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 震える手で体を洗う。
自分からランドルフを誘った。
初めての経験はいつだって緊張するけれど、自分で決めた事だから後悔だけはしない。
故郷から出ると決めた時もそうだった。自分で決断した事柄にはちゃんと対処してきたわ。だから大丈夫よ。
それに相手は好きで好きで仕方ないランドルフだ。
二年間、爆発寸前の恋心を持て余していた相手じゃないの。
きっと素敵な夜になるわ。
今夜のことをおばあちゃんになっても覚えていられるように、しっかりと記憶に刻み込もう。

震えの止まった手で、用意されていた下着を付けてネグリジェを着る。
ガウンを羽織ろうと手を伸ばしたがやめた。
着こみ過ぎると、またナイフで切られそう。仏頂面のランドルフが目に浮かび、緊張が残っていた唇も緩んだ。

下着は、ほのかに透ける薄い水色のレースで作られていたが、紺色のリボンで結ぶデザインが可愛らしい。
母のレースじゃなくてよかった。
下着に母のレースが使われていたら、二度と母の目を見れなかっただろう。
ランドルフの瞳の色をした下着と違い、ネグリジェは上質な厚めの白いシルクで、首元まで詰まっており、足首まで続く白銀色の貝ボタン以外は何の装飾もなかった。

ネグリジェ姿で居室に戻ると、ランドルフが見当たらない。
ソファーから、何とか子爵とか男爵とか聞いた事のない貴族の名前が聞こえてくる。
静かにソファーの背から覗き込むと、腕で抱えた頭を開いた両膝に突っ込んだランドルフが、唸り声にも聞こえる声で騎士爵の名前を呟いている。
「ランドルフ?」
小さく呼びかけた声に俊敏に反応し、勢いよく立ち上がり私の姿を上から下までサッと確かめた。
「くそぅ予想外だ。こっちの方がそそりやがるっ!!性悪魔女めっ!!」
マーガレットを罵ってから「直ぐに出て来るから、ベッドに入って待ってろ!」と叫び、お風呂場までの短い距離を飛ぶように走って行った。


 ローズウォーターで肌を整える。
長い髪の毛先の方に下りて来た水分をタオルで押さえる。
肌に保湿クリームを付けてから、くしで髪を梳かした後、最後にもう一度だけ水分をタオルに吸わせる。
視線を感じて鏡を見ると、下履きだけを身に着けたランドルフと目が合った。
体を焼くような熱い視線に言葉を失い、手も止まる。
「……」
「……続けろ」
一言だけ告げてから、大きく息を吐いている。
自分の呼吸も止まっていたことに初めて気づき、息を吸ってから答えを返す。
「もう終わったわ」
「いつもそうやるのか?」
「?いつもの手順よ」
顎に手を当て、なにかを考えながら近づいてくる。
座っているアリーの真後ろに立ち腰を屈めると、黒く光る髪をすくいキスをした。
「今度、最初から教えてくれ。俺がお前にやってみたい」
この面倒な作業をしたいなんて変な人と思いながら、肩をすくめ「好きにして」と言うと、
「あぁ、好きにする」
と抱き上げられた。
そっちの好きにしてではないけれど、そっちも好きにして欲しかったので止めなかった。


 高価で繊細な壊れ物を扱うように、ベッドに横たえられる。
何も言わなくてもランプを消しに行ってくれた。
カーテンの開いた窓から射し込む月明りは、私が望む暗さよりも随分と明るいが、人工的な光が無くなっただけでも気が楽になった。
覆いかぶさって来たランドルフの顔が、半分だけ青白い月光に照らされている。
なぜだか泣き出しそうな表情をしていて、思わず手を伸ばし硬い頬に触れる。
ランドルフの大きな手が挙がり、私の小さな手を覆うと、震えが伝わって来た。
「……お前の方が落ち着いているな」
「だって、ランドルフが相手だもの」
何と言っていいか分からず、心に浮かんだままの言葉を伝える。
「ランドルフが相手だから。ランドルフと一緒にすることだから。ランドルフ……ランドルフを愛してるの」
フッと息を漏らしてから、諦めたように話し出した。
「お前は一度決めたら強いな。俺は緊張で震えが止まんねぇのに」
「変なの。初めてなのは私の方だよ?」
わざとからかうように言うと、ボスッと音を立てて私の横に倒れこみ、そのまま抱きつくように引き寄せられた。
「軽蔑されそうで、あんまり言いたくないが、俺は金と欲だけの冷めた行為しか知らない。言い方は最低だが、排泄行為だったんだ。だから、アリーと出会ってからの二年間は戸惑いだらけだった。生身の女より、アリーの部屋に向かって自分の手でしごく方が気持ちいいんだから、ヤバイ変態になっちまったってうろたえたよ」
視線を避けて私に縋り付く姿が、嫌わないでくれと言っているみたい。
「俺は……今、童貞だ。愛し合うのは初めてなんだよ。どうやったらいいのかさっぱり分からん」
無意識にランドルフの髪を撫でていた手を頬に移し、金の散る瞳を覗き込む。
「二人でする事なんだから、二人で探して見つければいいじゃない。……気持ちいい時、頑張って言う……出来るだけ」
最後は恥ずかしくなり声が小さくなってしまったが気持ちは伝わったようで、やっと微笑んでくれた。

 再び覆いかぶさって来たランドルフと、微笑み合いながら軽いキスをする。
何度もキスを繰り返しているうちに、自然と深いキスへと変化していく。
下唇を甘噛みされるのが気持ちいいなんて知らなかったわ。

震えの止まった手でネグリジェの小さなボタンを外される。
「数が多すぎないか?ナイフを準備してくればよかった」
ランドルフの仏頂面を見て、やっぱりガウンを着なくて良かったとクスクス笑う。
膝立ちになったランドルフが、中途半端に開いたネグリジェを両手で掴みニヤリと笑った時に、やっと何をするつもりか分かった。
止めようと声を上げるより早くボタンがはじけ飛んだ。
「もうっ!!なんてことをするのよ!!」
厚手のシルクは無事だったが、ボタンがあった場所には、ひょろりと糸が残っているだけだ。
「笑ったお仕置きだ。そういえば、こんな風にボタンを引きちぎる妄想もしたな」
いたずらが成功して、ご満悦の表情でキスをされると許してしまう。
キスが首から胸へと移るにつれ、空気が薄くなっていくようだ。
「綺麗だな。やっとだ。やっとアリーの肌にキスが出来た。下着がセクシーだ。それに俺の目の色だ。全部見たいから脱がすぞ」
矢継ぎ早に短い言葉を浴びせた後、さっさと自分の下履きを脱ぎ捨て、アリーのネグリジェは焦らすように下げて行く。
新たに肌が現われた場所にはキスをして、時には歯を当てすぐに舐める。
たった一枚の服を長い時間をかけて脱がされながら、体にキスが落とされるたびに、女としての喜びを感じる。
「本当に綺麗だ」
ほんのりと透ける水色の二枚を残し、膝立ちのランドルフが凝視する。
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