完結【マーガレット様、初対面の天才引きこもり男に股を開けと言われたらどうすればよろしいでしょうか?】

三月ねね

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 午後になり市場を出て商店街に移ってからも、自信を付けたニコラス様が率先してこなして行く。
ついつい口元が綻んでしまうほど会話はちぐはぐだが、毎回「男前なのに面白い人だねぇ」と冗談に取ってくれ、おまけを貰ってくる。

「これを見ろ。パンツをもらえたぞ!」
大通りの真ん中で小さなパンツを天に掲げる美丈夫はかなりシュールだが、本人は最高潮にご機嫌だ。
庭師の手袋を買った雑貨屋で、店員の若い女性にサンプルだと渡された赤い男性用下着は、女性用かと思うほど布面積が小さいし、中央が縦にぱっくり割れていて黒いリボンで結ばれている大変卑猥な代物だ。
このパンツではニコラス様の大きなアレは収まりきらないだろう。
「うむ、サンプルと言っていたから履き心地をレポートにして、あの店に提出しなくてはならんな」
あの若い店員さんはレポートを望んでいませんよ。
女性の勘ですがね、彼女はニコラス様をそのパンツで釣りたかったんだと思いますよ。俗に言う夜のお誘いですね。
言葉や行動の裏を読まないニコラス様には不発でしたが、今頃セクシー下着を穿いてポーズをとる姿を想像しているかもしれません……。
「もう仕舞ってください。レポートもいらないですよ。まぁ、パンツはいずれ何かの役に立つでしょう」
例えばそう……窓を拭いたりとか?

「さすがニコラス様ですねぇ。おまけだけでお腹いっぱいです。お金なくても生活できそう」
「何がさすがなのか分からんが、買い物とは楽しいものだな。今まで時間の無駄遣いだと思い込んでいたが僕が間違っていた。クロエ、ありがとう」
うぅ、美男子の破顔は太陽より眩しいです。
「私も楽しかったですし、おつかいの発案者はマーガレット様です。お礼ならマーガレット様にお願いします。では、そろそろ帰りましょうか」

 待機してくれていた馬車に乗り込み、オレンジ色の光が木々を照らす様子を窓から眺める。
すっかり夕方になってしまった。かなり歩いたから疲れたはずなのに、疲労感はない。
本当に楽しかった。頓珍漢なやり取りをしているのになぜか通じてしまい、最後にはおまけまでもらってくる。
大金持ちのはずなのに、コロッケ一個をもらって、キラキラと瞳を輝かせ子供のように喜んでいた。
せっかくだから一人で食べてと言ったのに、クロエと半分こしたいと、コロッケを差し出してくれた。
「またクロエと行きたいな……」
小さく呟いたニコラス様に頷きだけを返した。
行きましょうとは言えなかった。だって今日が終わればあと二日だから。


「クロエさーん、夕食は晩餐室で食べるそうですよ」
伯爵邸の玄関を入って直ぐにシンシアさんが教えてくれた。
一体誰と食べるのだろうか?簡素なワンピースのままでいいのだろうか?
おそるおそる入室すると、フェルナン様とマーガレット様、ランドルフ様とアリー様がいらっしゃった。
「旦那様、長旅お疲れ様でございます」
フェルナン様が到着しているとは思わなかった。いつもの仕事量からしてギリギリの到着になると予想していたのに。
ハンナさんが言っていたように、マーガレット様と離れているのが耐えられなくなったに違いない。
「クロエもお疲れさま。僕の美しい奥さんから聞いたけど、ニコラス君と買い物に行ってきたんだって?話を聞きたいから、今日は一緒に食べよう」
使用人が主と同じ食卓に座るなんてありえないけど、食後におつかいの報告時間を取ってもらうと、ご夫婦水入らずで過ごす時間が削られてしまう。ここはご一緒させていただこう。

「ニコラス、初めてのおつかいはどうだったかしら?何か収穫はあって?」
「あぁ、魚屋と酒屋で隣国からの輸入量が落ちていると言っていたな。調べてみる必要はあるが隣国の王が代替わりしただろ?関係している可能性はある。フェルナン義兄さん、王都で何か噂になっていないのか?」
「貴族たちの間でも話題になっているよ。業突く張りだとね。憶測だが、価値を高めようと輸出量を――――」
フェルナン様は政治の中枢に身を置いているので、政治の話はお手の物だけれど、私にはさっぱり分からない。
でも店主たちとの短い会話で隣国の王様までたどり着くニコラス様も凄いなぁ。

あ、予想通りテールスープだ。やったぁ!
「あなた、政治の話は後にしてちょうだい。ニコラス、他に感じたことはあって?」
マーガレット様に叱られて、フェルナン様が落ち込んでいる。
憐みの目で見ていると、ニコラス様が驚きの発言をした。
「領民たちは規範意識が低すぎる。対策を講じるべきだ」
ええ!?どなたも良い方ばかりでしたよ?
フェルナン様とマーガレット様、アリー様も驚いて、食事の手を止めニコラス様を見た。
何が起これば動じるのだろうと思っていた伯爵家の使用人たちも驚愕の表情だ。

唯一普通に食事をしているランドルフ様がアリー様に話しかける。
「アリー、手が止まっているぞ。ほらこれも食え。ニコラス、お前なんか勘違いしてるんだろう?アリーを驚かせるんじゃねぇよ。アリーの心臓はお前と違って小さくて可愛くて繊細なんだよ」
「勘違いではない。多くの店で不貞行為の誘いがあった。乾物屋の主人は僕に奥さんをやるから、クロエをくれと言っていた。あろうことか奥さんも同意したんだぞ!」
あぶなっ!テールスープを噴き出すところだった。
お世辞のレクチャーは誉め言葉に関してだけで、冗談について言及し忘れていた。

「それに冷静になって考えると、初対面の異性にこれを渡すのは、僕だからよかったものの相手によっては勘違いするかもしれないな。ハンカチなどに変更するよう進言すべきだった」
ポケットから見覚えのある真っ赤な布地を取り出し、びよーんと伸ばしながら掲げる。
中央の切れ込みが広がり、引っ張られたリボンが千切れそうになっている。
「「「……」」」
「ぎゃはははっ、なんだよそれ!お前それで収まるのかよ!子供のちん――いだっ!」
マーガレット様の扇子が見事なコントロールでランドルフ様の胸に命中した。
「ニ、ニコラス様、仕舞ってください。食事の席では相応しくありません」
この卑猥なパンツに相応しい場所があるのか分からないけど、とにかくテールスープの上で広げるものではない。
「早急に対処しておかないと事件になってからでは遅いだろう?領民の安全を守るのも僕の務めだ」
立派なお務めですけれど、あの女性だって人を選んでますよ。ニコラス様だから渡したんですよ。

「……フェルナン、食後に男性だけで話をしてちょうだい。破廉恥な話をアリーとクロエに聞かせたくありません。ニコラスを頼みますよ」
フェルナン様、申し訳ございません。私がパンツを取り上げておくべきでした。
でも、私が貰っても処分に困るんだものぉー。
「国政より荷が重いけど……愛しい奥様の頼みなら仕方ないな。不貞行為のお誘いについては君たち二人が容姿端麗だから褒めただけだよ。本来は双方が冗談だと理解したうえでの軽口だね。本気じゃないから心配はいらないよ。その布については……後で話をしよう」
容姿端麗はニコラス様だけだけど、フェルナン様が穏やかに説明してくれてよかった。これがランドルフ様ならもう一悶着あっただろう。
あぁー疲れた。外出より食事が疲れるなんて初めてです。

【フェルナン義兄さん、小用の時にこの小窓から陰茎を出すのだろう?いちいちリボンを結びなおすのは手間ではないか?陰毛も絡まりそうだ。レポートに改善するように書いておこう】
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