聖なる王女はベッドの上で帝国を救う

梵天丸

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第四十一話 古文書の導きと繋がる魂

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ハルディンとは異なる、冷たく計算高い悪意の波動。
それは黒幕がすぐ近くに潜み、しかも積極的に干渉しようとしている可能性を強く示唆していた。
レティシアの危機感は、かつてないほど高まっていた。
クリストフを守るためには、ハルディンだけでなく、その背後にいる真の敵の正体を突き止め、その企みを阻止しなければならない。
そのためには、闇の精霊と聖女に関する知識、特に対抗策や弱点について、さらに深く掘り下げる必要があった。

レティシアは、信頼する侍女ナタリアという心強い協力者と共に、再び皇宮大図書室での本格的な文献調査に没頭した。
それは時間との戦いでもあった。
黒幕がいつ、どのような形で牙を剥いてくるか分からないのだ。

ナタリアは、貴族の娘としての幅広い教養と、長年侍女として培ってきた情報収集能力、そして宮廷内に張り巡らされた人脈を巧みに駆使して、レティシアの調査を献身的にサポートした。
彼女は複数の古代言語にも通じており、難解な古文書の解読においても、レティシアにとってかけがえのない助けとなった。
ただ文献を探すだけでなく、その内容を理解し、現代の状況と照らし合わせる上で、ナタリアの冷静な分析力と知識は不可欠だった。
また、皇太子妃の身を案じる他の侍女たちも、レティシアの負担を少しでも減らそうと、図書室での資料の整理や、必要な物品の準備などを自発的に手伝ってくれた。
レティシアは、自分が決して一人ではないこと、多くの温かい心に支えられていることを改めて感じ、困難に立ち向かう勇気を得た。

しかし、調査は困難を極めた。
関連する文献は膨大であり、その多くは断片的で、寓話や伝説の中に真実が隠されていることも少なくない。
それでも、彼女たちは諦めなかった。

数日間にわたる精力的な調査の末、ついに、過去の聖女たちがどのようにしてハルディン級、あるいはそれ以上の高位の闇の精霊と対峙してきたのか、その具体的な戦闘や儀式の記録が記された、極めて貴重な古文書を発見するに至った。
それは、数百年前、ヴァリス帝国建国初期に国を襲ったとされる「影の災厄」と呼ばれる、歴史の闇に葬られかけた時代の記録だった。
そこには、当時の聖女エリアーデが、人々の魂を直接蝕み、国を滅亡寸前にまで追い込んだとされる強力な闇の精霊(その名は“虚無喰らい”ザルゴスと記されていた)と、いかにして命懸けで戦ったかが、生々しい筆致で克明に記されていた。

その古文書によれば、聖女の力の本質は、闇を物理的に破壊し滅ぼすというよりも、その根源である負のエネルギーを聖なる光で浄化し、無力化することに長けているという。
特に、ハルディンやザルゴスのように、人間の精神や魂に直接干渉するタイプの闇の精霊に対しては、聖女自身の持つ穢れを知らない清らかな魂と、他者への深い慈愛の心、そして神への揺るぎない信仰心そのものが、物理的な鎧をも凌駕する強力な防御壁、すなわち「魂の盾(ソウル・シールド)」となることが、繰り返し強調されていた。

それは、レティシアがクリストフに対して無意識のうちに行使し始めていた力と一致していた。

さらに重要な記述があった。
その「魂の盾」の力を最大限に引き出し、闇の干渉を完全に退けるためには、聖女が守ろうとする相手との間に存在する「精神的な繋がり」、すなわち互いへの深い信頼と、見返りを求めない純粋な愛情に基づく「魂の共鳴(ソウル・レゾナンス)」が不可欠であると記されていたのだ。
魂が深く共鳴し合うことで、聖女の光は守るべき相手の魂にも流れ込み、内側からも闇への抵抗力を高めることができるという。

「精神的な繋がり…魂の共鳴…」

レティシアはその言葉を、祈るように繰り返した。
キースでの経験を経て、クリストフとの魂は確かに深く結びついている。
この繋がりこそが、クリストフをハルディンの悪意ある精神攻撃から守る、最も強力な鍵になるのかもしれない。
そして、その繋がりをさらに深めることが、今後の戦いにおいて極めて重要になるだろう。
しかし、その希望に満ちた記述の後には、やはり、聖女が力を過度に行使した場合の深刻な危険性についても、改めて具体的な警告が記されていた。

闇の精霊との精神領域での直接的な対峙は、聖女自身の魂にも計り知れないほどの大きな負荷をかける。
特に、相手の闇が深ければ深いほど、その反作用もまた大きくなり、聖女自身の精神が疲弊し、消耗するだけでなく、最悪の場合、相手の闇に引きずり込まれ、聖女自身の魂が穢され、光を失ってしまう危険すらあるというのだ。
聖女エリアーデもまた、ザルゴスを封印する際に、自身の生命力の大半を失ったと記されていた。

(やはり、力には大きな代償が伴うのね…。でも、だからこそ、慎重に、そして覚悟を持って臨まなければならない。クリストフ様を守り、帝国を守るためなら…)

レティシアは、恐怖を振り払い、改めて覚悟を決めた。
危険を理解した上で、その力を正しく理解し、慎重に、しかし必要な時には躊躇なく行使できるよう、自分自身を鍛えなければならない。
そして、その決意を試されるかのような事件が、まさにその直後に起こった。
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