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第三章 伊賀忍者 藤林疾風 戦国を生きる
閑話5 伊賀の水軍 『九鬼嘉隆』
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永禄4(1561)年10月 伊勢 中之郷
九鬼嘉隆
半年前、九鬼家の本城である兄の九鬼浄隆の田城城が、志摩の地頭7家の奇襲に合い、兄浄隆は討ち死に。救援に駆けつけた俺は、燃え盛る城から甥の澄隆と兄嫁達を連れ出して、城を落ちるのがやっとだった。
甥の澄隆はまだ7才。俺の波切城から逃げ出せた者達を含め、一族80余名を支えて行かねばならぬ。
伊勢の朝熊山まで逃げた俺達は、伊勢の者に捕まるのを恐れたが、伊賀の代官 名張源四郎殿は何故か全てを承知していて、俺達を代官屋敷に招いて庇護してくれた。
その後、伊賀に臣従をする気があるなら、藤林の大殿の元へ参るよう言われ、一族の者と相談の結果、伊賀への臣従を決めた。
藤林の大殿から聞かされた話は、驚くことばかりだった。
領地はないが俸禄をいただけるとか、身分がなく役職があるのみとか。しかし伊賀の領民は皆で明るく親切に話し掛けてくれて、俺達を気遣う気持ちをひしひしと感じた。
そして、伊勢の中之郷に屋敷と長屋を与えられ、ここの湊造りから新たな生活が始まっている。
もう何度目か分からない驚きだが、湊造りには、多勢の賦役の者達が動員されており、鉄でできた重機鍬という巨大な機械で、港を掘っている。
重機鍬には鉄線の入った綱が繋がれていて陸から多勢で綱を引き、てこの原理と滑車で動かすのだとか。
そうして、深く掘られた岸壁には、木杭を打ち込み板を貼って、砂利や石灰練を流し込んで固めている。
理解が追いつかないがそういうことだ。
現場には、七島党の安楽島左門殿が来て、指揮を取られている。俺の基地の副官に任じられたのだ。
あと伊賀の水軍には、田城左馬之助、浦豊後守、和具豊前守、小浜久太郎殿達が入る。
責任の重さに身が引き締まる。
「おおっ嘉隆殿、来ておられたか。あと1月お待ちくだされ。
秋の収穫作業を終えた農民達が湊の賦役に続々と加わっておりますからな。賦役が捗りますぞ。
この湊が完成すれば、大湊や桑名に優る
伊勢の港が誕生しますぞっ。はははっ。」
「左門殿、お世話になり申す。それにしても大きな湊ですなぁ、いったい何十隻の船が泊まれるのやら。」
「御曹司殿は、日の本の船など眼中にないのでござるよ。南蛮の船と戦って負けないおつもりですからなっ。はははっ。
今作っている船など練習船で、今の倍以上の船が本番だそうですからなぁ。」
「大殿からは、大名達とは争わぬと聞きましたが、南蛮とは戦うのですか。」
「この国を守らねばならぬと仰せじゃよ。」
船の建造は既に完成した造船所で始まっている。御曹子の指示で、新造船と呼ばれる船の建造がされている。
全長20m幅6m、3本柱で綿布の三角帆を張る船だ。構造はなんと船体に鉄骨が入っており、船体と甲板が鉄板で覆われている。
新造船は2隻目が完成間近で、あとは港の完成を待って進水するばかりになっている。
伊賀に臣従して一族の暮らしもずいぶん変わった。俺や母上、澄隆母子と女中や郎党の屋敷は、広々とした庭のある二階建ての大きな屋敷で、多勢が土足で入れる広間がある。
一族の者達は、その隣のできたばかりの石灰練の三階建建物に住んでいる。
部屋が四室もあり、狭い長屋の二部屋とは雲泥の差で、しかも水で流す便所がある。
長屋の屋根に大きな水樽があり、そこから各部屋へ飲み水が配られる。水樽へは当番の者が吸引器で水を貯めているのだ。
女子供が水汲みをしなくて良いばかりか、きれいな水がいつでも飲めるのだ。
部屋の炊事場には、練炭の七輪もあり、冬場の暖房には居間の暖炉もある。
この長屋は伊賀でも最新だというが、住人となった一族の者達は、大切にしなくてはと毎日、時間を掛けて丁重に掃除をしておる。
食事も変わった。朝は玄米に野菜と卵料理に味噌汁だ。昼は蕎麦か、うどんの麺料理。
夕餉には白米に魚か肉料理が2品。ときに鍋料理もある。
蕎麦や小麦を切り麺にして食べたことなどない。醤油や味醂も口にしたことがない。
ましてや、料理の出汁に干魚や椎茸、また酒や砂糖を加えるなど考えもしなかった。
料理人が御曹子に精がつく料理を言いつかって、女衆を率いて作り、一族の者が一同に集まって食堂で同じ料理を食べているのだ。
水軍の者には、背中に藤林家の『荒鷲紋』が染められた揃いの『繋ぎ着物』が与えられ、女衆や子らには、木綿の新品の着物を何着もいただいている。
また、靴という滑らず丈夫な草鞋や靴下という足袋もいただいている。
屋敷と長屋には、多勢で入れる湯の風呂があり、毎日夕方に入れて身体を石鹸で洗う。
湯には、温泉で作ったという湯の花が入れられていて、温まり疲れが取れる。
おまけに女衆には、化粧水という肌を艷やかにするものまであり、皆、美しくなったと喜んでいる。
志摩に貧しく暮らした頃とは雲泥の差だ。
こんな暮らしが戦国の世にあるとは夢にも思わなかった。
一族の者は湊と船造りをしながら、伊勢の漁師の手伝いもしている。一緒に酒を飲み、漁師の娘達と仲良くなっている者もおる。
皆この暮らしを楽しんでおる。この御恩は誰に返せば良いのか、大殿は伊賀の民達皆で力を併せて働くことだというが。
【 和 船 】
古代の海洋民族は、丸木舟で海洋を渡ったと言われている。すなわち、原始の舟は丸太をくり抜いた丸木舟だ。
船の発達が丸木舟からなのは、世界共通だが、西洋では竜骨などの梁構造だが、和船は梁でなく強度の板材を繋ぐ構造に発展した。
明治7年に日本初の鉄鋼船ができるまで、船は当然木製で、木でできている。となれば地域によって材料の木材が変われば、構造や形状も変わったものとなった。
瀬戸内や太平洋側は、楠の木。日本海側では杉のような直材が用いられた。
幹は太いがすぐに枝分れする楠は、大型船に必要な幅があっても、長さが不足するため、和船独自の部材の前後継ぎの技術が生まれている。
九鬼嘉隆
半年前、九鬼家の本城である兄の九鬼浄隆の田城城が、志摩の地頭7家の奇襲に合い、兄浄隆は討ち死に。救援に駆けつけた俺は、燃え盛る城から甥の澄隆と兄嫁達を連れ出して、城を落ちるのがやっとだった。
甥の澄隆はまだ7才。俺の波切城から逃げ出せた者達を含め、一族80余名を支えて行かねばならぬ。
伊勢の朝熊山まで逃げた俺達は、伊勢の者に捕まるのを恐れたが、伊賀の代官 名張源四郎殿は何故か全てを承知していて、俺達を代官屋敷に招いて庇護してくれた。
その後、伊賀に臣従をする気があるなら、藤林の大殿の元へ参るよう言われ、一族の者と相談の結果、伊賀への臣従を決めた。
藤林の大殿から聞かされた話は、驚くことばかりだった。
領地はないが俸禄をいただけるとか、身分がなく役職があるのみとか。しかし伊賀の領民は皆で明るく親切に話し掛けてくれて、俺達を気遣う気持ちをひしひしと感じた。
そして、伊勢の中之郷に屋敷と長屋を与えられ、ここの湊造りから新たな生活が始まっている。
もう何度目か分からない驚きだが、湊造りには、多勢の賦役の者達が動員されており、鉄でできた重機鍬という巨大な機械で、港を掘っている。
重機鍬には鉄線の入った綱が繋がれていて陸から多勢で綱を引き、てこの原理と滑車で動かすのだとか。
そうして、深く掘られた岸壁には、木杭を打ち込み板を貼って、砂利や石灰練を流し込んで固めている。
理解が追いつかないがそういうことだ。
現場には、七島党の安楽島左門殿が来て、指揮を取られている。俺の基地の副官に任じられたのだ。
あと伊賀の水軍には、田城左馬之助、浦豊後守、和具豊前守、小浜久太郎殿達が入る。
責任の重さに身が引き締まる。
「おおっ嘉隆殿、来ておられたか。あと1月お待ちくだされ。
秋の収穫作業を終えた農民達が湊の賦役に続々と加わっておりますからな。賦役が捗りますぞ。
この湊が完成すれば、大湊や桑名に優る
伊勢の港が誕生しますぞっ。はははっ。」
「左門殿、お世話になり申す。それにしても大きな湊ですなぁ、いったい何十隻の船が泊まれるのやら。」
「御曹司殿は、日の本の船など眼中にないのでござるよ。南蛮の船と戦って負けないおつもりですからなっ。はははっ。
今作っている船など練習船で、今の倍以上の船が本番だそうですからなぁ。」
「大殿からは、大名達とは争わぬと聞きましたが、南蛮とは戦うのですか。」
「この国を守らねばならぬと仰せじゃよ。」
船の建造は既に完成した造船所で始まっている。御曹子の指示で、新造船と呼ばれる船の建造がされている。
全長20m幅6m、3本柱で綿布の三角帆を張る船だ。構造はなんと船体に鉄骨が入っており、船体と甲板が鉄板で覆われている。
新造船は2隻目が完成間近で、あとは港の完成を待って進水するばかりになっている。
伊賀に臣従して一族の暮らしもずいぶん変わった。俺や母上、澄隆母子と女中や郎党の屋敷は、広々とした庭のある二階建ての大きな屋敷で、多勢が土足で入れる広間がある。
一族の者達は、その隣のできたばかりの石灰練の三階建建物に住んでいる。
部屋が四室もあり、狭い長屋の二部屋とは雲泥の差で、しかも水で流す便所がある。
長屋の屋根に大きな水樽があり、そこから各部屋へ飲み水が配られる。水樽へは当番の者が吸引器で水を貯めているのだ。
女子供が水汲みをしなくて良いばかりか、きれいな水がいつでも飲めるのだ。
部屋の炊事場には、練炭の七輪もあり、冬場の暖房には居間の暖炉もある。
この長屋は伊賀でも最新だというが、住人となった一族の者達は、大切にしなくてはと毎日、時間を掛けて丁重に掃除をしておる。
食事も変わった。朝は玄米に野菜と卵料理に味噌汁だ。昼は蕎麦か、うどんの麺料理。
夕餉には白米に魚か肉料理が2品。ときに鍋料理もある。
蕎麦や小麦を切り麺にして食べたことなどない。醤油や味醂も口にしたことがない。
ましてや、料理の出汁に干魚や椎茸、また酒や砂糖を加えるなど考えもしなかった。
料理人が御曹子に精がつく料理を言いつかって、女衆を率いて作り、一族の者が一同に集まって食堂で同じ料理を食べているのだ。
水軍の者には、背中に藤林家の『荒鷲紋』が染められた揃いの『繋ぎ着物』が与えられ、女衆や子らには、木綿の新品の着物を何着もいただいている。
また、靴という滑らず丈夫な草鞋や靴下という足袋もいただいている。
屋敷と長屋には、多勢で入れる湯の風呂があり、毎日夕方に入れて身体を石鹸で洗う。
湯には、温泉で作ったという湯の花が入れられていて、温まり疲れが取れる。
おまけに女衆には、化粧水という肌を艷やかにするものまであり、皆、美しくなったと喜んでいる。
志摩に貧しく暮らした頃とは雲泥の差だ。
こんな暮らしが戦国の世にあるとは夢にも思わなかった。
一族の者は湊と船造りをしながら、伊勢の漁師の手伝いもしている。一緒に酒を飲み、漁師の娘達と仲良くなっている者もおる。
皆この暮らしを楽しんでおる。この御恩は誰に返せば良いのか、大殿は伊賀の民達皆で力を併せて働くことだというが。
【 和 船 】
古代の海洋民族は、丸木舟で海洋を渡ったと言われている。すなわち、原始の舟は丸太をくり抜いた丸木舟だ。
船の発達が丸木舟からなのは、世界共通だが、西洋では竜骨などの梁構造だが、和船は梁でなく強度の板材を繋ぐ構造に発展した。
明治7年に日本初の鉄鋼船ができるまで、船は当然木製で、木でできている。となれば地域によって材料の木材が変われば、構造や形状も変わったものとなった。
瀬戸内や太平洋側は、楠の木。日本海側では杉のような直材が用いられた。
幹は太いがすぐに枝分れする楠は、大型船に必要な幅があっても、長さが不足するため、和船独自の部材の前後継ぎの技術が生まれている。
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