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【31】門開く
しおりを挟む「父にずっと言われていた。私はモーレイを継ぐものとして、この北の領地と領民、そして“盟友”である藩国の獣人達の“盾”となるのだと」
それは歴代のモーレイ公に受け継がれてきたものだという。ただ領主として領地を守るのではない、モーレイ公は北の盾。征服王アルツオの“誓い”を守護するものだと。
盾はタルテルオの壁の向こう、魔族と魔王に向けられたものではない。
それは王都に向けられていたのだ。獣人の藩国を忌々しく思う貴族達に対して、そして王がその意思に呑み込まれないように牽制し続けた。
「私は子供時代の大半をこの北の領地で母と過ごした。父も年の半分は領地にいたよ。最近の貴族達は領地での田舎暮らしを嫌い、王都に定住する者がほとんどだが」
「父の口癖は『王都暮らしは窮屈で敵わない』だった」とダンダレイスは微笑む。
北の領地でダンダレイスは公爵家の嫡男として必要な教育は受けながらも、あとは自由に過ごしたという。
身分に関係なく同じ年頃の子供達と野山を駆け巡り冒険をした。そこには人間の子供も獣人の子供もいたという。ツイロやヴィッゴはその頃からの幼なじみだとも。
「それでこんな図体だけはデカい“馬鹿”が誕生したのか」
「よい子供時代だったよ。私はこの北の地と領民達と藩国の獣人達も好きだ。
モーレイの領主でなくとも守りたいと思う」
たぶん代々の領主達もそうだったのだろう。この北の地で幸せな子供時代を過ごした。身分に関係なく領地の子供達や獣人の子供達と遊び、友情を育んだ。
だからこの土地をそして人々を分け隔て無く愛した。
「盾となるにはまず魔王を倒してからか。しかし、倒したあとも大変だぞ」
目の前の魔王も大敵であるが、あとの人間達のあれこれのほうがよほど面倒くさいとアルファードはため息をつく。
「三代の勇者の悲劇を知っていれば、あの狐と狸の夫婦だって、自分の息子が勇者に選ばれたことをとても喜んでられないだろうに」
もし“勇者の呪い”が本物なら、次の犠牲者はレジナルドということになる。
そこで「いや、待てよ」とアルファードは気付く。
「俺が“聖人”ってことは、俺が選んだお前もまた、勇者ってことになるのか?」
「あなたは私が勇者だと言ったではないか」
「それじゃあ、お前も“呪い”の対象じゃないか!」
「私は死なない」
「お前はそう言うけどな。あの狐と狸の夫婦のせいで、お前に対する貴族達の心証は最低だ。現状、魔王を倒したあと、陰謀にまっさきに陥れられそうなのはお前だぞ」
ましてモーレイ領と獣人藩国が金のなる木とわかっている限り、彼らは様々な方法で魔の手を伸ばしてくるだろう。
たしかにこれは魔王を倒したあとのほうが問題たど、アルファードはうなる。いっそ、このまま戦を膠着状態で十年ぐらい長引かせたほうがいいんじゃないか? と思うほどだ。
「私のことはいくら、いわれても構わない」
「あのな、お前がそういう態度だから、あの狐と狸と貴族どもが調子にのってだな……」
「だが、この北の地と盟友たる獣人達には指一本触れさせない。モーレイの当主は自分の名誉だのくだらない面子にはこだわらないが、“盾”としての役割は果たす」
「……なにか策があるのか?」
アルファードがそう訊ねたとき、扉がいきなり開いてツイロが入ってきた。
「ダン! ついに門が“薄く”開きそうだと、監視の従軍神官からの連絡が……って、なに、チンチラおっさんお膝にのせてんの?」
それで、今の今までダンダレイスに“お膝抱っこ”されていたことに気付いたアルファードは、ぴょんと飛び上がり退いた。
「ツイロ、お前が言うからフリィがおりてしまったではないか」
「お、おう、悪いな!」とツイロが返すが、そこは悪くないぞとアルファードは胸のうちでつぶやく。
「とにかく、門が開くぞ」とツイロは話を戻す。門とはもちろんヤキニゾゾの門だ。
それが開くということは。
魔王との決戦の火蓋がついに落とされたということだ。
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本日はあと2回、19時10分と22時10分更新予定です。
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