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1章 幼少期編 I
53.商3(Side ミネバ副会長)
しおりを挟むイティゴ菓子の仕込みの間に、手際のいいチギラが昼食を作る。
最近姫さまがはまっているという野菜の酢漬けを挟んだ『はんばーがー』だそうだ。
平たいパンを横に割き〈青菜+ミエム+酢漬け胡瓜+ハンバーグ+玉ねぎのみじん切り+ケチャップ〉を挟んだものが出された。皿には黄ジャガのアゲルも盛ってある。アゲルの下に敷いてある紙は、油を吸わせるものだそうだ。そして生野菜盛りは毎回出る。
この姫さまは、好物料理になると『この料理はね』の蘊蓄が止まらない。
酢漬けなど珍しくもないが、この胡瓜の酢漬けには相当のこだわりがあるらしい。
講釈の後には、大抵が『ショーユ』がないと『ソース』が作れず、あれこれが食べられないと嘆いて締めくくられる。
「王女殿下はパンにものを挟むのが好きですな」
「ミエムを食べない日はないと聞いたぞ」
「お好きな玉ねぎも入っていますね」
「えへへ~」
照れているが、誰も褒めていない。
「双豆バター……砂糖煮のようにしたものもあるのですが、皆さんがいらっしゃる前に、ルベール兄さまがお父さまのところに瓶ごと持って行ってしまったのです。旅のお供にでもするのでしょうか」
双豆は王都の南側に群生している野草の根粒だ。
特に栽培しなくても勝手に増えていくので、周辺の子供が小遣い稼ぎに掘り起こして道端で売っていたりする。煮物に入れられる一般的なものだが、上流階級の食卓にはあまり上らない。
「父上に見せに行ったのなら持っていくつもりだろう。だがルベールのことだから、砂糖煮との揃い売りも狙っているかもしれないぞ」
全員が笑った。厨房のチギラも笑っていることだろう。本当に並べることが好きな王子なのだ。
「お待たせしました。こちら、贈り物にできるように生クリームで花の飾りを作ってみました。実際に贈るケーキにはもっと増やそうと思っています」
「わぁ、薔薇! チギラりょうり人やりましたね! すごくきれいです!」
チギラが持ってきたケーキの色が薄紅色だ!
イティゴの砂糖煮を混ぜた生クリームが、こんな綺麗な色になるなど予想できなかった。側面を切り落として断面はわざと見せているんだな。すぽんじけーきの黄・生クリームの白・薄切りイティゴの赤が綺麗に出ている。
そして艶やかに塗られた薄紅色の上には白薔薇が一輪……
「食べるのが惜しいほど綺麗ですな」
ゼルドラ魔導士長が感嘆の息を吐く。
私もそう思う……この薄紅色がひとりの令嬢だけのものになってしまう?
「薔薇だけ色を変えるとは洒落ているな。レイラは白薔薇が好きなのだ」
そういうのはどうでもいい。
「アルベール兄さま『この薔薇を君に……』に変更しましょう。そして薔薇をフォークですくってア~ンです! チギラ料理人、バラはいちりんです。増やさないでこのままいきましょう」
よし、イティゴの色はどうでもよくなった。
「シュシュ~、戻ったよ~」
「お帰りなさいませ、ルベール兄さま」
この殿下はもう少しキリリとしていたはずなのに、近ごろ妹姫の前ではいつもこんな感じだ。
会長が注意しないから他ではきちんとしているのだと思うが。
「父上とお会いしたのだろう? 双豆は持ち帰らなかったのか?」
「父上に取られてしまいました。シュシュ、父上はもう少し塩味を強くしてほしいって。僕の分はあのままで作ってね。あと、黄ジャガチップスも持っていくよ」
「楽しい馬車旅になりそうだな……」
会長は弟王子を憐れむようにつぶやく。
長い馬車旅は辛いものなのだ。
姫さまは『おやつは300円までですよ』と異世界語でクスクス笑っていた。
「そうだ、兄上。レイラ嬢の侍女を見かけましたけど、今日会う予定が?」
「早咲きの薔薇を見せる約束をしているのだ。早く到着したのだな」
「これからレイラお姉さまとお会いするのですか?」
会長は毎日逢瀬を重ねています。
「チギラ料理人。ケーキの切り落としを持ってきてください。味見をします」
「あれ? 綺麗なケーキだね。そうか、これからレイラ嬢と食べるんですね?」
「そうだな今日でもいいな。早咲きの薔薇は白だからちょうどいい」
「君、私の切り落としにはイティゴの生クリームを多めにたのむ」
「僕も多めによろしく~」
王侯貴族が残飯を食う……この離宮ではありか。
「ふわふわ~、おいし~」
「いい香りだ。甘さもちょうどいい」
「間にちょびっと入ってるイティゴの酸っぱさがいいね~」
「イティゴの砂糖煮と生クリーム……ふむ」
私も頂くとするか。
はぁ~、旨い。
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