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第三章 紅に深く染みにし心かも

第八話 金曜日の紅い輝き

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週末になるまで、一冴はプロットに悩み続けた。

四月十八日――金曜日の昼休憩。

一冴は学食で昼食を摂っていた。菊花や梨恵も一緒だ。最近は猫うどんをローテーションしている。すごくおいしいというほどではないが、妙な中毒性があるのだ。

食事中、菊花は驚いたような声を上げた。

「いちごちゃん、まだ何も思いつけてないの?」

うん――と言い、どんぶりの中に目を落とす。

「けれど、そろそろやばくない? 何も思いつけませんでした――なんて、部室に行くたびに言うのも申し訳ないでしょ。私、今月中には執筆に入れそうなんだけど。」

梨恵は苦笑する。

「やっぱり大変だな――文藝部は。」

一冴は軽く溜息をつく。

――百合を書くなんて言わなけりゃよかったか?

少女同士の恋愛を書きつつ、ごく一般的な少女と思わせるなど至難の業だ。

加えて、時代背景も分からないことが多い。

自分が好きなものは女らしくない――戦鬪機や軍隊に詳しい女子などいない。だから、そのようなものはなるべく遠ざけた。そしたら、何を書いたらいいか分からなくなってしまった。

――どうすればいいんだろう。

ふと、食堂の端へと目をやる。

そこには紅子がいた。前髪には紅い星が輝いている。

紅子の姿は寮でもあまり見ない――どうやら部屋に籠っているらしい。むしろ学校でよく見る。クラスメイトとも関わりを持っていない。食事もいつも独りだ。――話しかける機会はない。

早月の声がよみがえる。

――誰か詳しそうな人いないの?

分からない。

三人は食事を終えた。

返却口へとトレーを返し、出口へ向かおうとする。

途中、紅子とすれ違った。少し遅れ、トレーを返しに行くところだ。

襟足で二つに結われた長い髪を目で追う。

――まあ、この際だ。

一冴は立ち止まる。

梨恵は不思議そうな顔をする。

「どしたん、いちごちゃん?」

「いや――ちょっと。」

振り返り、こちらへ歩いてくる紅子へと声をかけた。

「あの――筆坂さん?」

紅子は足を止める。いわゆる「たぬき顔」が一冴を向いた。

「――何?」

「いや――ちょっと訊きたいことがあるんだけど。」

前髪へと目をやる。

金色の枠で囲われた紅い七宝の星――中央では、金色の鎌と槌が交差していた。

「筆坂さんの前髪にあるやつ、ソ連軍の帽章じゃない? 舟型略帽ピロトカの。」

紅子は軽く目を見開く。

「判るの?」

「うん――鎌と槌もあるし。」

「そうじゃなくって――舟型略帽ピロトカのって判るの?」

「え――うん。筆坂さんのヘアピンが気にかかったから――調べてみたの。そしたら、舟型略帽ピロトカって出てきたんだけど。」

「あ、そう。」

調べただけかというような顔を紅子はした。

女子らしくないかと思いつつも一冴は問う。

「あと、先週の朝食当番のとき――筆坂さん、鼻歌を歌ってたでしょ? もしかして、あれって『赤軍に勝るものなし』じゃない?」

紅子は顔を上げる。

「え――知ってるの?」

「まあ――。私、そっち方面の音楽、中学の頃に聴いてたから。」

梨恵は首をかしげた。

「いや――どっち方面? 何の話なん?」

「ソ連の音楽。」

ぐいっと紅子は身を乗り出す。

「『祖国は我らのために』とか?」

「うん――まあ。」

どこまで知っているのだろう――紅子は。

「あとは、『カチューシャ』とか『三人の戦車兵』とか『スターリンの砲兵行進曲』とか。」

菊花は不可解な顔をする。

「そんなもん何で聴いたの?」

「いや――ソ連の音楽は迫力があるっていうか――」

「うん! そうだよね!」

紅子は大きな声を上げ、目を輝かせた。

「やっぱりソ連の音楽は違うよね! 力強さがあるっていうか、愛国心を揺さぶられるっていうか――聴いているうちにパワーが出てくる感じ。」

紅子の勢いに驚きつつ、一冴は相槌を打つ。

「うん。国歌とか――大勢で力強く歌ってるやつ。」

「そうそうそう!」紅子は軽く跳ねる。「私、最初にあれ聴いて好きになったんだ。最初に、こう、デエェェェェン! ってなって、Союзサユーズ нерушимыйネールシーミ республикリスプブリク свободныхスヴァボードニ(自由な共和国の揺ぎ無い同盟を)――」

紅子の歌声に合わせ、一冴も口ずさむ。

「「Сплотилаスプローティラ навекиナベーキ Великаяベリーカヤ Русьルーシ!(偉大なルーシは永遠に結び付けた)」」

おおおおおおおおおっ、と、紅子は歓声を上げた。

「凄い凄い凄い! 一緒に歌える人なんて初めて見た! しかもロシア語! 上原さんって私と同じ趣味者? それともミリオタ? まあ、私もミリオタだけど! こういうこと語れる人ってリアルでいないよねえ。私なんか語りたいこといっぱいあるのに――」

ハイテンションな紅子に、一冴はたじろぐ。

「あ――あの、筆坂さん?」

周囲の視線を一身に集めている。

「できれば、その――別の処で話さない?」

視線に気づき、紅子は今さら赤面した。
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