カオルとカオリ

廣瀬純七

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薫の育児

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夜も更け、家の中は静寂に包まれていた。
ベビーベッドの中でぐずり始めた結音を抱き上げたのは、香織の体に入った薫だった。

「よしよし……はいはい、お腹すいたんだよね、はいはい……」

柔らかいソファに腰を下ろし、赤ちゃんの頬が自然に探し当てるように胸元に吸い付くと、結音は安心したようにごくごくと母乳を飲み始めた。

その様子を、少し寝ぼけた表情で見つめていた悟志が、キッチンから戻ってくる。
手には湯冷ましのマグカップ。

「……あれ、今、香織……?」

「いや、僕。薫だよ」

「……マジか」

悟志は半分驚き、半分あきらめたようにソファに腰を下ろすと、思わず苦笑した。

「なんていうかさ……その、**薫が香織の体で授乳してる**って……どう考えても情報が多すぎるんだけど」

薫は笑いを堪えきれず、肩を震わせながら応える。

「わかる。僕もね、最初は抵抗あったよ。でも結音が泣いてると、そんなこと気にしてる場合じゃなくなるんだよね」

「いや、それはそうなんだけどさ……いやぁ……なんだこの感情……」

悟志は頭をかきながら、複雑な笑みを浮かべる。

「でもまあ、助かってるよ。香織、育児で相当疲れてたし……いまぐっすり寝てる?」

「うん。精神的にも体力的にも限界だったみたい。だから、しばらく僕が面倒見るよ。交代ってことで」

赤ちゃんは満足そうに目を閉じたまま、ごくごくと飲み続けている。

悟志はその様子を見つめながら、ぽつりとこぼした。

「それにしても……親友が、俺の娘に母乳あげてるって状況、冷静に考えると相当ヤバいよな……」

「本当にね。**男として生きてきた時間の方が長い僕が、今こうして“母”として役目を果たしてる**って思うと……人生って不思議だ」

二人はしばらく無言で、赤ちゃんの小さな呼吸音と、母乳を飲む音に耳を傾けていた。

やがて、結音が満足そうに唇を離し、小さなあくびをした。

薫は静かに笑いながら、ガーゼで口元をぬぐい、そっと抱き上げて背中をトントンと叩いた。

「でもさ、結音の温もりに触れてると、思うんだよ」

「なにを?」

「……僕は、香織の体を借りてるだけだけど、この子のこと、**心から大切にしたいって思える**んだ。役目とか、義務とかじゃなくて」

悟志はゆっくりと、深くうなずいた。

「それなら……もう、それだけで充分さ」

二人の間に静かに流れる時間。
結音が「けふっ」と小さくげっぷをすると、部屋にはまた、笑いがこぼれた。

不思議で、少し複雑で、でも確かに温かい——
それが彼らの「家族」のかたちだった。

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