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万事解決

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「ええっ⁉︎ ウォルホートに結婚を邪魔されているですってぇ⁉︎」

 少々説明くさすぎる公爵夫人の声が、豪奢な部屋に響き渡る。わなわなと震える夫人の向かいのソファには、柄物のアスコットタイを締めたマリナスが座っていた。そして、仕事中であるアルゼットは、クロスバックルを付けた護衛官姿で彼らの背後に控えていた。

「ええ、そうなのですよ、マルガリータ様。アルゼット殿は前世の私の大恩人です。前世で非業の死を遂げてしまったアルゼット殿には、ぜひとも今世で幸せになって頂きたいと思っておりまして」

 マリナスは役者をやっているだけあって、非常に弁の立つ男だった。アルゼットが仕えている公爵家の夫人にも、堂々たる口調であることないことを仰々しく述べている。

 マリナスが考えた、ウォルホートに仕返しをする方法はこうだ。ウォルホートは貴族や大商家相手に不動産業を営んでいる。当然、アルゼットが仕えている公爵家も顧客、それも上客中の上客だ。マリナスは上客からの言うことなら、あのウォルホートも聞くのではないかと考えた。

 幸いなことに、件の公爵夫人はオペラッタを好み、特に男性のみの歌劇団『オルロワージュ』を箱推している。オルロワージュの看板俳優の一人である自分の言うことなら、味方をしてくれるのではないか──マリナスの案に、アルゼットは正直なところ半信半疑だった。当然、上手くいけばいいなと思っていたが。

「ええ、ええ! 私も、アルゼットとシトリンさんには幸せになって欲しいと思いますわ! 運命のつがいが戦争によって死に別れ、千年の時を得て再会するだなんて……! なぁんて感動的なの‼︎ まるでオペラッタのワン・シーンのようだわ……!」
「ウォルホート殿は、そんな二人の仲を裂こうとしているのですよ。それも、アルゼット殿が前世で奴隷であったことを引き合いに出して」
「まぁ! 愛の前に身分差なんて無いも同然ですわよ! それに今世のアルゼットは我がクロスフォード家の護衛官! 彼の人となりはこの私が保証します! アルゼット、安心してちょうだい! 私がウォルホートに一言言ってやりますわ!!!」

 公爵夫人マルガリータは真っ赤に塗った爪先をぐぐっと握り締めると、天井へ向かって勇ましく拳を突き出した。

「有難き幸せにございます、マルガリータ様」

 アルゼットは鼻息が荒くなっている女主人に対し、恭しく腰を折る。

 (まさかこんなにも上手くいくとは……)

 この女主人は元々、隣の大陸にある国の王女だった。白羽族の末裔が多く住むこの国とは違い、彼女の母国には前世という概念はない。しかし、歌劇を好む女主人は『運命のつがい』というフレーズに弱い。よく、白羽族を扱ったオペラッタ(悲恋物)を観に行っては涙を流すぐらいだ。アルゼットとシトリンの前世での悲劇を知れば、応援する流れになるのは当然と言えば当然なのかもしれない。
 アルゼットは女主人の後ろで小さく息を吐くと、マリナスへ向かって黙って頭を下げた。


 ◆


「うぬぅ……お前たちの結婚を、ゆ、許す……」

 数日後、そこには完全に敗北を期したウォルホートがいた。彼は苦渋に満ち満ちた顔で、末娘の結婚を許したのだった。

「アルゼットさん、ごめんなさいねぇ。ウチのお父さんが迷惑をかけたみたいで」
「いえ……」
「お父さん。いくら前世のこととは言え、もう千年も前のことなのですから。これからは余計なことはしないのよ?」
「わ、分かってるよ、……ママ」

 ウォルホートの隣に座るシトリンの母親は、目が覚めるような美しい婦人だった。とてもではないが二十代半ばの娘が二人もいるようには見えない。今年で五十歳らしいが、サンドラそっくりの赤い髪には白髪は見られず、肌艶も良い。笑顔がどこかシトリンに似ていて、アルゼットは少しドギマギしてしまう。

「はいはい! 辛気臭い話は終わりにしよ! バーベキューの準備が出来たから、さっさと庭に来てよ」

 応接間にシトリンの姉のサンドラがやってきた。彼女は灰色のエプロンに煤をつけている。開け放たれた扉の向こう側からは、肉が焼ける香ばしい匂いが漂ってきている。

「アルゼット、行きましょう。皆が待っているわ」
「あ、ああ……」

 シトリンが発した「皆」の言葉にアルゼットに緊張が走る。実は今日この日、仕事の早いシトリンの母親がこの屋敷に親戚一同を集めていた。アルゼットのお披露目をしたいと言って。
 ウォルホートの屋敷は資産家らしく貴族家の屋敷と見紛うぐらい立派なものだ。庭もひろびろとしていて、百人規模のホームパーティも開催が可能だった。

 果たして自分はシトリンの親戚たちに受け入れられるのだろうか。アルゼットはハラハラしていたが、彼の心配は杞憂に終わる。


「おおっ! 天上戦争の英雄がやっと来たぞ!」
「あれが今世のアルゼット⁉︎」
「すっごく爽やかになってるじゃない~!」

 扉を開け、階段を降りた先はかなり規模の大きなバーベキュー会場になっていた。炭火焼きを行う石囲いは十台あり、おのおの串に刺した肉や野菜、魚介を焼いている。
 アルゼット達がバーベキュー会場に降り立つと、ワッと歓声があがった。

 端的に言えば、前世のアルゼットの身分を卑しく思い、嘲る者はこの場にはいなかった。

「アルゼット、君が前線で戦ってくれたおかげで我々白羽族が生き残ったと言っても過言ではない!」
「そうよ。王宮が襲撃を受けた時も、あなたがいたから女官の皆は無事だったわ!」
「ありがとう!」
「ありがとうございます!」
「私たちの英雄、アルゼット!」

 感謝の言葉が飛び交う中で、クラッカーも鳴らされる。
 「結婚、おめでとう!」との言葉もあがる。

 アルゼットは何が起きているのか、すぐには分からなかった。隣にいるシトリンも、呆気に取られている。二人はお互いの顔を見合わせる。二人とも、クラッカーから出た金銀の紐だらけになっていた。



 ◆



 それから二人はすぐに籍を入れ、結婚式を挙げた。
 お互いの両親だけではなく、親族、友人、シトリンの職場の同僚、アルゼットの勤め先である公爵家の人間までもが参列する大規模な式となった。
 二人の今までの憂いが嘘のように祝福された、それはそれは素晴らしい式だった。
 

「夢みたいだわ」

 と、結婚初日の床でシトリンはつぶやいた。

「ここまで上手くいくなんてな」
「ええ、心配する必要なんて、何もなかったわね」
「……そうだな」

 しばらく二人は手を握り合い語らっていたが、先に寝落ちしてしまったのはシトリンの方だった。
 アルゼットは彼女を起こさないよう、ゆっくり手を離すと、彼女の額に軽く触れるだけのキスを落とした。


「シトリン……」

 名前を呼んでも反応を返さないことを確認してから、アルゼットはゆっくり口を開いた。

「俺は前世のことを思い出したよ」

 一言だけアルゼットは愛妻に真実を告げると、彼は布団に潜り込んだ。彼は、実は結婚式の前夜に前世のことをすべて思い出していた。何故このタイミングで思い出してしまったのかは分からない。しかし、前世のことを思い出しても、彼のシトリンへの愛は変わらなかった。
 いつか、結婚生活が落ち着いた時にでも話そう。
 アルゼットはシトリンに背を向けると、そっと瞼を閉じた。
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