が。
できれば隠しておきたかった切り札だが、ジョーカーとは出すべき時に出さねばなんの意味もないもの。
タイミングを間違ってはいけない。
覚悟を決めた明日夢の表情に一瞬見蕩れた凌は、「本当に、考えがあるんだね?」と念を押し、それにうなづくのを確認して、スマホの通話を閉じる。
――――さぁ、出番だ。
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