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五年経っても、やっぱり聞こえる
しおりを挟む それから五年の月日が経った。
相変わらず、チェチナはウィンストゲンの心の声が聞こえていた。夫の本音が聞こえる理由は未だに分からない。頭がおかしくなったと思われそうで、こんなこと誰にも相談出来ないし、原因を調べる方法さえ分からないからだ。
もうチェチナは完全に諦めていた。
「ちちうえ、抱っこして!」
「ははっ、いいぞ~」
五年の間に、二人には一粒種が生まれていた。ノールという名の男の子で、父親そっくりの毛色を持って生まれてきた。
子どもが出来たのは早かった。結婚してまだ四ヶ月の時にチェチナの妊娠が分かり、愛だ恋だという時間もあまりないまま、二人は親になってしまった。
それでもチェチナに後悔はない。ウィンストゲンは三十歳目前で、すぐにでも跡継ぎとなる子どもが必要な状況だった。この国の方針で、五十歳で後継者に貴族家の家督を譲らなければならないというルールがある。実際、末っ子長男であるウィンストゲンも十六歳の若さでこの伯爵家の当主となった。
ノールも十代後半で伯爵家を継ぐことになるだろう。ぎりぎり士官学校へ入れることは出来そうだ。
チェチナは中庭で遊んでいる父子を見て、目を細める。
彼女は幸せだった。
愛する夫がいて、息子がいる。
夫の心の声が聞こえるというハプニングはあったが、この結婚をして本当に良かったと思う。
「ちちうえ! ボク、大きくなったら、ははうえと結婚したい!」
「駄目だ」
「何でぇ~~?」
「母上は父上のものだからだ」
息子の子どもらしい主張に、ウィンストゲンは目を細めつつも、本音はこうだった。
《こんなに幼いのにチェチナの素晴らしさが分かるとは、さすがは我が息子。しかし、父は負けぬぞ。私が一番、チェチナを愛している》
ウィンストゲンはこの五年でチェチナへものすごくデレるようになった。きちんとチェチナへの愛を自覚し、その執着っぷりは年々増している。……が、実は口や態度には殆ど出していない。
ウィンストゲンは夫として父親として、この家の当主として、あくまで表向きは、節度のある態度をチェチナに取っていた。
「二人とも、お茶にしましょう? 今日は私がクッキーを焼いたのよ」
「わーい! ははうえのクッキーだいすき!」
「ありがとう、わざわざ悪いな」
《チェチナが焼いたクッキーか……。食べるのがもったいないが、そう言うと怒るからな。しかし、なんと幸せなのだろうか。美しく聡明な妻、元気いっぱいの息子と中庭で茶が飲めるとは。幸福な家庭を築いてくれた、チェチナには感謝してもしきれないな。あんまり礼ばかり言うと『しつこい』と怒るが、チェチナは怒った顔も可愛らしいから堪らない……チェチナチェチナチェチナチェチナチェチナ》
口では短く礼を言うぐらいだが、心の中ではかなりねちっこくチェチナを賛美していた。うるさいと言いたくなることもあるが、チェチナはだいたい笑顔で夫の本音をスルーする。それでも溜まりかねて怒ることもあるが。
ウィンストゲン本人に、心の声が聞こえることは言っていない。それに今さら『あなたの心の声が聞こえる』などと教えてもどうしようもないだろう。
(教えても、『やはりそうだったのか』って、ウィンストゲン様は笑顔で言いそうだけど)
チェチナは口許を手で押さえて、くすりと笑う。
「どうしたんだ? 何だか嬉しそうだな、チェチナ」
「いいえ、何でもないんですよ」
実は先日、二人目の子を孕んでいることが分かった。
ウィンストゲンはちょうど視察へ出掛けていたので、妊娠のことはまだ知らないはずだ。
ああ、今から夫がどのような反応をするのか楽しみで仕方ない。ちなみにノールの時は、口では静かに喜んでいたが、心の中ではお祭り騒ぎだった。
(ウィンストゲン様には悪いけど、2パターンの反応が聞けるのはちょっと嬉しいのよね。祝福が倍になったような気がして)
夜、二人きりの時にこっそりウィンストゲンに教えよう。
チェチナはドレスの上から下腹をそっと撫でた。
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