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宿業と輪廻。

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御霊憑き、と。

蔑むように口にした龍一に、男はむしろ誇らしげな顔でにやりと笑う。

「どうだ、羨ましいか」
「!」
「俺達は一心同体だもんなぁ、みゃぁこ?」

すりすりと、触手へ向かい頬ずりをする男。

「ーーーーーー狂人が」

おぞましいとばかりにもう一度吐き捨てる龍一。
確かに傍から見れば凄まじい光景なのだが、見慣れてくるとまた違った解釈も高瀬の中に生まれてくる。

もしやこれ、ただノロケられてるだけなのでは、と。

この男が彼女にベダぼれだったのは確実。
この姿は仮の姿のようなもので、本体があっちの美少女だとすれば…。

惚気たくなるのも無理のない話かも知れない。
とり憑かれているということは、あんな美少女と四六時中、それこそ生まれた時から死ぬまで一緒。

うん。

「自慢したくもなるな、それ」
「……タカ子?」

君は何を理解を示しているんですか、と顔をしかめる竜児。

そこでふと思い浮かんだことがひとつ。

ーーーーーもしかして、龍一はあの美少女を知らないんじゃ……?

こちらの触手バージョンしか知らないのだとすれば、あの嫌そうな顔も納得できる。

「ねぇ竜児ーーーそういえばあの子、竜児に向かって変なこと言ってたよね?」
「そうですか?僕はもう忘れました」

しれっとうそぶく竜児に、「絶対嘘だね」と決めつけて「覚えてるでしょ?」と念を押す高瀬。

「古い知り合いだとか。百年前がどうの、とか」

あの時、そのセリフは竜児に向けたものであると思っていたが、よくよく考えればそれもおかしい。

、って言ってたんだよね、あの子」

つまり、美少女曰くの百年前に会ったというのは、竜児だけではなく高瀬も、ということになる。
高瀬には百年前の記憶も、例の美少女とどこかであったという記憶もない。
だがそれが、ではなかったとすれば……?

「ーーーーーまさか、生まれ変わった?」

ボソリとつぶやいた高瀬のその言葉に、男がこちらをすっと見たのが分かった。
そして、「それは内緒な」とでも言わんばかりに口元に指をあて、にやりと笑う男に高瀬は確信する。

やっぱりそうなんだ、と。

「ーーーーーーーん?てことは私と竜児は前世でも………」
「不確かな仮定の話をしたところで何ら意味はありませんよ、タカ子」

早口に淡々と告げる竜児は、しかしそれ以上この件に関してあまり語りたくない様子。

「ーーー僕たちの間柄に、前世なんて不確かなものは関係ありませんから」
「……まぁね?」

前世からの縁、というのもなかなか悪くない気はするのだが、どうやら竜児には不評らしい。
女子としてはなかなか心をくすぐられるワードだが、それ以上に何か引っかかるものを感じる。
なんというかこう……。

ーーーーう~ん?なんだろ、このモヤモヤ感。

まぁいいや、と高瀬はきっぱりそのわけのわからない感情を割り切る。
とにかく、龍一の登場により状況は一歩好転した。

「んじゃ、交渉再開で。
とりあえず龍一は回収できたし、あとはそっちがかけた呪いとやらをといてほしいんだけど?」

触手とお友達になる覚悟をきめ、話し合いによる撤退を求める高瀬。

「おい、瀬津……!」

そんな男と交渉をする必要なんて、と声を上げる龍一。

だが竜児が止めたいところを見ると、交渉による和平は意外と有効ではないかと思えるのだ。

しかし。

「呪い?そりゃあれか、あの腐れ坊主のやつか」
「ーーーーーー腐れ坊主?」
「例の即身仏の話では」
「……あぁ、なるほど」

即身仏を目指したものの、失敗したという話は確かに聞き覚えがある。

「でも、腐れって……?」

「つまり、失敗とは生きながら腐っていったということなのではありませんか?
食事を絶ち、水分を極限まで絞り出すことで内蔵の腐食を押さえる。
本来即身仏に向けての修行とはとはそうして生きながらミイラ化していく工程の事を意味しますが、それが失敗したということは、つまり」

死後、何らかの失敗により中途半端に内側から腐ってしまった可能性が高い。

「うえ……」
「大丈夫ですか、タカ子」
「……想像したらちょっと胃がムカムカしてきた」

人間というのは恐ろしいものを考え出す生き物だ。

「申し訳ないんだがな、嬢ちゃん。あの腐れ坊主の件はそっちで何とかしてもらえるか?」
「は?」
「俺としちゃ、奴の気持ちもわからんでもないし、想いを遂げさせてやりたい気持ちもあってなぁ」
「おいこら」

しみじみ言うが、想いを遂げるってそれ、先輩二人にこのまま呪われろってことか。

「だってなぁ。呪いたくなる気持ちもわかるだろ?仏になることよりも愛する女と人として生きる道を選んだってのに、肝心のその女に裏切られた挙句、んだぜ?悲惨すぎだろ」

ーーーーー実の、弟?

「竜児、そんな話あった……?」
「ーーーー後世に伝えられなかっただけで、可能性は皆無とは言えませんね」
「なにそのドロドロ……」
「事実は小説よりも奇なり、ですよ」

三流の昼ドラよりも尚酷い。
真実とは想像以上に惨たらしいものだったらしい。

「こっちとしゃ、もうことだし、そっちで何とかしてくれるんなら助かるんだが」

利用するだけ利用して消滅させちまうのも忍びないしな、と。
自分勝手な理屈を振りかざす男。
だが、気になるのはそこではない。

「ちょっとまって。……目的を、達した?」

それってーーーー。

「そもそも目的って」

確か、例の社長の一族に復讐することだったんじゃ、と。
そう口にしかけたその時だった。

ジャリ………。
「!」

人の足音が、聞こえてくる。
確かな足取りで、こちらに向かってやってくる音。


「……誰だ!」

誰何の声を上げたのは龍一。
面白そうな顔で口元を歪め、「おやおや」と笑ったのは男。
そして高瀬は。

「ーーーーーーーーえ?」

口をぽかんと開け、眉根を寄せて首をかしげた。

ーーーーーーごめん、本当に誰?
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