98 / 109
小咄
身代わり濃姫(小咄)~明智光秀の乱・五~
しおりを挟む
※小咄は身代わり濃姫のサイドストーリー的なお話になります。多少パロっていますが、本編とは違って気軽に読んでいただけますと幸いです。
明智光秀は、城内に信長の姿を探していた。
仕事を進める上で、どうしても信長に確認しなければならないことが出てきたからだ。
「信長様はこちらにいると聞いたのですが……」
周囲に視線を向けながら光秀が庭に面した廊下を歩いていると、信長の声と、帰蝶らしき女性の笑い声が聞こえてきた。
昨日までの激務が少し落ち着いたこともあるから、信長はさっそく帰蝶との時間を作ったのだろうと光秀は思った。
(ここで邪魔をするのもさすがに野暮でしょうか……しかし、これを確認しなければ仕事が進みませんし……)
そうは思ったものの、光秀は信長に声をかけるのをためらってしまい、しばらく物陰から二人の様子を眺めた。
(これではまるで盗み見のようですが……お二人のお話が落ち着いたのを見計らって、声をかけさせてもらうためですし……)
光秀はそう自分に言い聞かせつつ、さらに二人の様子を見つめた。
二人ともまだ十六の年齢なので、並んでいると、夫婦というよりは友達という雰囲気でもある。
(信長様は帰蝶様といるときは、あんな表情をされるのですね……)
普段は織田家の当主として、時に容赦のない一面も見せることのある信長だが、帰蝶といる時は、よく笑うし、普通のその年頃の少年のようにも見える。
ああいう表情は、完全に心を許している相手にしかできないものだろう。
(私は信長様の年頃の頃……あんなふうではなかったですね……)
ふと、自分があの年頃の頃はどうしていただろうと、光秀は思い出してみた。
光秀は幼い頃からひたすら学問と武芸に励み、信長の年の頃にも異性のことになどまったく興味はなかったような記憶がある。
信長の年齢の頃にはすでに光秀は、ひとかどの者になるという目標を立てており、そのためには寝食を忘れてまで学問や武芸の稽古に没頭する必要があると考えていたからだ。
おかげでさまざまな知識は身につき、武芸のほうもそれなりに上達はしたが、これまで異性との恋愛に関してまったく経験せずに来てしまったことは、果たして良かったのか悪かったのか……と、信長を見ていると考えてしまう。
光秀の両親はもちろん、叔母の斎藤道三の正室である小見の方からも、これまでにさんざん妻を娶ってはどうかという話は来ていたが、最近はそうした話もあまり来なくなった。
光秀があまりにも忙しすぎ、そうした便りへの返事を疎かにしていたということもあるのだろうが、こうして信長と帰蝶の夫婦を見ていると、そろそろそういうことを考えても良いのかなとは思ってしまう。
(妻を娶れば、今のこのただ忙しいだけの生活に張り合いも出てくるのでしょうか……)
信長の場合は、帰蝶といることが、仕事の張り合いになっているように感じるが……と考えかけて、光秀は思わず首を横に振った。
光秀にとっての今の張り合いは、仕事そのものでもあるので、結婚してその仕事の時間が奪われてしまうのは、何だか違うような気がする。
つまり、今の光秀はまだ結婚を考える段階ではないということなのだろう……光秀はそう結論づけた。
(さて、そろそろ良い頃合いでしょうか。たっぷり時間はさしあげましたから、二人きりの時間もしっかり楽しんでいただけたことでしょうし、次は私の仕事の話を……)
信長のほうへ立ち寄ろうとした光秀は、はっとして慌てて廊下を数歩戻ってまた身を隠した。
周囲に誰もいないと安心していたからなのだろうが、二人が接吻をしていたからだ。
しかも、気分が盛り上がっているのか、かなり濃厚な接吻を繰り返している……。
(こ、これはさすがに……今出て行くと後々まで恨まれてしまうかもしれませんね……)
もうしばらく待とうと光秀は考えたのだが、二人の接吻はなかなか終わりそうにない。
正確には、帰蝶は周囲を気にして信長にやめるように言っているようなのだが、信長のほうが盛り上がりすぎて止まらなくなっているようだった。
それを困ったような顔をしながらも、帰蝶が応じているという状態のようだ。
(困りましたね……いい加減にさっさと確認することだけ済ませて部屋に戻って仕事を再開したいのですが……)
そんなことを光秀が考え、やきもきしていると……。
「お先に失礼します、光秀殿」
そう言って一人の男が通り過ぎていった。
織田家の家老でもある周防蔵ノ介だった。
蔵ノ介はいちゃつく二人をまったく気にする様子もなく、その傍まで歩いて行って声をかけた。
帰蝶が顔を真っ赤にして信長を押しのけて離れたが、信長は平然と蔵ノ介の言葉に受け答えをしている。
(蔵ノ介殿は、何という剛胆なことを……)
光秀はある種の感慨にも似た気持ちを抱きながら、蔵ノ介の姿を見つめた。
そして、蔵ノ介が立ち去ろうとするその頃合いを見逃さず、彼と入れ替わるようにして信長に声をかけ、ようやく無事に用事を済ませることができたのだった。
信長への確認を終えて、光秀はようやく仕事を再開するため、自分の部屋に戻っていた。
「ふぅ……今日はひとつ勉強になりました。信長様の扱いに関しては、蔵ノ介殿を見習う必要がありますね……」
光秀などとは比べものにならないほどの長い時間を、蔵ノ介は信長とともに過ごしてきたようだから、その扱いの巧さは当然なのだろうが……。
(しかし、それはそれとして、自分が城主の城とはいえ、あまり公衆の場でいちゃいちゃするのはさすがにやめてもらいたいですね……)
光秀は心からそう思い、自分が結婚したら、そういうことは誰にも見られることのない場所でだけにしようと、心にかたく誓うのだった。
明智光秀は、城内に信長の姿を探していた。
仕事を進める上で、どうしても信長に確認しなければならないことが出てきたからだ。
「信長様はこちらにいると聞いたのですが……」
周囲に視線を向けながら光秀が庭に面した廊下を歩いていると、信長の声と、帰蝶らしき女性の笑い声が聞こえてきた。
昨日までの激務が少し落ち着いたこともあるから、信長はさっそく帰蝶との時間を作ったのだろうと光秀は思った。
(ここで邪魔をするのもさすがに野暮でしょうか……しかし、これを確認しなければ仕事が進みませんし……)
そうは思ったものの、光秀は信長に声をかけるのをためらってしまい、しばらく物陰から二人の様子を眺めた。
(これではまるで盗み見のようですが……お二人のお話が落ち着いたのを見計らって、声をかけさせてもらうためですし……)
光秀はそう自分に言い聞かせつつ、さらに二人の様子を見つめた。
二人ともまだ十六の年齢なので、並んでいると、夫婦というよりは友達という雰囲気でもある。
(信長様は帰蝶様といるときは、あんな表情をされるのですね……)
普段は織田家の当主として、時に容赦のない一面も見せることのある信長だが、帰蝶といる時は、よく笑うし、普通のその年頃の少年のようにも見える。
ああいう表情は、完全に心を許している相手にしかできないものだろう。
(私は信長様の年頃の頃……あんなふうではなかったですね……)
ふと、自分があの年頃の頃はどうしていただろうと、光秀は思い出してみた。
光秀は幼い頃からひたすら学問と武芸に励み、信長の年の頃にも異性のことになどまったく興味はなかったような記憶がある。
信長の年齢の頃にはすでに光秀は、ひとかどの者になるという目標を立てており、そのためには寝食を忘れてまで学問や武芸の稽古に没頭する必要があると考えていたからだ。
おかげでさまざまな知識は身につき、武芸のほうもそれなりに上達はしたが、これまで異性との恋愛に関してまったく経験せずに来てしまったことは、果たして良かったのか悪かったのか……と、信長を見ていると考えてしまう。
光秀の両親はもちろん、叔母の斎藤道三の正室である小見の方からも、これまでにさんざん妻を娶ってはどうかという話は来ていたが、最近はそうした話もあまり来なくなった。
光秀があまりにも忙しすぎ、そうした便りへの返事を疎かにしていたということもあるのだろうが、こうして信長と帰蝶の夫婦を見ていると、そろそろそういうことを考えても良いのかなとは思ってしまう。
(妻を娶れば、今のこのただ忙しいだけの生活に張り合いも出てくるのでしょうか……)
信長の場合は、帰蝶といることが、仕事の張り合いになっているように感じるが……と考えかけて、光秀は思わず首を横に振った。
光秀にとっての今の張り合いは、仕事そのものでもあるので、結婚してその仕事の時間が奪われてしまうのは、何だか違うような気がする。
つまり、今の光秀はまだ結婚を考える段階ではないということなのだろう……光秀はそう結論づけた。
(さて、そろそろ良い頃合いでしょうか。たっぷり時間はさしあげましたから、二人きりの時間もしっかり楽しんでいただけたことでしょうし、次は私の仕事の話を……)
信長のほうへ立ち寄ろうとした光秀は、はっとして慌てて廊下を数歩戻ってまた身を隠した。
周囲に誰もいないと安心していたからなのだろうが、二人が接吻をしていたからだ。
しかも、気分が盛り上がっているのか、かなり濃厚な接吻を繰り返している……。
(こ、これはさすがに……今出て行くと後々まで恨まれてしまうかもしれませんね……)
もうしばらく待とうと光秀は考えたのだが、二人の接吻はなかなか終わりそうにない。
正確には、帰蝶は周囲を気にして信長にやめるように言っているようなのだが、信長のほうが盛り上がりすぎて止まらなくなっているようだった。
それを困ったような顔をしながらも、帰蝶が応じているという状態のようだ。
(困りましたね……いい加減にさっさと確認することだけ済ませて部屋に戻って仕事を再開したいのですが……)
そんなことを光秀が考え、やきもきしていると……。
「お先に失礼します、光秀殿」
そう言って一人の男が通り過ぎていった。
織田家の家老でもある周防蔵ノ介だった。
蔵ノ介はいちゃつく二人をまったく気にする様子もなく、その傍まで歩いて行って声をかけた。
帰蝶が顔を真っ赤にして信長を押しのけて離れたが、信長は平然と蔵ノ介の言葉に受け答えをしている。
(蔵ノ介殿は、何という剛胆なことを……)
光秀はある種の感慨にも似た気持ちを抱きながら、蔵ノ介の姿を見つめた。
そして、蔵ノ介が立ち去ろうとするその頃合いを見逃さず、彼と入れ替わるようにして信長に声をかけ、ようやく無事に用事を済ませることができたのだった。
信長への確認を終えて、光秀はようやく仕事を再開するため、自分の部屋に戻っていた。
「ふぅ……今日はひとつ勉強になりました。信長様の扱いに関しては、蔵ノ介殿を見習う必要がありますね……」
光秀などとは比べものにならないほどの長い時間を、蔵ノ介は信長とともに過ごしてきたようだから、その扱いの巧さは当然なのだろうが……。
(しかし、それはそれとして、自分が城主の城とはいえ、あまり公衆の場でいちゃいちゃするのはさすがにやめてもらいたいですね……)
光秀は心からそう思い、自分が結婚したら、そういうことは誰にも見られることのない場所でだけにしようと、心にかたく誓うのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
389
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる