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これが正妻の余裕というやつですね

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沙条さじょうさんごめん、ホントごめん!」

 言葉と共に、俺は勢いよく頭を下げた。
 ショッピングモールを出てすぐの公園。
 そこで妹の非礼を沙条さんに詫びたのだった。

「か、顔を上げてくださいっ、黒羽くろばねくん! 私は大丈夫ですからっ」

 あわあわとうろたえながら、沙条さんはそう促してくる。
 彼女に従い顔を上げると、沙条さんは穏やかで素敵な微笑みを向けてくれた。

「大丈夫ですよ。私は今、幸せですから。黒羽くんと付き合えて、デートできて幸せなんです」

 天使か、この
 沙条さんの器量に、目頭が熱くなってくる。
 そんな俺の様子に気付いてか否か、沙条さんは言葉を続ける。

「それに……妹さんの気持ち、わかりますから、なんとなくですけど。もし黒羽くんが私のおに……お兄ちゃんだったら、きっと彼女さんに嫉妬しちゃいます」
「そっか……ありがとう、沙条さん。刹火もいつか認めてくれるといいな」
「はいっ!」

 俺の願いに素直に同意してくれる沙条さん。
 本当にさっきの出来事を引き摺っていないようで安心した。

「ところで、さっきの……お兄ちゃんって言う沙条さん、すんごい可愛かった」
「ええっ!?」

 冗談交じりの俺の発言に、沙条さんは驚きの声をあげる。

「もう一回呼んでみてくれない?」
「や、イヤですよぉ」
「えー」

 困ってる沙条さんも可愛いな。
 そう思いながら、口先で拗ねてみせる。
 すると、沙条さんは毅然とした態度に切り替えて対応してきた。

「えー、じゃないです。私は黒羽くんの彼女なんですから。妹じゃなくて」

 しっかりと主張する姿は校内で優等生な沙条さんそのもの。きっと妹がわがままを言った時も、こういうお姉さんな態度で言い聞かせるのだろう。

 などと勝手に想像していると。

「でも……」

 沙条さんが、何か続けようとして言葉を詰まらせる。
 頬をほんのりと赤らめて。

「でも?」 
 
 俺が先を促すと、沙条さんは上目遣いで――身長差で自然にそうなるだけだが――口を開いた。

「でも、下の名前でなら呼んであげなくもないですよ?」
「お願いします!」

 即答だった。むしろ食い気味。

「ふふっ」

 沙条さんが口元を綻ばせる。
 
「返事、早すぎませんか? 瑛人えいとくん」
「あっ、あっ……」

 ヤバい、破壊力ヤバい……!
 彼女に名前で呼ばれるの凄い! もっと好きになる!
 てか俺今めっちゃキモイ!

「ごめ、あの、ごめん。好きです、沙条さん」
 
 感情が高ぶりまくっている俺。思わず変なことを言ってしまった。
 それを自覚して恥ずかしさに包まれる。
 けれど、沙条さんは顔を赤くしながらも、小悪魔な笑みを浮かべ――。

「私のことは名前で呼んでくれないの?」

 愛おしい。
 その綺麗な瞳が、透き通る声が、ふんわりした黒髪ボブが 受け入れてくれる優しさが、そしてその他の何もかもが愛しくてたまらない。好きが増幅して溢れ出してゆく。

「し、詩織しおりさん……好き! 大好きです! 詩織さん‼」

 俺の告白に、沙条さんは真っ赤になりながらも満たされたように頷く。

「はい。よくできました――」

 言って、沙条さんは一歩、二歩、と距離を詰める。
 そして……

「ちゅ――」

 彼女の背伸びと共に、唇を奪われる。
 特別な柔らかさが愛情を伝えてくる。
 今回は一瞬ではなく、数秒間。しっかりと押し付け合うキスだった。

「――私も好きです。大好きですよっ」

 二人見つめ合い、頷き合う。
 俺たちは間違いなく同じ感情を抱き、伝え合った。 

 途中刹火せつかが割り込んできた初デート。
 けれど、その思い出の最後は素敵な記憶で締めくくられたのだった。
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