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オワタ…。

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以下は、中塚女史が亡くなった父親に聞かされたという話をまとめたものである。

むかしむかし、とある貧しい村に修業中の若い坊主がやってきた。
坊主は即身成仏を目指す修行僧で、この地で入滅(自ら餓死し、即身仏となること)をさせて欲しいと言う。
自分たちの村で生き仏が生まれると大変喜んだ村の長は、自らの息子を世話人として坊主につけ、入滅までのしばらくの間の面倒を見させることにした。
互いに年が近く、まだ若かった坊主は村長の息子を弟のように可愛がり、息子もまた坊主を兄として慕っていた。
しかし、その距離の近さが祟ったのか、次第に坊主は、自身の即身成仏に対して恐れを抱き始めてしまう。
既に1年近い年月が立ち、今更修行を取りやめたと村を立ち去ることもできず悩む坊主に、村長の息子は言った。
「一度入滅するふりをして、こっそり自分が後で助けに行くのはどうだ」と。
その提案に喜んだ坊主は村はずれで約束通り入滅を行ったが――――。


「村長の息子は、その坊主との約束を守ることはなかったの」
……ごくり。
「それって、つまり………」
「生き埋めね。希望を持っていただけ、裏切られた彼の絶望は深かったことでしょう…。再び掘り起こされた時には、彼の両手の爪は全て剥がれ、もがき苦しみ死んでいった痕跡がそこらじゅうに残されていたと言うわ」

「「「「「………」」」」」
あまりに壮絶な話に、言葉を失う高瀬達。
平然としているのは、ある程度の想像がついていたであろう竜児、龍一の二人だけだ。
「そ、それでは私が見たあの夢の男は………」
思い当たることのあった社長が喘ぐように口にすれば、それに対してどこか哀れみのこもった視線を向ける中塚女史。
「そこまでしてなお、即身成仏は結局失敗した。理由は、掘り起こすのが遅すぎたのだとも、修行の失敗だとも言われているけれど本当の所はわからない。
けれど、”彼”を掘り出した直後、村は大きな禍に襲われ、多くの死者が出てしまった。
”彼”の祟りだと恐れた村人は………ここでも結局また、愚かな選択をしてしまった」

――――愚かな選択、それは。

「彼を、再び地下深く埋め戻してしまったのよ」

!!

「………”彼”に恨まれても当然だと思わない?」
自嘲気味なその言葉に、重い沈黙以外誰も返せるものがない。
全員を代表して口を出したのは、流石に真剣な顔をした主任だ。
「じゃあ、もしかして……中塚君の先祖っていうのがその……」
「……元凶となった、村長の息子の直系と言われています」
「うぐっ…」
予想通りの発言に、嗚咽をこらえきれない社長。
自分の今の現状が、まさかそんな先祖からの罪科によるものだなどと、想像もしていなかったに違いない。

「…え、ちょっと待ってください…」
そこで高瀬は気づいた。
「埋め戻したって……。まさか、今もまだあそこに死体が埋められてるとか……」
そんなことないですよね、と。
続けられた言葉に、一同がみな、中塚女史からの是の答えをまった。
あまりに考えたくもないことだったからだ。

「本当なら、ある程度の年数が経ったところで場所を移し、きちんとした供養を執り行う予定だったらしいわ。
けれど明治の初め、墳墓発掘禁止令という法令が出された事で、彼を再び掘り起こすことは法律に反することとなってしまった…」

図らずも、その場が彼の正式な墳墓となってしまった訳だ。
困ったのは村人である。

「掘り出すことも、場所を移すこともできなくなってしまい…。
祟りを恐れた村人は誰もその場所に近づこうとはせず、一応名目だけの供養塔をその場に立て、そこで魂の供養をすることにしたらしいの」

「供養……」
一応は、そういった概念があったことにホッとする。
「だが、供養塔など、そんなもの……」
初めからなかったぞ、と主張するのは社長だ。
それが当然だと中塚女史は言う。
「壊れてしまったのよ。戦時中にね。
当時はそれが仕方の無いことだった」
「あぁ…」
確かに、それではどうすることもできない。
「その後、戦後になってどこからか話を聞きつけた学者が研究資料としての発掘を行ったと聞いているけど…。
既に土に返ってしまったのか、それとも掘り起こした場所が間違っていたのか。
結局、彼の亡骸をみつけることはできなかったそうよ」
「ってことは、あの場所にはまだその時の死体が埋まってる可能性が………??」
「恐らく……」
ひぃ、と小さくおののく声が聞こえ、現在その場所でを行っている責任者ふたりが、ガタガタと震えだす。
「村は解体され、戦時下のドサクサで、かつて村だった場所も多くが開発されていったけれど…」
そこまで言って、自嘲を深くする中塚女史。
「そんな、いつどこから死体が出てくるかわからないような土地、売れるはずがないでしょう?」
――――その土地を、村長であった中塚家が所有することに反対する者はいなかった。
当たり前だ。体のいい厄介払い同然である。
「き、聞いていない…!!私はそんな話、一度も聞かされていないぞっ…!!!」
この期に及んで、子供のような言い訳で責任逃れをしようとする社長。
思わず、中塚女史の口から深いため息がこぼれる。
「それが一族の情けだとどうして気づけないの…。
二人以上の子供が生まれた場合、今の話は家を継ぐ長子にのみ語られ、それ以下の子供たちは必ず婿養子として家を出るようにというのが、昔からの我が家の掟だったそうです」
呪いの影響を受けるのは最小限でいい、知ってしまえばそこに”縁”が生まれて逃れられなくなってしまうというのが当時からの考え方だったようだ。
そして”中塚”という苗字が指し示すように、本来ならば”中塚家”を継ぐのは長子である中塚女史の父親で、目の前の社長は婿養子としてその名を変えなければならないはずだった。
――――だが、そもそも中塚家の財産を狙っていた弟は、婿養子として家を出ることをせず、兄を蹴落としてその全てを手に入れた。
そのの中に、呪いも含まれていることを知らずに…。
「本来であれば、中塚家の長子は13年に一度あの場所で供養のための儀式を行うことになっていたそうだけど…」
実際に中塚女史の父親はその儀式を受け継ぎ、決められた年月にきっちりその儀式を行っていたのだという。
けれど、まさかの出来事で弟に裏切られた彼は、その後儀式の内容を誰にも告げることなくこの世を去ってしまった。
「……そもそもが一子相伝として残されたもの。
それが途絶えた今、正確にはどのような儀式を行っていたのか、今となっては誰にもわからない」

つまり、儀式を用いて祟りを鎮めることはもはや不可能となったということだ。

「ち、ちなみにですけど、最後に儀式を行ったのは……」
嫌な予感がして尋ねた高瀬。
薄々わかってはいたが、やはり答えは無情なもので。

「――――今から、13年前のことよ」

うん。終わったな。
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