誰にも止められない

眠りん

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一章

丹野君③

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「り、莉紅様っ!?」
「おい莉紅!」

 誰かの困惑の声。そんなの耳に入らないくらいの鋭い痛みだ。
 永瀬は僕の肘から下の表側をナイフで刺して、そのまま手首まで真っ直ぐ線を引いた。

 切れ目から血が溢れて床を血で濡らす。激しい熱さと痛みに、息も出来なくなる。
 咄嗟に腕を押さえて倒れた。けど、そんなんじゃこの痛みは済まない。血が……止まらない……!


「んーーーーーーーーーーーっ!!!!」

「和秋、布持ってきたよね? 丹野君の目を隠して」

「えっ? う、うん……」


 視界を布で覆われた。痛みが強くなった気がする。聞いた事がある、視覚や聴覚や嗅覚を塞ぐと他の感覚が鋭くなるのだと。
 これは痛覚を強く感じさせる為!?

 鬼畜か外道の所業だ。永瀬……可愛いと思ってたのに。


「んーーーーっ!! んーーーー!!」


 傷口がドクドク脈打つ様に痛む。永瀬のクスクスと笑う声が聞こえてきた。


「このまま放っておいたら血がいっぱい出て死んじゃうかな? そうそう、雑菌とか入ると化膿したりね。破傷風になったら最悪だよね?」


 怖い事を言い出した。まさか殺す気か!? 盗撮したたけで、そこまで恨まれるなんて……。
 助けて下さい! 誰か、誰か、お願いだ。死んじゃうよ!!


「破傷風になるとね、まずは高熱が出るんだ。酷い痙攣を起こして、背中が弓なりになって死ぬんだよ。その時背骨折れる事もあるんだって。
 見てみたいなぁ、ふふふふっ」

「うんんんんっ!」


 やめてくれって言ってるのに、言葉が出ない。唸る事しか出来ない。
 腕に何か液体のようなものが流れた。血とは違う、もっとサラサラした液体だ。
 消毒液の匂いだ。手当てされてる……?


「冗談だよ。どう怖かった? 心配しなくても傷口は浅いし、死ぬような傷じゃないよ」


 小さな手が僕の腕を掴んでいる。ガーゼを当てられて、包帯を巻かれているのが分かる。
 誰だろう? この中で一番小柄なのは永瀬だけど、手当はしないだろう。もしかして梅山……?


「莉紅様、ちょっとやりすぎじゃない? 私達詳しく聞いてないんだけど、この人何したの?」

「僕達の朝の日課、ずっと盗撮されてた」

「……嘘っ?」

「まさか……あれを?」


 梅山と佐々木の声に力がなくなった。僕の腕を触れる手が震えているから、やっぱり梅山か。
 でも震えてたと思った手に力が入る。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いっ!!


「んんんんんんんっ!!」

「は? ざけんじゃねぇよ」


 僕の腕が床に落とされた。まだ途中なんだろう、包帯が緩くなったのが分かる。まさか今の声は梅山か!?
 物凄い低い声、男の声も出せたのか……。
 梅山は男って知ってたけど、怒っても「もうっ」くらいの反応しかしないと思っていた。


「その盗撮したって、写真?」

「動画みたいよ」

「マジかよ……」


 佐々木の声も震えている。そりゃそうだろうな。あんな姿記録に残されて、嫌がるだろうな。


「丹野君聞いてるかな? 僕はさぁ動画を撮られた事に対して怒ってるわけじゃないんだよ。
 ねぇ、和秋ならもし僕達の朝のアレを知らない人達でやってて、見ちゃったらどうする?」

「見なかった事にする……かな」

「でしょ。他には大谷君みたいに声を掛けてくるか、先生にチクるとか? 動画撮るにしても僕ならそれをネタに脅すかなぁ。
 お前ら僕の言う事聞けって言ってね」

「何に対して怒ってるの?」


 梅山が永瀬に問う。動画を撮った事じゃなければ、なんなんだっていうんだ。


「僕らの愛の行為をさ、AV扱いされた事かな。勝手にテメェの欲の為に使われたんだよ、穢された気分。許せないなぁ、殺したいくらい許せない」

「俺らは莉紅がする事に反対はしないよ。でも殺さないでくれよ。
 もし彼が死んだら、俺は君の罪を被る覚悟はしてるって事を覚えてて」


 佐々木が恐ろしい事を言いだした。何こいつ。


「そんな事になったら私は愛人やめるわ。でももし殺して莉紅様が捕まったら、葵唯君の事は私が守るから安心しなさいよ」


 梅山は永瀬の味方ではなさそうだ。
 けどこれで分かった。ここには俺を助けようって思う人は誰一人いないって事。
 二人とも部屋から出ていってしまった為、結局永瀬が包帯を巻き直した。
 少し痛みが治まった気がするけど、やっぱり痛いものは痛い。


 そして痛みで気付かなかったけれど、最悪な事が起こっていた事を、手当が終わって気付いた。
 あまりの痛さから尿を漏らしていた。脚は濡れて今は冷えている。ズボンも尿を吸って重い。
 ズボンの裾で永瀬に気付かれないように床を濡らした尿を拭いたけど、あまり意味がない。 


「丹野君、漏らしちゃったね?」

「んんんっ!! んーーっ!」


 ごめんなさい、許して下さい、言っているのに。


「ビニールシートはあっちだよ。床にしないように言ったのにね」

「んんんっ! んんっ、んんんっ」

「言えなくてカワイソ」


 永瀬がギャグボールと目隠しを外した。
 見える事が単純に嬉しい。暗いのは恐怖だ。見える事、自由に話せる事がこんなに幸せな事だと知らなかった。


「ごめ、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ゆるじてぐださいっ、もう無理です、勘弁して下さい」

「ダメだよ。早くズボンとパンツと靴下脱いじゃいな」

「許して下さい! もうしませんっ、もうしませんっ!!」


 涙が零れた。服まで脱がされるのは恐怖でしかない。


「駄目だってば。罰は受けないとね?」


 怪我をしていない右手で抵抗をしようとしても、無理矢理脱がされてしまった。
 尿を吸っている服からポタポタと床に滴っている。全部舐めろと言われそうだ。
 そんなの絶対無理だ。


「じ、自首しますっ。反省しますから……」

「だーめ。自首はさせないよ。僕らの事も問題になるだろ?」

「じゃあどうすれば許してくれますか?」


 永瀬がニコッと暗い笑顔を浮かべた。笑っていない恐ろしい笑顔だ。許してくれない予感がめちゃくちゃしている。


「床汚した分、舐めて綺麗にしてね」


 嫌々と首を振るが、永瀬が僕の頭を掴んで床に押し付けた。目の前には僕が漏らした尿と、少しの血……。
 無理だ、絶対無理。


「舐めてね」


 言い方は優しいけど強制力が強い。舐めなきゃいけないのか……。ナイフで切り裂かれた痛みより、こんなものを舐めさせられる事に涙が出る。
 目から一粒、二粒と涙が零れていく。


「うぅぅぅ」


 ぺちゃ……と舐めた。しょっぱい味と何とも言えない気持ち悪い味を味覚が正しく教えてくれる。今だけは味覚障害になりたい。
 息を止めて無心で舐める。気持ち悪さに嘔吐えずくが、吐き出すわけにはいかない。きっとそれも全て舐めさせられるだろう。


「そこまでにしておきなよ。後は俺が掃除しとく」


 小倉……! まさか助けてくれるなんて思わなかった。少し上を向いてみると、小倉は僕に憐憫の目を向けている。


「それじゃ罰にならないじゃん。甘やかさないでくれる?」

「トラウマレベルのもの植え付けるのは違うんじゃないの?」

「なに、僕に逆らう気?」

「俺らだって、動画撮られて困る事してたんじゃん。彼だけの責任じゃないよ」


 永瀬と小倉がバチバチと睨み合う。けれど、小倉が先に目を逸らしてしまった。
 そんなに永瀬の方が強いのか? 何か弱味でも握られているのか……?


「あぁ~なるほど。葵唯がされたいんでしょ? 可愛いね」


 永瀬にそう言われると小倉は顔を赤くした。何も言えずに俯くあたり、マジらしい。
 えっ? これ、僕どうなるの……?
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