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第5章
218b.わたしの愛しい……
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それから1年も経たずして、その方は処刑された。
丸腰で捕らえられ、市中引き回しにされた挙句、首を落とされた。
城下町を引き回されたとき、すでに息も絶え絶えだったその方に民衆は容赦なく攻撃した。
檻の中に居られらた状態だったとはいえ、石や残飯を投げつけられたあの方の体は限界だったのだろう。
次の日に処刑していなければ、おそらくその日に息を引き取っていたに違いない。
でもきっと、その方が幸せだったはずだ。
何よりも国民を愛し、何よりも国民に愛されたかったあの方が、罵倒され続けるあの場に立たなければならなかった心中を思うと涙が止まらない。
なんて残酷な仕打ち。
なんて残酷な運命。
あれほどまでに民を、国を、想う人などこの世にはいなかった。
誰よりも優しい王様だったのに。
しかし、わたしがその事実を知ったのはそれから1カ月も後のことだった。
田舎の村まで逃げてきたわたしには、その知らせが届くのに時間が掛かってしまったのだ。
知らせを聞いた時、わたしは今度こそ死のうと思った。
しかし、わたしの手には彼に似た子供が一人。
あの方と血の繋がった、唯一の存在がそこにいた。
ああ、あの方は今、わたしの腕の中で生きている。
小さな小さな繋がりが、今私の手の中にある。
そう思うと、その子を見捨てて死ぬわけにはいかなかった。
あの方の子孫を残すこと。
それだけが、わたしの残された唯一の使命だった。
それから50年ほどで、わたしは天に召された――――。
はずだった。
私は死んだはずだ。
それなのに、かまだわたしはこの世界で生きている。
しかし、記憶はあっても自分が何者であるかはわからなかった。
どうして生きているのか。
どうして生きていられるのか。
その答えが出ないまま、愛おしいあの方との再会をずっと待ちわびていた。
あの方が生まれ変わるということは、いつしかカラスが教えてくれた。
私は模造品。
彼に造られたものだということは、何度かカラスが来て説明してくれた。
ただ、わたしはわたしの意志に関係なく行動する操り人形にしかなれないことも教えてくれた。
それでも構わない。
もう二度と会えないと思っていたあの方にもう一度会える。
そう思うだけで、生きている意味があると思った。
わたしを娘だと疑わない父は、念願の爵位を買いとても喜んでいた。
大好きな父が喜んでいるところを見ても、どうとも思わないわたしは、きっと彼の子供ではないと思った。
今のわたしの中には、彼の娘などもういなかった。
とうの昔にわたしと同化してしまった彼女は、もうどこにもいない。
ただわたしは子孫である彼らさえも、濁った瞳で見つめていた。
爵位を買った父は、貴族として振舞うことに神経を使うようになった。
それはわたしとて例外ではない。
しかし、わたしには令嬢として生きてきた記憶がある。
だから父の要求することは、そんなに難しいことではなかった。
そもそも民たちとはあまり打ち解けられなかったのも、その所為ではあったのだ。
困ることもないだろうと友人などは作らなかったのも。
中等学校へと進学したものの、わたしは淡々とした日々を過ごしていた。
周りには下位貴族の令息令嬢が多くいたが、結局打ち解けることなどできなかった。
そこで気づいたのは。
わたしはあの方がいなければ、普通の人間にすらなれないということだった。
ある日、父が言った。
高等学校からは王族御用達の学院に通えるようになる、と。
語気を荒め、興奮したような様子の父を見ても何も思わなかった。
ただ表面上では喜ぶわたしを見た父は、今までで一番嬉しそうな顔をしていた。
どうせ、あの方はいない。
それなのに、どうしてわたしはそんなものに縛られなければならないのだろう。
できれば早く大人になりたかった。
以前よりも強い神聖力を手に入れていたわたしは、早く大人になって修道院で働くことを願っていた。
神聖力の強い人間が巫女に選ばれれば、国中を巡回できる。
そういうシステムがあることを、以前小耳に挟んだ。
まだ生まれてきているかもわからないあの方に、それでも出会うためには、その方法が一番効率の良いものだと確信した。
あと3年。
あと3年の我慢だ。
そうして迎えた国立タリエスタ学院高等科の入学式。
嫌味な令嬢たちはパーティーに参加する男爵令嬢をここぞとばかりに攻撃した。
そんな言葉など、わたしの心には刺さらないことも彼女たちは知らなかった。
ただ、あの方に会うまでのわたしはただの動くだけの人形だった。
もういい加減休みたい。
慣れないパーティーに流石に疲れが出てしまったわたしは早々にその場を後にするため出入口へと急ぎ足で向かった。
その時、ある方にぶつかった。
「すみません。大丈夫ですか?」
完全にわたしの不注意だった。
転びはしなかったものの、よろけてしまった体を何とか整え謝る。
そこでわたしは驚愕した。
その姿を遠目で見たことはあったが、気づくことはできなかった。
でもその方に触れてやっと、わたしは生きていることを実感した。
ずっと会いたかったあの方が、目の前にいたのだ。
生まれ変わっても、その美しさは変わらない。
眩しくて、眩しくて。
太陽のような人。
私の生きる、私の全て。
「ずっとずっと、愛しています。リヴェリオ様、エスティ様」
そう。
わたしはもう二度とあの方を裏切ったりしない。
あの方を守るためなら、あの騎士でさえも利用する。
そして貴方さえも騙してみせる。
貴方の思う通りに舞う、操り人形に。
全ては、わたしの愛する陛下のために。
丸腰で捕らえられ、市中引き回しにされた挙句、首を落とされた。
城下町を引き回されたとき、すでに息も絶え絶えだったその方に民衆は容赦なく攻撃した。
檻の中に居られらた状態だったとはいえ、石や残飯を投げつけられたあの方の体は限界だったのだろう。
次の日に処刑していなければ、おそらくその日に息を引き取っていたに違いない。
でもきっと、その方が幸せだったはずだ。
何よりも国民を愛し、何よりも国民に愛されたかったあの方が、罵倒され続けるあの場に立たなければならなかった心中を思うと涙が止まらない。
なんて残酷な仕打ち。
なんて残酷な運命。
あれほどまでに民を、国を、想う人などこの世にはいなかった。
誰よりも優しい王様だったのに。
しかし、わたしがその事実を知ったのはそれから1カ月も後のことだった。
田舎の村まで逃げてきたわたしには、その知らせが届くのに時間が掛かってしまったのだ。
知らせを聞いた時、わたしは今度こそ死のうと思った。
しかし、わたしの手には彼に似た子供が一人。
あの方と血の繋がった、唯一の存在がそこにいた。
ああ、あの方は今、わたしの腕の中で生きている。
小さな小さな繋がりが、今私の手の中にある。
そう思うと、その子を見捨てて死ぬわけにはいかなかった。
あの方の子孫を残すこと。
それだけが、わたしの残された唯一の使命だった。
それから50年ほどで、わたしは天に召された――――。
はずだった。
私は死んだはずだ。
それなのに、かまだわたしはこの世界で生きている。
しかし、記憶はあっても自分が何者であるかはわからなかった。
どうして生きているのか。
どうして生きていられるのか。
その答えが出ないまま、愛おしいあの方との再会をずっと待ちわびていた。
あの方が生まれ変わるということは、いつしかカラスが教えてくれた。
私は模造品。
彼に造られたものだということは、何度かカラスが来て説明してくれた。
ただ、わたしはわたしの意志に関係なく行動する操り人形にしかなれないことも教えてくれた。
それでも構わない。
もう二度と会えないと思っていたあの方にもう一度会える。
そう思うだけで、生きている意味があると思った。
わたしを娘だと疑わない父は、念願の爵位を買いとても喜んでいた。
大好きな父が喜んでいるところを見ても、どうとも思わないわたしは、きっと彼の子供ではないと思った。
今のわたしの中には、彼の娘などもういなかった。
とうの昔にわたしと同化してしまった彼女は、もうどこにもいない。
ただわたしは子孫である彼らさえも、濁った瞳で見つめていた。
爵位を買った父は、貴族として振舞うことに神経を使うようになった。
それはわたしとて例外ではない。
しかし、わたしには令嬢として生きてきた記憶がある。
だから父の要求することは、そんなに難しいことではなかった。
そもそも民たちとはあまり打ち解けられなかったのも、その所為ではあったのだ。
困ることもないだろうと友人などは作らなかったのも。
中等学校へと進学したものの、わたしは淡々とした日々を過ごしていた。
周りには下位貴族の令息令嬢が多くいたが、結局打ち解けることなどできなかった。
そこで気づいたのは。
わたしはあの方がいなければ、普通の人間にすらなれないということだった。
ある日、父が言った。
高等学校からは王族御用達の学院に通えるようになる、と。
語気を荒め、興奮したような様子の父を見ても何も思わなかった。
ただ表面上では喜ぶわたしを見た父は、今までで一番嬉しそうな顔をしていた。
どうせ、あの方はいない。
それなのに、どうしてわたしはそんなものに縛られなければならないのだろう。
できれば早く大人になりたかった。
以前よりも強い神聖力を手に入れていたわたしは、早く大人になって修道院で働くことを願っていた。
神聖力の強い人間が巫女に選ばれれば、国中を巡回できる。
そういうシステムがあることを、以前小耳に挟んだ。
まだ生まれてきているかもわからないあの方に、それでも出会うためには、その方法が一番効率の良いものだと確信した。
あと3年。
あと3年の我慢だ。
そうして迎えた国立タリエスタ学院高等科の入学式。
嫌味な令嬢たちはパーティーに参加する男爵令嬢をここぞとばかりに攻撃した。
そんな言葉など、わたしの心には刺さらないことも彼女たちは知らなかった。
ただ、あの方に会うまでのわたしはただの動くだけの人形だった。
もういい加減休みたい。
慣れないパーティーに流石に疲れが出てしまったわたしは早々にその場を後にするため出入口へと急ぎ足で向かった。
その時、ある方にぶつかった。
「すみません。大丈夫ですか?」
完全にわたしの不注意だった。
転びはしなかったものの、よろけてしまった体を何とか整え謝る。
そこでわたしは驚愕した。
その姿を遠目で見たことはあったが、気づくことはできなかった。
でもその方に触れてやっと、わたしは生きていることを実感した。
ずっと会いたかったあの方が、目の前にいたのだ。
生まれ変わっても、その美しさは変わらない。
眩しくて、眩しくて。
太陽のような人。
私の生きる、私の全て。
「ずっとずっと、愛しています。リヴェリオ様、エスティ様」
そう。
わたしはもう二度とあの方を裏切ったりしない。
あの方を守るためなら、あの騎士でさえも利用する。
そして貴方さえも騙してみせる。
貴方の思う通りに舞う、操り人形に。
全ては、わたしの愛する陛下のために。
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