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30.やっと本題

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遠回しとはいえ、さすがにあそこまで言えば私の気持ちを察してくれたらしい国王陛下は、僅かに口の端に苦笑いのようなものを滲ませた。

「メリンダ嬢は聞いていたよりもずっと聡明なようだな。安心したよ。ヘンリーから君のことについて報告を受けていたとはいえ、噂が噂だったからね」

「……畏れ入ります」

「どんな噂かは聞かなくていいのかな?」

「……承知致しております」

「そんな噂が君の耳にも入っているなんて、どうやらバンフィールド辺境伯家には無責任で恥知らずなお喋りスズメがいるようだね」

「いえ。全て私の不徳の致すところかと」

自分の身を自分で守ることが出来ずに夫を頼った挙げ句に、夫にまで不名誉な噂がたつ羽目になったのだから、何を言われても私の責任でしかない。人の口に戸は建てられない以上、夫まで巻き込んだことがただひとすらに申し訳ないだけだ。

「君のせいではないよ。ヘンリーはあえてそういった連中を自由にさせることで、誰の差し金でバンフィールド辺境伯家にとって不利益な情報を流しているのか確かめようとしていた。バンフィールド辺境伯家の屋敷内に入り込んだネズミの身体に着けられた糸がどこに繋がっているのかという確実な証拠を掴むために。それが裏目にでてしまった結果、アイツは命を縮めた可能性がある」

国王陛下の口から飛び出した物騒な言葉に絶句する。
まるで夫がそのせいで殺されたような言い方。そしてその犯人に繋がる人物が屋敷内にいた可能性を示唆する言葉に、私は信じられないというか信じたくない気持ちでいっぱいだった。

夫は亡くなる前日まで普通に過ごしていた。なのに翌朝、家令のジョエルさんがいつもの時間に寝室を訪ねたら返事がなく、異変を感じたジョエルさんが部屋に入ると夫はもう息をしていなかったのだ。

慌ててバンフィールド辺境伯家お抱えの医者を呼んで診てもらったところ、就寝時に突然心臓発作のような症状がおこり、そのまま息を引き取った可能性が高いと言われた。だから夫の死は病死として届けられていたはず。

「夫の死因は心臓発作だと聞いております。バンフィールド辺境伯家の家令が冷たくなっている夫を発見してすぐに私も夫のもとへ駆け付けましたが、不審な点はなかったように思います。気が動転していたこともあって、気付けていない可能性も大いにございますが」

「君はヘンリーがどういった状態で亡くなっていたのかその目で確認したのかい?」

「……はい。夫はまるで眠っているかのように安らかにベッドに横たわっておりました」

私の証言に国王陛下が軽く目を眇めた。

「心臓発作というものは尋常ではないほどの痛みが襲い、もがき苦しむと聞いている。そんな症状の人間がベッドで静かに横たわったまま息絶えるなんてことはあり得るものなのかな?」

国王陛下の指摘にハッとする。
確かに本当に心臓発作が原因だとしたら、相当苦しかったと思うし、のんきにベッドに横たわってる場合じゃないだろう。

じゃあなんで心臓発作っていう診断が出たのかしら?

「医者がヘンリーを殺した人間とグルだった、もしくは何かしらの理由があって犯人にとって都合のいい診断書を書かなければならなかった、といったところだろうな」

「そんな……!」

あの人の良さそうなおじいちゃんが、そんな真似するなんて……。

「どっちにしろ、一度その医者も調べる必要があるだろう。──既に犯人に消されていなければ、の話だが」

夫の死の裏側にそんな恐ろしい事実が隠されていたとは夢にも思っていなかった。

「一体誰がそんな酷いことを……」

「今話を聞いた時点では、バンフィールド辺境伯家の家令が怪しいだろうな。なんといっても第一発見者だし」

たとえ状況がそれを物語っていたとしても、私の事情を知って親身になって話を聞いてくれたり、ずっと私の身を心配してくれていたジョエルさんが犯人だなんて思いたくない。

「その家令が実行犯だとしても、裏で糸を引いている人間は別にいる。家令がソイツに協力した動機については調べればわかることだろうが、確実に黒幕を罪に問えるだけの証拠は出てこない可能性が高い。今までもソイツが裏で糸を引いてるってわかってるのに、『疑わしきは罰せず』なんてものがあるがために、みすみす手をこまねいていることしか出来なかったんだ。だからこそヘンリーも無茶をしたんだろうけど」

「犯人の目星はついているということなのですか?」

「……そうだな。ソイツが全ての元凶であるという確信はしている。けれど確実な証拠がない。だからこそエドヴァルド達も決定的な証拠を掴もうと、寝室に送り込まれた君にあんな真似をしたわけだし」

「私を殿下の教育係にすることを画策した人物と、夫を亡き者にしようと企んだ人間は同一人物だということでしょうか?」

「ついでに言うと君に危害を加えようとした人間もだ。君の推測は当たっているんだよ。君は犯人が誰かということにまで思い至ってないようだけれど」

国王陛下の言葉に心臓が不意にドクリと嫌な音をたてる。今まで不透明だった部分が露わになるのだと思ったら、これまで以上に緊張感が高まり、妙に喉が渇いてる感じがした。

「ソイツは君の家族が亡くなった凄惨な事件にも関与している。君が狙われたのはハリス子爵家の生き残りだからだよ。ソイツにとってハリス子爵家の人間は生きていてもらっては困る存在なんだ。ヘンリーはあえてその辺りのことを君に説明していなかったようだけど」

国王陛下はそこで一旦言葉を区切ると、真剣な眼差しで私を見据える。そして。

「ハリス子爵家が無くなって誰が一番得をしたと思う?」

あえて明言は避けつつも、まるで私を試すかのように問い掛けた。

その答えがわかった瞬間。

憎むべき相手が明確になったことで、私の中に激しい憎悪が芽生えた。
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