やさしい夜明け

蒼唯ぷに

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第1話

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こんな世の中に、希望なんてあるものか。
ただひたすら、毎日を生きることだけで、楽しいことなんてなにもない。
楽しもうとも、思わない。
誰かを信じて、誰かに裏切られて、自分が傷つくだけなら、誰ともかかわりたくない。
この暗い夜の世界で、ただ生きていくだけだ。

そう思う事にしようと決めてから、何年たっただろう。

ここはゲイ専門ヘルス。
客は男好きばかりで、サービスを提供する俺らも当然男だ。
男しか愛せなかった俺にとって、そこは至極単純明快な稼ぎ場所だった。

今夜も俺は、何も身につけない素肌に、白いタオル生地のガウンに着替えて、客の待つ部屋へと向かった。


――コンコン カチャ

 
「こんばんは、ノエルです。ご指名ありがとうございます」

店の個室は2畳しかないスペースに、マットレスが敷いてあるだけで、息が詰まりそうなほど狭い場所。
その奥には更に狭い簡易シャワールームがあって、天井はプレイが視覚的に楽しめるように鏡張り。
客のモン抜いてあげてハイ終わりな場所は、これで事足りる。

「やあノエルくん。へへへ…相変わらずキミはフランス人形のようなきれいなお目目に、白い肌…ゴクリ、はぁはぁ、可愛いねぇぇ、へへへ」

べっとりとした皮脂がツヤツヤ光る顔で、中年くらいの客がにやつきながら俺をみて発情してる。
このオッサンはよく俺を指名してくる常連。

「ふふ、せっかちですね。ねぇ、シャワー浴びてから…ね?」

「ふほほっ、そうだねそうだったね、すぐ済ませてくるからね」

「はい、待ってます。ふふっ」

先走る客にシャワーを促し、その間に個室に備え付けてあるローションを手に取り、洗面器に垂らした。
これから客のモノを慰めるために必要な、いつも通りの支度。

そもそも俺がこんな所で働くきっかけになったのは、初めて好きになった男に貢いだことから始まる。

それは19歳の頃の話だ。
相手は四十を過ぎたオヤジだった。
そいつのこと、バカみたいに愛して尽くして、終いにはありったけの金をつぎ込んでいた。
そいつの借金返す手伝いして、俺まで借金して。
当時の俺は、そこまでしてもそいつと繋がっていたかった。
それが愛ってもんだと、信じて疑わなかった。
利用されていたことにも、そいつに女がいたことにも気づかず何年も。

おかげでそいつと縁が切れても借金だけは残っていて。24歳になった今でも、効率のいい風俗店で働き返済に追われる日々を送っている。
それと同時に、風俗で働くことはこれまでの自分への戒めにもなった。
バカな男にハマって、自分で招いた事。こんな暮らしになったって自業自得だ、って…。
 
だいたい…、俺は陽の当たる明るい場所で真面目に地道な仕事をできるほど出来た人間じゃない。

地下で隠れるように営業するこの店。
下品な色の間接照明が四隅を照らし性欲を掻き立て、表に出せない趣味を持った男たちが快楽を求めて集まってくる場所。欲望に素直な男たち。時間と金で割り切れる行為が繰り広げられる空間。

なんとも俺にふさわしい。

もう、誰も信じないし、自分の可能性も信じない。
陽の当たる世界には、行けないんだ。
俺にはそんな資格はないし、そっちの世界は俺にとって眩しすぎる。

薄汚い俺は、夜な夜なこうして地下で静かに身を削って金をこしらえて、昔の過ちを精算していくしかないんだ。
だって、どうしようもないじゃないか。
今の俺があるのは他でもない、自分のせいだ。
こんなつまらない人生を作り上げてしまったのは、なにも考えてなかった俺が悪いわけで。
だからといって、いまさらこんな俺に手を差し伸べてくれる人もいないし。
求めようとも思わない。


「さぁ、ノエルくん、シャワー浴びたよ、気持ちよくしてくれよ、ほら」

「ふふ、もうこんなになってますよ?我慢してたんですね?」

「ああ~ノエルくん。今日は社長と呼んでくれよ、イヒヒ、はぁはぁ、イヒヒ」

「いやらしぃ社長…、こんなに固くなって、ふふ。お仕事もコッチも、溜ってるの…?」

「いひぃ~~!ああ~ノエルくんなんて美しい顔なんだ、たまらない表情だァァ、いひっ、足で弄っておくれ、イヒヒ~!」


部屋に入れば、客の男たちは、普段潜めている自分の性癖をさらけ出す。
今日みたいに、万年平社員のオヤジが、社長と呼ばれたがったり、貴族になったつもりになったり、家畜のように扱ってくれと願ったり。
様々な趣向のプレイを、客の望みのままに叶える俺。

「社長ぉ、もうそろそろイきましょうか?今夜は何回イけますか?ふふ」

「あひ、あひ、ノエ、ノエるくんの足っ、うひひ。綺麗な足だねぇ、うひょひょ、舐めたいよノエルくんの足~」

興奮した客は俺の身体に触れようとする。
それをやんわり手で払って、「だ~め」と言えば、客はゴクリと唾を飲み込み「追加料金払うよ!」と言った。

俺に触る箇所が増える度に、追加料金、オプション…って。
たかだか足を舐めさせるだけで、ボッタクリもいいくらいの金を搾り取って。

ホント、稼げるよな。
バカな男がワンサカいるおかげでさ。
まったく、気持ち悪い男共だ。

ああ嫌になる。
反吐が出る。

こいつらも
俺も

抜け出したくなる…。

でも

抜け出したい…
そんなことを思ったら、かろうじて繋ぎとめている精神が壊れてしまうんじゃないかとおもう。
だから、それ以上は思わないようにしよう。

これは戒めなんだ。
自分への罰。

俺は希望を抱いてはいけない。
その先にあるのは、裏切りと絶望。

だれも信じない。

今を抜け出そうなんて
かんがえるのは辞めよう。

 



 
何人かの男達の性処理を手伝って、幾つものプレイ要求に応えて、深夜0時になった頃。
店の支配人に呼ばれる。

「次のお客さん、新規だよ。かなり持ってる。上手いこと引き出してよ」

「わかってるよ」


『持ってる』は金のこと。
俺に興味を引きつければ、追加料金をいくらでも払ってくれるだろう金づる。
つまり客を夢中にさせて、金を引き出させろ…ってことだ。

言われなくたって、やってるよ。
俺は今更客に本番迫られたって、怖いことなんかないんだ。

 
今夜はこれで最後になるであろう客の相手をするため、また個室に向かった。

そして次の客の待つ個室の扉を叩く。

 ―― コンコン カチャ

 
「こんばんは。ノエルです。今夜は僕がお相手します」

 
いつものように形式だけの挨拶をして、中に入る。
マットレスの端に座っている客は、肩をビクっとさせて、下を向いたままだった。


「…あ、よ、よろしくおねがい、します」

「……」

 
俯いたまま返事をし、俺の顔をチラ見しては、顔を少し赤らめて、しどろもどろしている男。
なんだろうこのひと。ガタイは良い方なのに妙に腰が低いというか挙動不審というか。
新規の客…とは聞いていたけど、ヘルス自体初めてなのか?

 
「あの~、もしかして…こういうとこ初めて?」

 
そう聞いてみれば少し安心したようで、男は顔を上げて応えた。

 
「は、はい、初めてなんです…。だからその、どうしていいか…」


俺に向けて照れながら笑顔を見せた男。

うわっ!なになに。
すげぇ、イケメン!

男は店の規則に従い服を脱いでガウンに着替えてるから、胸元が見えてて、足も太ももまで露出している。

そこから見る限り綺麗な白い肌で、整った筋肉質な身体だと推測できる。
がっしりした首、程よい肉付き。
なのに、くりんとした大きな目に、ぷっくりとした赤ん坊みたいな唇。
さらりとして短い、少し赤茶混じりの黒髪。
どこからどう見てもイケメンだ。かなりの上物だ。

このひと、コッチの世界じゃかなりモテそうだなぁ…。
わかってて来たのかな。

とはいえ、その容姿に反してなんていうか…

 
「俺、浅木優夜っていいます。年齢は27歳、会社員です。今夜はその、よろしく御願いします」

「え、あの、別に名前は言わなくても…」

「あ、そうなんですか」

「うん。…こういう場所だから」

「あ、あのさ、ノエルさん、でしたよね。ノエルさん、俺は何したらいいの?」

「え、何って…」

「ノエルさんをその、気持ちよくすればいいのかな?…でも俺男相手したことなくて」

「へ?…ええ??」

「う、わ、わかってんだけど、頭ではわかってんだけどさ、わかんねぇんだよ」

「あ、あのぉ~~~…」

「いい!笑うなら笑ってくれ、いいんだ。ヘタクソなセックスで、ノエルさんには悪いことをするけど、よろしく御願いしますっ!」

「ちょっと、ちょっと待って!」

 
おいおい待ってくれよ。なんだなんだこの人!

いきなり風俗店でフルネーム名乗って自己紹介するわ、俺をどうするか言い出すわ、でもってやめてくれそのノエルさんって。お見合い場所じゃねぇっつーの。
何か根本から間違ってないかな!?異世界感ハンパない人だな。

焦るようにしゃべる彼の言葉をとりあえず遮る。


「あのさ、浅木さんは、その~…風俗経験ってあるの?」

「ない。今日が初めて」

「この店にはどうやってきたの?」

「ゲイ専門のヘルスがあるって、ネットで見つけて…」

「浅木さんはゲイ?」

「…え、えと…」

「…ちがうの!?」

 
そしたら急に黙ってしまった。

待て待て。なんでノンケがこんなとこ来てんの。いや、あるけどたまに。
でも、ひやかしやトラブルは困るから、大体門前払いなんだよ。
登録制だから最初に色々書く項目があったはず。この人、適当に書いたなぁ?


「ゲイじゃないなら、規約違反だよ」

「あ、いや!ちがうんだ、もともとはそうじゃなかったけど…」

「けど?」

「今、付き合ってる奴が男で…」

「……ふぅん」

「男と付き合うのは、初めてで…その…」

 
まさか、なに。
ここに勉強しに来たなんていわないよな。

 
「ノエルさん!教えてくれ!俺に、男の抱き方を教えてください!頼む!!!」

「はぁあああ!?」

 
それがこの不可思議なヘタレ男、浅木優夜との出会いだった。

 





  
それからというもの、浅木さんは週に2回くらい店にやってくるようになった。


「そもそも!ここはセックスの仕方を教える場所じゃないっつーの」

「っ、ぅ、は、…っく!」

「聞いてる?浅木さん」

「っは、ノ、エル、そんなにしたら、イく、マジ、もうイくっっ!」

「もう?扱き始めてまだ5分も経ってないよ?早漏だね浅木さんは」

「っあっ、ぁっっ!」


いつも午前0時にやってきて、指名料を払って俺を指名する。
浅木さんってけっこう稼いでるんだな。支配人の言うとおり「持ってるひと」だった。

部屋に入れば、浅木さんはガウンに着替えて待っててくれて、いつものように俺は自分の手を使って浅木さんのモノを慰める。
それがこの仕事で、それが浅木さんとの目的であって、それ以上でもそれ以下でもなかった。

マットレスに寝ころんだ浅木さんの無駄にでかいチンコをいじり倒して、大したこともしないうちに果てたそれをティッシュで拭い綺麗にすると、浅木さんは息を整えたあと俺に話しかけてきた。

 
「俺が思ってたのと、なんか違う」

「なにが?」

 
ガバリと身体を起こして、乱れたガウンを羽織り直して浅木さんは俺の横に座った。

 
「俺さ、てっきりお店の子とヤれると思ってたわけ」

「だから、ヤル場所じゃねぇよ。ヘルスってのは」

「これじゃ、俺が慰められてるだけじゃね?」

「そういう場所だもん。俺に触るのも基本料金内ではNGだし」

「オプション?」

「そ。内容にもよるけど」

「じゃあ追加料金払えば、ヤルこともできるの?」

「挿入は原則だめ。…でも、大きな声では言えないけど…やりたいならできないこともない」

「そうか…」

 
浅木さんは、俺の店に来てゲイとセックスができると思っていたらしい。
いま付き合ってる彼を抱くために、どうやって事を運ぶか学びに来たという、変わった客。

でも、この店はセックスをする場所じゃない。

相手がいない寂しい男が欲求をもて余しやってきて、俺たちを使って処理する場所。

基本的には手で相手のモノを扱いてイかせて終わりだけど、追加料金を払えば、フェラもするし、俺の身体に触ることもできる。互いのモノをすり合わせて達することもできるし、なんならケツに挟んでイかせることもする。

ヤレルというのとは、ちょっと違う。いわゆる本番禁止ってやつだ。
でも、そういいながらも、…個人の判断でコッソリ客と本番楽しんで、オプション料金ピンハネしてる奴もいるとおもう。

そういう俺も、過去に本番を強要されて、店には報告せずに客から直接金をもらったこともあった。

すごく、乱暴に抱く人だった…。ちょうど、浅木さんくらいの歳の人だった。けっこうかっこよくて、見た目だけなら本気で惚れそうになった。
いつの間にか来なくなったな、あの人。まあ、二度と会いたくないからいいんだけど。


「ねぇ、ノエル。ノエル?」

「え?あ、うん?」

「俺マジで悩んでんだよ。どうやったら男抱けんの?」

「ん~…、じゃあまず、早漏を治そっか。我慢できるようになったら、教えてやるよ。フフッ」

「ノエルのテクがヤバイから我慢できないんだって~」

「一回イってから二回目でチャレンジするとかどう?そしたら少し持つかも」

「そうかなぁ・・・。基本俺溜まってるから」

「お盛んだな」

「…っうっ…」

「あ、すご。もう勃った」

「ノエルの触り方、エッチ。ローション反則…それ、すぐイく…」

「じゃあ、コレ覚えて帰ってよ。恋人にしてやるんだろ?」

「…うあ、あ…それどころじゃ、な…あ」

「も~こんなにガチガチにして、フフ」

「っあ、はぁ、はっ…――っ」


横に座っていた浅木さんの股間に手を伸ばして、ガウンを捲って弄ると、そこはすぐに反応して熱くなった。

浅木さん、すぐ射精するわりには、何度も勃つんだよな。意外と絶倫なのかも?
ふは。こんなヘタレなのにね、ココはこんなに逞しいなんてギャップ。おかしいの。

 

 
 




浅木さんが俺の手コキにそこそこ慣れてきた頃、フェラもしてあげるようになった。

 
「浅木さん、少しは耐えられるようになったね」

「うん。でも気を抜くとすぐイくよ?」

「じゃあ次はご希望のオプションを…」

 
― ジュルルゥ

「っあっ!く!!」


フェラはオプション料金が発生するけど、浅木さんはそんなの全然気にしなくて。
それより色々やりたいと言ってくる。

本気で俺と本番までやろうと思っているのかな。
その、…恋人のために?

真面目っていうか、なんかズレてるっていうか。
相変わらず、謎な人。

 
「あしゃ、ぎしゃ…ンプ、ちゃんと学習、してよ?」

「んっ、う、うん・・・でも、はぁ、ああ・・・」

「らめらよ…、チュプ、ぷは、せっかくフェラしてるのに、気持ちよくなるだけじゃ」

「はぁ、ああ、わかってる、け…ど、はぁ、ノエル。あ……、ノエルの舌…ああ」

「ちゅぱ、こぉして、裏も舐めて…チュプ、ペロ――」

「っくあ、ああっ!」


マットレスに座って、両足を広げる浅木さんの股間に顔を埋めて、熱を持って反り立つ陰茎を丹念に舐め上げる。
裏筋を下から上へと舐めては、先端を甘く噛んで、唇で吸い付きながら舌先をチロチロと尿道にねじ込んだ。

 
「っく!ダメだ、ノエル、出るっっ!」

「んっひ、もぉ!?」

「ぅあ、ああっ!」
―ドプ…トプトプ…ッ

「っぷは、あ」

「あ、ぁあ、はぁ、はぁ…―――ハァッ」

 
まだ始めたばっかりなのに、すぐイちゃうんだから。つまんないの。
ていうか、学習してねーじゃんこの人。

 
「はぁ、あ、はぁ、ノエル上手すぎ」

「ねぇ、浅木さん。目的忘れてない?覚えて帰らないと、恋人にやってあげらんないじゃん」

「はぁ、…ん~~、そうなんだよなぁ…」

 
パタリとマットレスに仰向けに横たわった浅木さんの股間にティッシュを落として、ごしごしと拭きあげていたら、浅木さんの恋人の話になった。

 
「あいつさぁ、ゲイなんだって」

「あいつって、浅木さんの恋人?」

「そう」


ていうか、そもそも恋人いるのに、週に2回も店に通う浅木さんってやっぱり変わってるよな。デート時間減ってんじゃないの?
でもまぁそれくらい、その恋人とセックスしたくて焦ってるってことなのかな。

 
「もともと、大学の友達だったんだ」

「……ふぅん」


浅木さんのプライベートの話なんて、初めて聞く。

大学…、友達…。
その言葉一つ一つから、謎だらけの浅木さんがどんな人なのか、パズルを組むように頭の中で整理していた。


「男しか好きになったことないって言われて、その上で、俺と付き合いたいってコクられたのが最近」

「その彼氏は仕事してんの?」

「うん、俺と同じ会社にいる。部署は違うけどね」

「え、それって、浅木さんが好きだから、同じ会社に入ったってことじゃ…」

「ははは。だろうな。そうだと思うよ。あいつ昔から重要な決断は全部感情任せだから」

 
浅木さんのチンコを拭いたティッシュを丸めて、ポイっとゴミ箱に捨てた俺。

なんか、昔のこと思い出して、ざわついた。
俺も、そういう鬱陶しいことしたことあったな…って。


「コクられて、確信に変わったかな。あ~そっか、こいつ、ずっと俺のことそういう目で見てたんだ・・・って。お互い女と付き合ってたこともあったのにさ」

「浅木さんはそのとき、気持ち悪いって思わなかったの?」

「う~ん、どうだろう…深く考えなかったかな。友達としては好きだったし、これからも一緒に居たいと思ってるし…」

「でもそれだと友達から脱しないじゃん…」

「そうだよな。だから俺、ちゃんとあいつを相手できるようになりたいって思って、こんなことしてるんだよ、ははは」

「…なんか変なの」

「変かな?俺真面目に男抱けるようになろうと思ってるんだよ?」

「う~ん…どうかなぁ…」

「でもだめだ~~、ノエルのテクがよすぎて、俺、気持ちよくなって終わりじゃん、いつも」

「だね。相変わらず早漏だし」

「ねぇ、いい加減その早漏って言うのやめない?傷つくんだけど」

「だったらもっと耐えろよ。いつまで経っても本番できないぞ!」

「…がんばるよ」


起き上がって浅木さんは照れ笑いをした。

俺も浅木さんのプライベートの話を聞けて、少し嬉しかった。
客と必要以上の関係を築くことは、いままで一度だってなかったのに。
たぶん、自覚してなかったけど、俺はこのときすでに浅木さんに特別な感情を抱き始めていたんだ。

 








浅木さんは、キッチリいつも午前0時にやってくる。
何度か来店するうちに、俺とのプレイに慣れてきたようだ。


「やっとここまでできるようになったね、浅木さん」

「ん、まぁ…っは、っう」


俺と浅木さんは向かい合って、お互いの陰茎を擦り合わせながら快楽を共有していた。これもオプション。
俺が浅木さんの太ももに跨って、浅木さんの陰茎に俺のを擦りつけて、ローション垂らしてただ腰を振るだけで挿入はない。


「気持ちい?浅木さん」

「うん、結構モたない…かな」

「まだイくなよー?時間はたっぷりあるんだから」

「はぁ、あ…ああ、っくっ」


浅木さんの身体、少し体温が高くて、あったかくて気持ちいいな…なんて思って、浅木さんの肩に手を置いて胸元に視線を落とす。
180cm以上あるであろう浅木さんに170cmの俺が跨り腰を下ろすと、ちょうど俺の耳元に浅木さんの口元がきて、ハァ…って熱っぽい吐息が耳をくすぐった。

低い、息を殺すような声。身体の芯に、ズンと響く色っぽい声。
前から思ってたけど、浅木さんの声って太めなんだけど甘くて落ち着いてて、好きなんだよな…。
客にこんなこと思ったのは初めてだけど。


「イ…きそ、ノエル、もう…」

「あっん…」

「はぁ、ノエル?」

「浅木さん、今、俺の尻掴んだろ…」

「え、あ…つい。ごめん」

「ペナルティだからな」

「うん、追加代ちゃんと払うよ。それなら、触っていい?」

「いいよ」

「…はっ……ノエル…」

「…――っ」


すると浅木さんは俺のケツを両手で掴んで、まるで抱きしめるかのように俺を引き寄せた。
向かい合って密着した俺の乳首が浅木さんの胸に擦れて、俺まで感じてしまう。

他の客なら、気持ち悪いとさえ思うのに、浅木さんだと不思議だ。
皮膚が触れ合った場所から、カっと熱くなって、じわりと染み渡る刺激が甘く下半身を痺れさせる。

その刺激が心地よくて、ドキドキする。

熱を孕んだ陰茎は、密着した腹部に挟まれて精を吐き出さんとヌチョヌチョと粘質な音を立てる。
吐息と水音だけの空間で、浅木さんは何度も「ノエル」と俺を呼ぶ。
まるで浅木さんに、抱かれているようにさえ錯覚する…。

この行為が、まるで愛の営みのように思えてしまうのは
きっと俺がまだ、人を愛することを捨てきれてない証拠なのだろう――。






絶頂に達してから、俺は狭いシャワールームで浅木さんの身体を洗う。
ここまでが俺の仕事。


「ノエルに身体を洗ってもらえるなんて、なんかいいのかな~って」

「いいもなにも、こういう仕事だし。浅木さんはお金払ってんだから、黙って洗われてろ」

「これって、他の客にもするの?」

「するよ。最初、シャワー浴びてもらって、その間にローションを用意したりして、綺麗になった客のイチモツ弄って射精してやって、最後には俺が洗ってやって。それが基本料金」

「……へー…」

「浅木さん?どうかした?」


ニコニコして俺に下半身を洗われていた浅木さんが、急に何とも言えない顔になった。
ムっとしたような、ともすれば無関心そうな…なんだろ、この表情、読めない。

すこし不思議に思ったけど、浅木さんはすぐにいつもの顔に戻って「ありがと」なんて言ったから、あまり深く考えなかった。

浅木さんの身体をタオルで拭いて、新しいガウンを着せてやって、そこで今日の仕事は終わり。


「またのご利用お待ちしてまーす」

「ん、ありがとうノエル。また来るね」


浅木さんにペコリと頭を下げ、俺は個室を出る。

あとは浅木さんが別の部屋に移動して、着替えて帰って行く。
俺と浅木さんとは、プレイをする個室でしか会わない仕組みになっている。

形式的な挨拶をした俺に、浅木さんは親しみのある挨拶で返してくれた。
やっぱり、変な人だなぁ…。
そう思いながらも、俺は口元が緩むのを止められなかった。

 

 





「ノエルは本当上手だねぇ、よし、オプション頼んじゃおうかな」

「ふふ、ありがとうございます」

いつものように仕事をこなす。
汗まみれで悪臭のするオヤジのイチモツを、消毒布巾で丁寧に拭いて、口にほおばる。
調子に乗った客は、俺の頭を掴んで乱暴に喉までぶち込んで腰を振りまくる。

生理的な涙がこぼれるけど、この行為が悲しくて流すわけじゃない。
こうしているときの俺の感情は、ほぼ「無」だ。

無心にならなきゃ、正直やってられない。
それか、俺の人生は結局こんなもんなんだ…って、絶望の世界にいると暗示をかけるか。どっちか。

どちらにせよ、俺の気持ちはそこにはない。
気持ちなんて、いらない。
なにが始まるわけでもなく、何が変わるわけでもないんだから。

なのに

最近、他の客に奉仕するたび、なぜか浅木さんのことを思い浮かべる。


「ォエッ…―――っ」


深夜0時。
店にはまだ客がいて、次の指名客が待っている。

俺は店のトイレで何度もうがいをしては何度も歯を磨いた。

染み付いたみたいに、俺の顔、首、肩、胸元から、青臭い異臭が漂う。
その臭いが鼻を突くたびに、吐き気がこみ上げて止まらなかった。

俺の身体はたくさんの男たちの性欲にまみれ、どこまでも汚くなってしまった。

この仕事は永遠に続く。
借金を返しても、きっと俺は外の世界では生きていけないから。
ウジムシみたいに、薄暗いここで一人生きていくしかない…。



―― コンコン カチャ


「こんばんは、ノエルで…」

「やほ~~ノエル」

「浅木さん…」


あ、そうか、0時だ。
浅木さんが来るのは、いつもこの時間。
でも、浅木さんが来る日は曜日が決まっているわけじゃなく、いつ来るのかわからなかった。

浅木さんの顔を見て、安堵している俺。
変なの…。

それに、なんだ?この匂い…


「なに、その袋」

「ハンバーガー。食べる?」

「え!?なんで??」

「いや、今日残業だったんだよ。で、夕飯食ってなくて。来る途中買ってきた」

「ここで食べんの?」

「だめ?ノエルの分もあるよ。テリヤキとチーズどっちがいい?」

「テリヤキ……じゃなくて、まじかよ~何買ってきてんだよ」

「いいじゃんいいじゃん。腹ごしらえしてからしようよ。あ~腹減った~、いただきま~す」

「…もぉ」


浅木さんは近くで買ってきたと思われるハンバーガーの袋を開けて、俺にひとつ差し出してきた。

白いガウンを着た二人が、マットレスに並んで座ってハンバーガー食べるって、なにこの光景。
ここヘルスだぞ。意味わかんねぇ。


「ポテトもあるよ。ナゲットも。あとオニオンフライ」

「てか、ずいぶん買ってきたね。ちょっ、ハンバーガーあと3個あるじゃん。多すぎない?」

「俺ね、大食漢なの」

「あ~、なんとなくわかる。この辺のお肉が…」

「つまむな!」


浅木さんが買ってきたハンバーガーにかぶりついて、黙々とそれを腹に流し込んだ。


あ―…でも、なんか気持ちが和む。
なんだろうな、この空気。不思議だ。
さっきまでの澱んだ感情が一瞬にしてかき消された感じ。
あんなに気持ち悪くて仕方なかったのに。

きっと、浅木さんといるからだ。
俺、浅木さんに会いたくなってたんだな…。
だってホラ、会えてこんなに嬉しいと思ってる。

ふと、隣で感じた視線に、なんとなく視線をずらせば、浅木さんが俺を見て微笑んでいた。


「ノエル、ソース付いてる」

「え?」


そう言って俺のほっぺについたソースを指ですくった浅木さん。
ペロっと指を舐めながら、俺をみて笑う。

― ドキ…ン

なんで、こんなこっ恥ずかしいこと平気でできるんだろう、この人。
なんで、こんな些細なことで、俺の心が弾むんだろう。
なんで…

こんな時間をいとおしいと思ったりするんだろう…。

わかっているのに、わからないままでいたい。
わからないままでいたいのに、俺の心が正直に反応する。

浅木さん…
この気持ちに、素直になったとして、俺は救われるのかな。

また傷つくだけなら
俺はもう誰も信じないし
誰も愛さないよ。 



「は~~、食った食った~~」

「ホントに全部食べちゃった」

「眠い…」

「え~~!?何しに来たんだよ!?」

「ん~?ノエルに会いに来た」

「え……」


ドキっとした。
また、そういう心にもないこと言うから。

そう言った浅木さんは、マットレスに横になってしまった。
目元を腕で隠して、深く息してる。

やば。寝ちゃうのかも?


「浅木さん。お店1時で終わりだよ。寝たらマズイよ」

「あ~、うん。じゃあ延長で~…」

「だから、閉店しちゃうんだってば!」

「ん~~…」

「浅木さん!だめ、起きて!」


眠りに落ちようとしている浅木さんの肩をゆすって、顔を覗き込んだ。

すると

― バサッ

「わっ!」


突然浅木さんの腕が俺のほうに下りてきて、俺の頭に当たった。
その反動で、俺までマットレスに倒れこんでしまった。
浅木さんの胸元に顔を埋めるように…


「あさ…ぎ…さん?」

「あと、何分ある?」

「え、…20分…」

「じゃあ、20分、今日はノエルを抱いてていい?」

「あ…」

「ノエルに触ったから、オプション払わないとな…」

「……いらないよ」

「ははは。…ありがとね、ノエル」

「………」


そう言って浅木さんは、目を閉じたまま、俺をギュッと抱きしめた。
俺もただ黙って、浅木さんの腕の中で、その短い時間を過ごした。


浅木さんのニオイ…

気持ち悪いとは思わなかった。
汚らしいオヤジたちとは比べ物にならない。いいニオイ…。

仕事疲れの汗のニオイも、消えかけの香水のニオイも、それが浅木さんのニオイなんだと思ったら何故かキュンとした。

この人は、俺を性欲処理の道具としては扱わなかった。
道具として個室に配備されるだけの人間なのにだ。

そんな俺とまともに話した人は、浅木さんが初めて。

おかしいよな。
ココはヘルスだっていうのに。
決まった時間、お金払って性欲を吐き捨てるところなのに

今日なんて、何もしないで俺を抱きしめるだけで
一緒に飯食って、話しただけで
それで満足するなんて。

そして、浅木さんとのこの時間に、俺自身、安らぎを感じるなんて…。


でも

そうだった…。
忘れるところだった…。

浅木さんにとって、これは恋人との予行演習だってこと…。

別に、浅木さんにとって俺が特別なわけじゃない。

俺にとって、この先浅木さんが特別な存在になったとしても
浅木さんにとって俺は

本命とセックスをするための練習相手なんだ…。



 

 
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