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19.騎士団の見学

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「まさかあなたがそのような申し出をしてくるとは思っていませんでしたよ」
「ご迷惑でしたか?」
「いえ、そのようなことはありません。少し驚いたというだけです」

 私は、ウェルド様とともに騎士の修練場に向かっていた。
 魔術師団の休日は、基本的には週に二日間ある。その内の一日を弟のルシウスと過ごした私は、もう一日を騎士団の見学に使うことにしたのだ。

「驚いているのは、私も同じです。まさか騎士団の業務を見学できるなんて思っていませんでした」
「まあ、入団希望の貴族なども多いですからね。その辺りは一応認められているのです。もっとも、魔術師団の団員が見学できるのはフラウバッセンさんの影響が大きいですが」
「ああ……」

 最初私は、騎士団のことについて調べようと思っていた。
 そこで王国にある図書館に行った所フラウバッセンさんと偶々会い、その結果彼に見学を勧められたのである。

「しかしどうして見学を?」
「見分を広めようと思ったからです。私は魔術師団や騎士団のことをまだまだそれ程よくわかっていませんから、今後のためにも学んでおく必要があると思いました」
「なるほど、それは立派な心掛けですね」

 今回私がこのように見分を広めようと思ったのは、弟のルシウスの影響だ。
 自由に世界を羽ばたく彼の知識と比べて、私の知識は非常に乏しい。だからもっと色々なことを知ろうと思ったのだ。

「それに、騎士団を知っておくことは反射魔法の研究にも役立つと思ったんです。それが一番活かせるのは恐らく騎士団の方々ですから、その知識は必要になるはずです」
「それなら業務として見学しても良かったのでは?」
「それは……確かにそうかもしれませんね」

 ウェルド様の指摘に、私は自分が選択を少し誤ったことを理解した。
 確かにこの見学は、業務として行うべきだっただろう。チームのメンバーも交えて騎士団の様子を見た方が、今後の研究に活かせたはずだ。

「まあただ、それが認められたかどうかは微妙な所かもしれませんね」
「そうなんですか?」
「もちろん。理由としてもきちんとしていますから、業務としては何も問題はないと思います。しかし心情として、魔術師団の方々は騎士団を見学したがらないでしょうから」
「ああ、それはそうですね……」

 ウェルド様の指摘は、もっともだった。
 もしも私が騎士団の見学を提案しても、ドナウさん辺りは拒否してきそうだ。
 年長者の彼が拒否すると、なんとなく他の人も気が引けるだろう。ナルルグさんは気にしないとは思うが、逆に彼くらいしか一緒に見学してくれないかもしれない。

「二つの組織の間にある壁は、分厚いものなのですね……」
「ええ、特にご年配の方々はまだ確執があるようです。前団長時代の対立は激しかったようですから、その名残があるということでしょう」
「逆に若い人達はそうでもないんですか?」
「そうですね。まあ、私とフラウバッセンさんの仲が良好であるというのが大きいのでしょう。前は団長同士の仲が最悪でしたから」
「そうなんですか……」

 騎士団と魔術師団の前団長のことを、私はよく知らなかった。
 しかしトップが激しい対立をしていたら、それが団全体に広がるのは当然のことである。
 その時代に生きてきた人達は、まだその感覚が抜けていないということなのだろう。それはなんというか悲しいことである。

「前団長時代は、私としても肩身が狭い時代でしたね。私は昔から、剣の稽古をよくしていましたから、前の魔術師団長にはかなり警戒されていました」
「警戒? どういうことですか?」
「私が騎士団に肩入れしていると思われたということです。これでも一応第二王子ですからね。私が王位を継承した場合、魔術師団が危ういと思われていたのでしょう」
「それは……」
「ええ、そう思ってもおかしくはなかったということは今なら理解できます」

 二つの団の明確な対立が続いていた場合、ウェルド様は騎士団長にはならなかったのかもしれない。
 王族が騎士団長をしているということは、権力がそちらに傾くことになる。例え本人にそのつもりがなかったとしても、現在の力関係は騎士団の方が絶対に上だ。王族には、それ程の影響力がある。

「それが理解できたから、私は騎士団には近づかないつもりでした。しかし、魔法学園を卒業してから父から告げられたのは、騎士団長への任命だったのです」
「そうだったのですね……」
「幸いにも、その時には既にフラウバッセンさんが魔術師団長だったため大事にはなりませんでした。まあ父上もその辺りは考慮していたのでしょうが、中々危ない選択であったと思ってしまいます」
「なるほど……」

 私は騎士団と魔術師団が難しい関係であることを改めて理解した。
 その中でもウェルド様は、非常に難しい立場である。もしかしたら彼は、様々なバランスを取るために日夜精神をすり減らしているのかもしれない。ウェルド様の憂いを帯びた表情に、私はそんなことを思うのだった。
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