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【23】獣人達の事情

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「モーレイ領が狙われているのは、あと一つ。人工魔石による革新だ」

 ダンダレイスは、地面に描いたレスダビア王国へ、さらに線を書き加える。中央の王都から伸びる線はすべて線路だ。王都でも路面電車が走っていたが、当然魔石を使った汽車も運行している。

 この北の最前線要塞までの道のりも、列車でなんとたった一日。特別ダイヤの軍用列車は目的地までのすべての駅を素通りの上に、高速列車なみの速度だったのだから、魔法の技術は進めば科学技術より突出するのかもしれない。これが普通に馬やまして徒歩の行軍ならば、一月あまりはかかったに違いない。転送などの魔術は古来からあるが、生物は出来ず大量輸送にも向かない。そう考えると、大変な革命だ。

「モーレイ領は元から国一番の広大な領地を持っていたが、その三分の二は一年の半分が雪と氷に閉ざされる耕作に適さない地とされていた。
 だが、魔石による農耕機具で広大な土地を効率より耕し、短期で収穫出来る様になった。北の短い春から秋の期間で早生の小麦の生産が可能にな」

 そういえばとアルファードは、ここまで列車でやってきた車窓の景色を思い出す。地平線のはてまで広がる黄金の海のような麦畑と、それを収穫する大型の農耕機具。そして、働いていたのは頭の上に様々な形の耳がある獣人達だった。
 そのことを訊ねると、開拓地には隣接する藩国から獣人達の入植をすすめているのだという。

「初代モーレイ公爵マクネアー様は、三百年前の三代目勇者アルツオ様の弟だ。勇者アルツオ様は魔族の奴隷だった俺達獣人族を救ってくれた、英雄だ」

 「奴隷?」とアルファードは聞き返す。それにツイロは「どっちつかずさ」と苦笑する。

「人間から見りゃ俺達は半分ケモノの身体能力に強い魔力を持つ、魔族に近い生き物だろう。が、力こそすべての魔族からすりゃ、人間もどきのなり損ないだ」

 だから獣人達は長い間、タルテリオの壁の岩山の地下に走る迷路のような洞窟に隠れ暮らしていたのだという。ときに魔族からの奴隷狩りにあい、逃げ惑いながら。
 勇者アルツオはそんな奴隷狩りに遭おうとしていた獣人の若者達を救い、恩義を感じた彼らは勇者の戦いを助けたのだという。

「そして魔王を倒し、レスダビアの王となったアルツオ様はこの北の地に共に戦った獣人達の藩国を作り保護したってわけだ。さらに弟をモーレイ公としてこの地の領主にすえた」

 第三騎兵団の原型もそのときに作られ、モーレイ公は代々武門の家柄として、その団長を務めてきたという。

「しかし、獣人を受け入れて三百年たって、まだ王都の貴族共はあの様子なのか?」

 実際のところ平民達は獣人を受け入れている。王都には普通に獣人が歩いていた、だから酷い嫌悪を向けるのは選民意識の強い貴族にブルジョアの名家の者達だ。

「その三百年前だって、お貴族様の猛反発を押さえつけて、テイオ様は藩国を認めてくれたってわけさ」

 さらにテイオはその藩国も自分一代で覆される危惧を抱いていたから、弟に北の地を任せてその守護とした。
 実際、その予感はあたりテイオの治世は十年あまりと短く、彼は嫡男も残さず病死しているという。
 「ま、だから、テイオ様の時代はともかく、その後の代々のモーレイ公ってのは、常に王都ににらまれている立場なのさ」とツイロは肩をすくめる。

「そこにきての人工魔石の開発による変革で、いささか我が領地は豊かになりすぎた」

 ダンダレイスが続けて、広がった開拓地だけの問題ではないと説明する。

「人工魔石の材料となるジリン鉱石は、タルテリオの地下鉱脈から採れる」

 鉱物資源は獣人藩国の主な収入源であり、モーレイ領がその窓口として“適正な価格”で買い取り、国内に流通してきたという。
 が、もとから北の広大な領地からとれる小麦の収入が倍増したうえでの、ジリン鉱石の取引による莫大な利権だ。

「すでに父の代から、我が領地にばかり富が集中しているという突き上げはあった。
 領地はともかく、藩国との鉱物資源の取引は他の領主に任せては? という意見もあったが、父は首を縦にふらなかった」

 他の貴族やその御用商人に任せたりすれば、獣人達にとって平等な取引などけしてしないだろう。

「領地にしても同様だ。もし私が死んだならば、宰相はさっそく、国の食料の安定のためという大義名分で、獣人達が開拓した地から彼らを追い出し、人間の農民をそこに移住させるだろうな」
「開拓地だけじゃなく、鉱物資源も同様だ。獣人は不平等な取引を押しつけられて、タルテルオの地下鉱脈で採掘奴隷同然の暮らしってことになるだろうな」

 ダンダレイスのあとに続けて、ツイロが口を開く。
 「そんな生活ならば逃げ出す者もでるだろう」とぽつりとアルファードがつぶやけば「どこに?」とツイロが皮肉に口の片端をつり上げる。

「魔界に行けば本物の奴隷だ。主人の魔族の機嫌次第で首を飛ばされるより、まだ不平等で貧しい暮らしでも命の保証があるこちらの暮らしのほうがマシだろうな」

 「そう考えているならば、あの宰相は本当にこちらの足下をみてやがる」とツイロは吐き捨てるようにいい。焼き芋の火を囲む者達のあいだに沈黙が流れる。

「私は死ねないな」

 ダンダレイスがぽつりと言った。





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