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 私という人間は、どこにでもいる普通の人間だった。
 貴族であることを考慮しても、他の人と変わらないような人間だったはずである。
 そんな私がいつの間にか、冷血な令嬢と呼ばれるようになったのは、いつからだろうか。確か、十歳くらいだったからの気がする。

 貴族というものは、高貴で高潔なものだと思っていた。
 しかし、その実態は、他人の顔色を窺い、汚い手段を用いることも厭わないようなものだった。それを知った時から、私は表情というものを形作れなくなってしまったのだ。

 別に、感情がなくなったという訳ではない。
 嬉しい気持ちも、悲しい気持ちもある。ただ、それが表面に出なくなってしまったのだ。

 昔は、愛想笑いが得意な子だった。
 いつでも笑えたし、いつでも泣けたと思う。
 そんな私は、今では笑えないし泣けない。何が起こっても、表情が動かないのだ。

 ポーカーフェイスが上手い。私をそのように評する人もいる。ただ、自分では表情を作ろうとしているのに作れないので、私はその真逆だろう。

「フローナ、君との婚約を破棄したい」
「はい?」

 そんな私は、婚約者であるザゼンド・ヴァルーチ様から婚約破棄を告げられた。
 突然、そのようなことを告げられれば、当然驚くだろう。現に、私はとても驚いている。
 最も、私の表情に変化はないだろう。驚いているつもりでも、周囲からはまったく動じていないようにいつも言われるので、眉一つ動いていないはずである。

「正直、お前のその顔は不気味なんだよ。いつも同じような顔で、見ているだけで気分が悪くなる」
「そうですか……」

 ザゼンド様からかけられたのは、ひどい言葉だった。
 見ているだけで気分が悪い。それは、中々に胸に刺さる言葉である。
 だが、それは理解できないものではなかった。表情の変わらない私など、不気味で仕方ないだろう。

「もう、二度とその顔は見たくない。金輪際、俺の前に姿を現すんじゃない」
「……わかりました」

 ザゼンド様の言葉が理解できてしまったからか、私は彼の言葉を受け入れることにした。
 ここまで言われるのは少し辛いが、それだけ彼は今まで我慢してきたということなのかもしれない。これ以上、彼に我慢させるのは忍びない。婚約破棄したいなら、それを受け入れるべきだろう。

 お父様やお母様に対して、申し訳ない気持ちはある。せっかくの公爵家との婚約がなくなるのは、二人にとって大きな損失だろう。
 だが、最早、私は全てがどうでもよくなっていた。この無表情で不気味な私に、価値などない。そういう考えしか、思い浮かんでこないのだ。
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