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8章

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 リアの膝裏に左手を差し入れ、背を右手で支えるようにしてベルゼは、強引に抱き上げる。
 急に視界が高くなって、リアはベルゼにしがみついた。
「落としたりしませんよ」
 ベルゼが小声で囁く。吐息が耳にかかって、リアの身体の奥に痺れるような感覚が走る。
 そんな自分自身の反応も裸同然の姿も、恥ずかしくてたまらない。
「なんだか、小さかった頃に戻ったみたい……」
 気まずさを取り繕うように、リアは呟いた。
「リアも立派な貴婦人になられたのですから」
 ベルゼの言葉に、リアはがっかりしてしまった。
 ――ちゃんと着飾った姿で、抱き上げてくれたらよかったのに……。
 靴下とシュミーズだけの姿では、どうにも恰好がつかない。
 子供の頃には、遊び疲れて寝てしまうと抱き上げて寝台まで連れて行ってもらった。
 大人になった今のほうが、情けない状況に陥っている。
 ――ベルゼと会うことが分かっていたら、着るものや髪型だって、もっと気をつけていたのに。
 いつも彼が現れるのは、突然だった。心の準備すらできない。



 リアは、執務机の上に降ろされた。
 ひんやりとした机の冷たさが、素肌に伝わってくる。
 ベルゼがのしかかってくるので、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
 半裸のままだから隠せるところだけは、手で覆いたかったのに許してもらえそうもない。
「動かないで」
 ベルゼは低く囁いて、リアの両手首をつかんで頭の上で押し付ける。
「だって……」
「声を出したら、人が来るかもしれませんよ」
 そんなことを言われると、急に不安になった。
 リアは執務机の上に寝かされたまま、首だけを動かして辺りを見回す。

 ベルゼの綺麗な顔が近づいてくる。
 彼の黒衣の下の顔を覗き込んでいたのは、いつもリアのほうだったのに、今は立場が逆だ。
 ――顔を覗き込まれるって、こんなに恥ずかしいものだったんだ。
 リアの知っているベルゼの眼は、いつも穏やかで優しかった。
 でも、今は底冷えのするような強い光を湛えている。
 頭巾の下から見ていた暗い眼の色が、暖炉の炎を映して、赤く見えた。
 ――なんて不思議な色なんだろう。彼の眼は、こんな色をしていたんだ。

 リアの知らないベルゼだった。
 物心つくころから一緒にいたはずなのに、知らないことの方が多い。
 その眼に見つめられていると、心の底まで見透かされていくようだった。
 恥ずかしい……と思うのと同じくらい、嬉しいと感じてしまう。
 ベルゼは破戒しようとしている。
 ――あたしのためだけに。

 そう思うと、こわばっていた顔の筋肉が急に緩んでしまう。
 ふにゃっと、口元が笑ってしまったらしい。
 ベルゼが、何とも言えない複雑な顔をしている。
 ――今のあたしってば、きっと締まりのない顔をしているんだろうな。

 死にそうなほど恥ずかしいのに、こんなに近くにベルゼがいることが、嬉しくて息がつまりそうだった。
 リアの髪に、ベルゼは顔をうずめる。
 耳朶を柔らかく噛まれて、首筋に口づけられた。
「ひゃん!」
 くすぐったさに首をすくめて、脚をばたつかせてしまった。
 ベルゼは呆れたように言う。
「すっかり大人になったと思えば、その小さな頭の中は未だに襁褓むつきをしていたころと変わりませんね」
「本当にベルゼってば、失礼だわ」

 リアが修道院に入ったのが4歳である。
 オムツはとうに外れていたのだが、急激な環境の変化による幼児退行――赤ちゃん返りを起こしていたらしい。
 そんなリアの面倒を見てくれた当時のベルゼは、すでに学者として名前が知られていた。畏れ多いことだと、リアは修道院長から伝え聞いている。

「襁褓が必要ないか、どうか、試してあげましょう」
 ベルゼは、リアの両腕を押さえ込んだまま、顔を傾けて口づけした。
 小鳥がついばむように口と口をくっつける。
 それは幼い頃にリアの方から、ベルゼによくしていたお気に入りのしぐさだ。
 もっとも、当時は“口づけ”などという概念そのものがなかった。
 こうすると、ほとんど表情の変わらないベルゼがほんのり微笑む。それが幼いリアには、嬉しかったのだ。
 今はリアからではなく、ベルゼのほうから口づけされている。
 触れ合う冷たい唇の感触が心地よい。
 子供の頃には、分からなかった感覚だった。リアはうっとりと、ベルゼに身をゆだねる。
 繰り返される口づけが突然、深くなった。リアの唇を割って、舌が差し入れられる。
 驚いて身じろぎするが、びくとも動けない。
 生温かいベルゼの舌が、リアの舌をなぶる。
 呼吸が苦しくなって、ようやくベルゼは解放してくれた。

「ベルゼ! いきなり過ぎる!」
 唇が離れた途端、リアは彼の下からなんとか抜け出そうともがいた。
「もう、もう、ベルゼ!」
 掴まれた腕はびくともしない。リアは腕を抜こうとして、身体をゆすった。
 胸を押さえつけるコルセットがないせいで、形の良い胸が煽情的に揺れた。薄いシュミーズごしに、薄桃色の乳首が透けて見える。
 そこを指先で弾かれて、リアは間の抜けた声を上げた。
「ひゃい!!」
 さらにベルゼは乳首を指先でつまんで、グニグニとこね回す。リアは情けない声をあげながら、身体を捩らせた。
「痛い! ベルゼ! 痛いってば!!」
「本当に痛いだけですか?」
 散々、虐められて充血した乳首にベルゼは口づけした。
 敏感になった部分を強く吸い上げられ、リアの身体がびくびくと痙攣する。
「あふんっ……あぁん!!」
 自分でも何を言っているのか、訳の分からない声がでてしまう。
 まるで媚びるような甘ったるい変な声が。
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