太陽と海の帰る場所

杏西モジコ

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太陽と海の帰る場所10

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 その次の日の朝、奏弥と太洋が浜辺に行くと、鞠花がロイと一緒に立っていた。
「早いなぁ、鞠花」
「うん。大ちゃんにごめんねって言っときたかったから」
「そっか」
「で、大輔はなんだって?」
 鞠花に火バサミとビニール袋を渡しながら太洋が言った。奏弥には新しい軍手とビニール袋を持たせ、自分はボロボロの軍手をはめている。
「可愛いから許すって」
「はぁ?嘘つけ」
「太ちゃんが私の可愛さ分からないだけでしょ」
「はいはい、喧嘩しないで」
 真ん中に入った奏弥が二人を宥めると、鞠花は奏弥の腕を掴み、ロイのリードを無理やり太洋に押し付けた。
「えっ、ちょっ」
「太ちゃんはロイとあっち。私は奏弥さんとこっちね」
「なっ!い、今、奏弥さんって……おわっ!」
 急にロイが走り出し、リードを持っていた太洋も同じ方向へ勢いよく引っ張られていく。
「うわああぁあっ!」
「太ちゃんしっかりー!」
「ふふ、凄いなぁロイ」
 吹奏弥は引っ張られる太洋を見て思わず吹き出した。
「実はここに来てすぐに私も散々走らされたんですよ。まったく……みんな海が好きで嫌ですね」
「鞠花ちゃんも、でしょ」
 顔を覗き込むと、鞠花は唇を尖らせたまま顔を逸らし、すぐ足元にあったゴミを拾った。
「奏弥さん」
「ん?」
「太ちゃんのこと、よろしくお願いします」
「……うん」
 昨晩の花火でどこまで何を話したのかは分からなかったが、彼女が奏弥と太洋の仲を応援しようとしてくれているのは、その言葉だけで理解できた。



 大宮家と堀内家を見送った太洋が宿へ戻ってくると、奏弥は待っていたとばかりに外へ連れ出した。
「どこ行くんですか?」
「とりあえず、近くの不動産屋」
「え?」
 太洋が聞き返したのは無理もない。今朝、散々ロイに振り回された太洋は、少しでも身体を休めたいのだろう。でも、奏弥は車の助手席前に立つと「早く」と太洋を急かす。
 渋々と車に太洋が乗り込むと、奏弥も助手席に乗り込んだ。
「なんでまた……不動産屋に。あぁ、あと俺一個言いたいことあるんですけど」
「ひだかに泊まってる間に住むと見つけて、仕事も探すの」
 太洋を遮って奏弥が言った。シートベルトの締まる音が二人の間に響く。
「最悪仕事は後でも良いんだ。貯金あるし……。それに、お父さんが退院してもまだ大変そうだから、月子さんにも手伝いを申し出てるんだ。あぁ、でも住む部屋見つけたら、一旦帰って行政手続きしなきゃなんだけど」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「……なぁに?」
 不思議そうに首を傾げると、太洋は興奮気味に奏弥の方へ顔を向けた。
「こ、ここに引っ越すってことですか!?」
「うん。だって、ひだか出ても太洋くんに会いたいし……ダメだった?」
 太洋は思いっきり首を横に振った。
「だ、ダメじゃないです!むしろ、嬉しいです!あ、いやでも……俺、夏休み終わったら東京に戻るって……」
 尻すぼみにどんどん萎れていく。その様子が面白くて奏弥は吹き出した。
「うん。知ってる」
「なら、どうして」
「太洋くん、俺の帰る場所になってくれるって言ったよね?」
 すると、太洋は眉を寄せ真剣な顔で頷いた。
「……はい」
「それ、俺もなりたいんだ。君の、帰る場所」
 太洋がゴクリと唾を飲む音が車内に響く。
「合鍵、お守りにしてくれる?」
 言い切ると、奏弥の心臓がバクバクとうるさく鳴り出した。狭い車内でこの距離では、その音さえも身体を突き抜けてしまいそうで、内心恥ずかしくて堪らない。だけどきちんと自分の意思を伝えたかった。
 真っ直ぐ奏弥を捉えた太洋の瞳が揺れる。頬を真っ赤に染めると、初めて見た時よりも遥かに眩しい笑顔を見せた。
「……はいっ!」
 同時に奏弥の頬が緩み、さっきまで抱えていた緊張が、一気に解けて涙がこぼれ落ちた。
「あはは。また泣くんですか」
「年とると涙脆いの……っ」
 太洋が手を伸ばし、奏弥の頬に伝う涙を指で拭う。温かいその手のひらに奏弥は頬を擦り寄せる。
「良いですよ、俺が全部拭います」
「甘やかしめ……俺、重いって言ったじゃん」
「俺だって大概ですよ。まだ鞠花が先に奏弥さんって呼んだの許してませんからね」
「あはは、小さいなぁ」
「小さくても良いんです。奏弥さんは俺の奏弥さんなんですから」
 目が合って、自然と唇が重なる。心臓の音が耳の奥からこだまして、幸せを噛み締めた。
「ふふ。おかえりって、今度は俺が言う番になるね」
「俺、めちゃくちゃ帰ってきそう……」
「ダメだよ。俺、絶対甘やかしちゃうもん」
 嬉しくて、またこれ以上を求めそうになって、一瞬気が引ける。それでも奏弥はシートベルトを外すと、手を伸ばして太洋に抱きついた。

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