【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第42話 新しい挑戦

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第42話 新しい挑戦

妊娠が分かってから一か月が経った。

美咲のつわりも少しずつ落ち着いてきて、私たちは安定した妊娠生活を送っていた。

「健太郎さん、実は相談があるんです」

朝食を食べながら、美咲が切り出した。

「どんなことですか?」

「産休後の仕事のことなんですが...」

「はい」

「課長から、新しいプロジェクトのリーダーを任せたいと言われたんです」

それは素晴らしい話だった。美咲の能力が認められている証拠だ。

「それは良かったね。やりがいがありそうな仕事?」

「はい。でも、妊娠中に新しいプロジェクトを始めるのは大変かもしれません」

美咲の不安も理解できた。

「美咲はどうしたい?」

「正直、挑戦してみたいんです。でも、赤ちゃんのことを考えると...」

「美咲が体調を第一に考えて、やりたいと思うなら、僕は応援します」

「本当ですか?」

「もちろんです。でも、無理は禁物だよ」

美咲の顔が明るくなった。

「ありがとうございます。頑張ってみます」

---

その日、私にも新しい話が舞い込んだ。

「佐藤さん、実は提案があるんです」

部長が私を呼んだ。

「はい」

「来年から、新しい部署を立ち上げることになったんです。国際事業部という部署で」

ロンドンでの経験を活かした部署のようだった。

「その部署の立ち上げメンバーになってもらいたいんです」

「ありがとうございます」

「ただし、海外出張も多くなります。大丈夫ですか?」

私は少し考えた。美咲が妊娠している今、頻繁に海外出張をするのは適切だろうか。

「検討のお時間をいただけますか?」

「もちろんです。でも、佐藤さんしか適任者がいないんです」

---

その夜、私は美咲に相談した。

「国際事業部の話、どう思う?」

「素晴らしい機会だと思います」

「でも、出張が多くなると、美咲一人の時間が増えてしまう」

「大丈夫です。今は実家も近いし、職場の皆さんもサポートしてくれるから」

美咲の前向きな姿勢に、私は感動した。

「でも、赤ちゃんが生まれた後は...」

「その時はその時です。今は健太郎さんのキャリアも大切にしてください」

「ありがとう、美咲」

---

翌週、私たちはそれぞれの新しい挑戦をスタートさせた。

美咲は新プロジェクトのリーダーとして、チームをまとめ始めた。妊娠中ということもあり、周りの配慮もあったが、彼女の企画力は妊娠前と変わらず素晴らしかった。

「美咲さんの企画、とても革新的ですね」

若手のメンバーが感心していた。

「ありがとうございます。みんなで良いものを作りましょう」

美咲のリーダーシップを見ていて、私は誇らしく思った。

一方、私は国際事業部の準備で忙しい日々を送っていた。

「佐藤さん、ロンドンでの経験が大いに活かされますね」

新しい同僚の中村さん(別の中村さん)が言った。

「はい。あの経験があったからこそ、この仕事ができます」

ロンドンでの半年間は、今思えば貴重な財産だった。

---

妊娠四か月になった頃、私たちは初めて赤ちゃんの超音波写真を見ることができた。

「これが赤ちゃんですね」

医師が指し示すモニターに、小さな人の形が映っていた。

「すごい...本当にいるんですね」

美咲が感動の声を上げた。

「心音も順調です。健康な赤ちゃんですよ」

私も初めて見る我が子の姿に、深い感動を覚えた。

「美咲、ありがとう」

「私こそ、ありがとうございます」

診察室で手を繋ぎながら、私たちは親になる実感を深めていた。

---

その夜、私たちは赤ちゃんの部屋について話し合った。

「どんな部屋にしましょうか?」

「明るくて、温かい感じがいいですね」

「色は何色がいいかな?」

「性別が分からないから、黄色やグリーンはどうでしょう?」

そんな他愛もない会話をしながら、私たちは少しずつ親になる準備を始めていた。

「健太郎さん、不安はありませんか?」

美咲が聞いた。

「不安?」

「お父さんになることへの」

「正直、少しあります。でも、美咲がお母さんになるなら、僕も頑張れます」

「私も不安ですが、健太郎さんと一緒なら大丈夫です」

---

週末、私たちはベビー用品店を見に行った。

「こんなに小さな服があるんですね」

新生児用の洋服を見ながら、美咲が驚いていた。

「本当に小さいですね。こんなに小さな赤ちゃんが、僕たちのところに来るんですね」

ベビーベッドや、おむつ、哺乳瓶。必要なものの多さに圧倒されながらも、一つ一つを選ぶ楽しさがあった。

「健太郎さん、この絵本可愛いですね」

美咲が手に取ったのは、動物の絵本だった。

「まだ読めないけれど、買ってみましょうか」

「はい。生まれたら、毎晩読んであげましょう」

---

夕方、公園のベンチで休憩していると、小さな子どもを連れた夫婦が通りかかった。

「あんな風になるんですね」

美咲がつぶやいた。

「そうですね。来年の冬には、僕たちも」

「楽しみですね」

「はい。でも、今はまず美咲の体調が一番大切です」

美咲の手をそっと握りながら、私は改めて思った。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今では新しい命を育んでいる。そして、その命はさらに新しい愛の形を教えてくれるだろう。

新しい挑戦も、不安も、すべてを二人で分かち合いながら、私たちは親になる準備を続けていた。

赤ちゃんが生まれる日まで、あと半年。

その日を迎えるまで、美咪と赤ちゃんを大切に守り続けよう。そう心に誓いながら、私は夕暮れの公園を後にした。
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