聖なる王女はベッドの上で帝国を救う

梵天丸

文字の大きさ
32 / 61

第三十二話 深まる絆とキースの光

しおりを挟む
神託の意味を理解し、そしてその効果を実際に目の当たりにしたことで、クリストフとレティシアの間には、これまでにない深く確かな信頼関係が築かれつつあった。
中央神殿を訪れる前の、どこか張り詰めた空気や、神託という名の義務感に縛られていたような感覚は、キースの柔らかな日差しの中に溶けていくようだった。
今は互いの存在そのものを深く理解し、心から支え合い、そしてこれから訪れるであろう困難にも、二人で共に立ち向かおうという確かな意志が、温かい光のように二人を結びつけていた。
それは、恐怖や不安を乗り越えた先に見出した、真の絆の輝きだった。
「しかし、あなたが主導するというのは…その、やはり負担が大きいのではないですか? 神託とはいえ、あなたばかりに重荷を背負わせるわけには…」

クリストフは、まだどこか申し訳なさを滲ませながら、心配そうにレティシアの顔を覗き込んだ。彼の優しさが、レティシアの胸を温かくする。レティシアは、以前よりもずっと素直な気持ちで、小さく首を横に振った。
「いいえ、本当に大丈夫です。クリストフ様のお役に立てている、そう実感できることが、今の私の何よりの喜びですから。それに…」

レティシアは少し言葉を区切り、照れたように視線を落とす。

「それに?」

クリストフが穏やかに促すと、レティシアは小さな声で続けた。
「…その、クリストフ様に触れることに…少し、慣れてきたのかもしれません。最初は戸惑うことばかりでしたけれど…今は、あなたの温かさを感じると、とても…安心するんです」
そう言ってはにかむレティシアの頬は、ほんのりと薔薇色に染まっていた。
それは単なる羞恥心だけではなく、クリストフへの愛情が自然と表れた色だった。
その初々しくも正直な反応に、クリストフの心は満たされ、思わず優しい笑みがこぼれた。
彼は、レティシアのその変化を、何よりも愛おしく感じていた。
彼女が自分に心を開き、一人の女性として自分を求めてくれていることが、クリストフにとっては何物にも代えがたい喜びだった。
キースでの滞在は、あと数日残っていた。神殿に通う必要はなくなったため、二人はまるで短い休暇を楽しむかのように、穏やかな時間を過ごすことにした。
再び活気あふれる市を散策すると、以前訪れた時とはまた違った発見があった。前回は緊張から見過ごしていたような、異国の香辛料が並ぶ店、色鮮やかな織物を扱う店、見たこともない形をした楽器を奏でる旅芸人。
レティシアは目を輝かせ、一つ一つに興味を示した。
「この布地は、リステアでは見られない模様ですね」
「こちらのスパイスは…異国の料理に使われるものでしょうか」

クリストフは、そんなレティシアの隣で、彼女の反応を微笑ましく見守った。皇太子という立場を忘れ、ただ一人の男性として、愛しい女性の喜ぶ顔を見られることが、これほど幸せなことだとは知らなかった。
護衛の騎士たちは、敬意を払いながらも少し離れた場所で見守り、二人はまるで普通の恋人同士のように、人々の賑わいの中を歩いた。
港が見渡せる小高い丘の上では、二人きりで景色を眺めながら語り合った。
レティシアは、故郷リステアで聖女として人々と接する中で感じた喜びや、時には自身の力の限界に直面した時の苦悩を、素直な言葉でクリストフに打ち明けた。人々を癒すことで得られる温かい気持ち、しかし救えない命もあるという現実。
クリストフは、そんな彼女の経験と言葉に静かに耳を傾け、彼女が背負ってきたものの重さと、その芯の強さを改めて感じた。
一方、クリストフもまた、皇太子という立場ゆえの孤独や重圧、そして彼が理想とする帝国の未来について語った。
力だけではなく、民一人ひとりの幸福を願う為政者でありたいという彼の真摯な思いに、レティシアは深く心を動かされた。
互いの弱さも強さも、夢も苦悩も、全てを分かち合うことで、相手への尊敬と愛情はさらに深く、確かなものへと変わっていくのを感じた。それは、表面的な関係ではなく、魂で結びつくような感覚だった。
夜、邸宅に戻ると、カルロス・ディーンが気を利かせて用意してくれた、故郷リステアの瑞々しいフルーツを二人で味わった。
特に、幻のフルーツとも言われるリネガーの甘さは格別だった。
「このリネガー、本当に美味しいですね。まるで故郷の太陽の味がします」

レティシアが懐かしそうに目を細める。
「気に入ってもらえて良かった。カルロスには、本当に感謝しないといけませんね。彼の持つ情報網は、今後の黒幕探しにも役立つかもしれない」

クリストフは、以前のような嫉妬心は完全に消え去り、カルロスを有能な協力者として認め、純粋な感謝の気持ちでそう言った。
レティシアも、カルロスの洗練された物腰の奥にある誠実さを感じ取り、彼への警戒心はすっかり解けていた。彼はきっと、帝国とリステアの架け橋としても、良い役割を果たしてくれるだろう。
その夜、広いベッドに入ると、クリストフはそっとレティシアの手を握った。
大きな彼の手の温もりが、レティシアに安らぎを与える。
「レティシア、決して無理はしないでください。あなたの心と体が一番大切だ。もし少しでも辛いと感じたら、いつでも、どんなことでも私に言ってほしい」

クリストフの真剣な眼差しに、レティシアは頷いた。

「はい、ありがとうございます。でも、今は本当に、クリストフ様と一緒にこうしていられることが、とても幸せなんです。どんなことよりも…」
レティシアもクリストフの逞しい手を握り返す。温かい彼の手に包まれていると、帝国の未来や、まだ見ぬ黒幕、そしてクリストフの体内に潜むハルディンの脅威といった不安さえも、不思議と遠のいていくようだった。
もちろん、それらが完全に消え去ったわけではない。帝国に戻れば、厳しい現実が待っているだろう。
それでも、この温かい手と、隣にある確かな存在を感じている限り、きっと乗り越えていける。
レティシアは、そう強く、心の底から信じられるようになっていた。
クリストフは、レティシアの額に優しく口づけをした。彼女が隣で安心して眠れるように、自分が盾となって全てから守り抜こうと、改めて心に誓う。
キースの街の柔らかな月光が、窓から静かに差し込んでいる。
それはまるで、幾多の困難を乗り越えた先に待つであろう、二人の未来を祝福し、照らす希望の光のようだった。
闇はまだそこにある。
しかし、二人で手を取り合えば、どんな闇夜にも、必ず光を見出すことができるだろう。
そんな確信が、静かな部屋を満たしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...