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SIDE エピソード
エピソード5 コンラッド
しおりを挟む【コンラッド エピソード】
コンラッドSIDE
※これはコンラッド視点の物語です。
ーーーーーーーーーー
私は音楽大学を卒業してすぐに、このレアリテ国宰相である父の執務室に呼ばれた。
「コンラッド、まだ正式な発表はされていないが、ブリジット殿下が王座に就かれることになった。
そこでお前には、殿下のご息女を秘密裏に導いてほしい」
私はこれでも宰相である父の補佐として仕事をしている。だから、今この国が王位継承権で揉めているのはよくわかっていた。私たちは、ずっとブリジット殿下が女王陛下なられることを望んでいたので、その報告は大変嬉しいものだった。
「確認させて下さい。ブリジット殿下のご息女は御自分のことをご存知なのですか?」
もちろん私は、ブリジット殿下がご自身の娘を守るためにご息女に何も知らせずに、隣国であるイリュジオン国で保護していることも当然知っていた。
「いや、確定ではないし、王位についてもすぐには混乱もあるだろうからな。
殿下のご息女があちらの音楽学院を卒業するまでは伏せておくとのことだ。
どうだ? やれるか?」
つまり父は、音楽のことなど何も知らない令嬢の音楽技術を、この音楽立国の人間の耳に演奏を聴かせても問題ないレベルまで持っていけとそう言っているのだろう。
(面倒だな……)
正直に言うと、かなり面倒な依頼だ。
だが、折角面倒な派閥に属していないブリジット殿下が王位に就かれるのだ。この機会にこの国の悪しき一派を一掃したい私たちにとって、ブリジット殿下のご息女の演奏が余りにも酷くては、殿下が王位から引きずり降ろされる可能性もある。それは避けたい。
「わかりました」
「頼むぞコンラッド」
「はい」
私はすでにこちらの音楽大学を主席で卒業しているが、殿下のご息女にあやしまれないためにも、私はもう一度音楽学院の生徒として隣国に潜り込むことになったのだった。
◆
そして迎えた入学式。
正直に言うと、音楽後進国であるこの国の音楽レベルは高くないだろうと思っていた。だが、入学式で学長の演奏を聴いた瞬間、私はその認識を改めた。
(……これは……ブリジット殿下の……天使の息?!)
ブリジット殿下の『ラ』の音はレアリテ国でも『天使の息』と呼ばれ、聴衆を快感の渦に巻き込むとして有名だった。そんな音をこんな音楽後進国の学長が再現していることが信じられなかった。
(少し気合を入れるか……)
それから私は、すぐにチャンスが訪れた。
どうやらブリジット殿下のご息女はこの音楽学院でもトップクラスの実力のようで、ヴィオラ科のトップの私と共同演奏の話が来たのだ。
私はてっきり、ブリジット殿下のご息女なので気位の高い令嬢を想像していた。だが、練習室に現れた彼女は私がこれまでに会ったことのないほど、不思議な令嬢だった。
「はじめまして、あなたがヴィオラ科のトップの人なのね!!
私はベルナデットって言うの。よろしくね」
自分から気さくにあいさつをしてきたかと思えば、初対面の私に満面の笑顔であいさつをしてくれた。まさかこんなに笑顔で話しかけられると思ってなかった私は、最低限の言葉しか返せなかった。
「……コンラッドです」
「コンラッド君! よろしくね!!」
人の笑顔が眩しいと思ったのは、彼女が初めてだった。なんだか上手く話が出来なくて、私はぶっきらぼうに言った。
「そんなことより、演奏を聴かせてもらえませんか? 演奏会があるのですから」
自分でもこの言い方はないだろう……と反省していると彼女は気にする様子もなく、ヴァイオリンを構えた。
「それもそうね。なんでもいいかしら?」
「ええ」
すると彼女はヴァイオリンを奏でて始めた。
そして私は気づいた。
彼女の師が誰であるかを……。
「もしかして、ベルナデット様の師は学長ですか?」
「ええ、知っていたのね」
ベルナデット様は隠す様子もなく笑った。知っていたのではない。わかってしまったのだ。
間の取り方、ビブラートの仕方そして、何より『天使の息』と呼ばれる特徴的な『ラ』の音。なぜだろう? 私はこの時、どうしようもない苛立ちを覚えた。
「ええ。それより、演奏会まで徹底的に練習しましょう。そのレベルで人前で演奏するのは御免です」
謎の苛立ちを抱えていたので、かなり嫌味な言い方をしてしまった。私が反省してベルナデット様を見るとベルナデット様は驚いたような顔をした後に、真剣な顔を向けた。
「ええ、いいわ。望むところよ」
その顔が美しくて、その時すでに私はベルナデット様に生涯の忠誠を誓っていたように思う。
◆
それから私たちは、何かがある度に一緒に演奏するようになった。
正直に言うと、ベルナデット様の演奏レベルについて来ることが出来る生徒が私くらいしかいなかったのだ。そのくらい彼女の演奏は圧倒的な存在感と表現力を兼ね備えていた。
だからその日も私たちは一緒に練習していた。
休憩時間に私たちは木陰のベンチに座って、風を感じていた。
「ふふふ。最近ね、よくコンラッド君と一緒に奏でる音色が目を閉じても浮かんで来てうっとりすることがあるの……自惚れかもしれないけど、少しは私の音も良くなったのかな?」
私はそれを聞いて鳥肌が立つほど歓喜していた。私の音が彼女の一部になった気がして、叫び出したいほどだった。
「まぁ、少しは……でもまだまだですよ? このくらいで満足しないで下さい。私だってまだまだです」
素直になれずに照れ隠しで彼女を困らせる返事をしてしまう。素直に「ベルナデット様の音色は美しい」と言えたらどれほどいいだろう。私が素直になれなかったことを落ち込んでいると、ベルナデット様が微笑んでくれた。
「自分に厳しいコンラッド君らしいわ」
その顔が美しく思わず口から本音が零れ落ちた。
「あなたにも厳しいと思いますよ? 期待……していますので」
「え? そうなの?? 私期待されてるの??」
ベルナデット様が嬉しそうに私の顔を覗き込んできた。この人はいつもこんな風に無防備に笑顔を向けるが、それで私がどれだけ自分を押さえているのかわかっていないのだろう。
「あ~~もう、うるさいです!! 続きしますよ。ほら」
私が自分の思いを誤魔化すように立ち上がると、ベルナデット様も急いで立ちあがった。
「あ、待って!!」
ヴァイオリンを準備する彼女の後ろ姿に小さく呟いた。
「あなたのためなら全てを捧げてもいいと思うくらい……期待していますよ……」
そう、私に出来ることがあるのだとしたら全てを差し出してもいい。
ベルナデット様。
あなたの笑顔が見れるのでしたら、私はどんな願いも叶えてみせます。
この感情にどんな名前がつくのか私は生涯知ることはないだろう。
知る必要もないと思っている。
「コンラッド君、もう一度初めから演奏しましょう」
ベルナデット様の凛とした声に、背筋が伸びた。
私はヴィオラを構えるとベルナデット様を見つめた。
「ええ」
こうして私たちは共に音楽を奏でたのだった。
心が溶けあうほど、極上の……。
【コンラッド エピソード END 】
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