村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎

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19.元悪役令嬢の幸せ

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湖には誰もいなかった。
村の皆はマリーナ一行の手当てや馬車の修理に駆り出されているのだろう。
岸辺に腰を下ろして水面を眺めため息をつく。

(これから私はどうなるんだろう……お母様みたいに無理矢理連れていかれるのかしら……)

マリーナは私が公爵に対して意地を張っていると思い込んでいる。

公爵がどこまでマリーナに甘いかは分からないが小娘一人を村から連れ出すくらい簡単にできるだろう。
お母様が誘拐された時の様に。

そうなった時、お父さんは止めようとしてくれるかもしれない。

もしそれで怪我を負うようなことがあったら?
公爵家に逆らったと投獄されたりしたら?
相手は爵位も高い貴族だ。小さな村の人間一人どうにでも出来てしまう。

そんなことになったら私はきっと耐えられない。
いっそマリーナが諦めるまでどこか遠くまで一人で逃げてしまおうか。
そうすればお父さんや村の皆を巻き込まずに済む。 

水面を見ながらぐるぐるとそんな事を考えているとかさりと草木を踏む音がした。
誰だろうと音がした方に視線を向けると同時に声がする。

「スザンナ、久しぶり」

視界に入ってきたのは見覚えのあるマントと惜し気もなく晒された銀色の髪。
四年も立つのに変わらない美しい顔立ちのままのジークさんだった。

「ジークさん!本物ですか!?」

思わず駆け寄ってそう告げるとジークさんは口許を抑えて笑う。

「影武者を持った覚えはないな。元気にしてたか?」

目を細めて頭を撫でてくれるジークさんに心が暖かくなる。
先程のもやもやが嘘のように晴れていく。

「はい!元気です!村の皆も元気ですよ。父も会いたがってました、よかったらこれからうちに」

来ませんか、と言いかけた時こちらに走ってくる足音が聞こえた。

「お姉様っ!」

響いた声に思わず眉を寄せると、ジークさんが首を傾げる。
咄嗟にここから離れようとしたが走ってきた人物に回り込まれてしまった。

息を切らしながら私の行く手を塞いだのはマリーナだ。
仮にも公爵令嬢が一人でここまで走ってくるなんて、リエナは何をしてるのだろう。

「お姉様っ!まだお話は終わってませんわっ……あら?そちらの方は?」

呼吸を整えていたマリーナの視線は私から傍にいたジークさんに向けられる。

嫌な予感がした。

「あの……あなたのお名前は?私はマリーナと言います。スザンナお姉様の妹です」

マリーナは胸の前で手を組むとジークさんを上目遣いで見つめる。
その頬はほんのり染まっていて彼に見とれているのが嫌でも分かった。

「……妹?」

首をかしげたジークさんが確認するように視線をこちらに向ける。
軽く首を横にふって否定するとジークさんはマリーナに向き直った。

「彼女は否定してるようだが?」
「照れてるだけですよ、お姉様が公爵家を出てから私達は長い間離ればなれでしたから。でも私達やっと一緒に暮らせるんです!お姉様がお戻りになられたら是非公爵家に遊びに来てください!」

にこやかに話すマリーナを見ていると、先程消えたばかりのもやもやした気持ちがまた胸から溢れてきた。

マリーナが私の言葉や気持ちを無視している事だけでなく、私を利用してジークさんに取り入ろうとしているのが気にくわない。

胸の辺りに見えない重石が乗っているような不快感を感じているとマリーナを追ってリエナがやって来た。

「マリーナお嬢様!お一人で出歩かないでください!何かあれば旦那様が悲しまれます」
「ごめんなさい、リエナ。お姉様が意地を張って帰らないなんて言うから説得しようと思って。こんな村よりお家に戻った方がお姉様は幸せになれるのに」

マリーナの言葉を聞いた瞬間私の中にある何かがプツリと切れた。


あなたは私の何を知ってるの?
私の人生は私のもの、もう貴族でもなんでもない。
私はただの村娘スザンナ。
大好きな家族がいて友達がいて頼れる人がいて私は今充分幸せだ。
なぜそれをこの子に否定されなければいけないの?


「私の幸せを勝手に決めないで!」

我慢するつもりだった言葉が溢れ出る。

「私の居場所はここにある、私は充分幸せよ!なにも知らないくせに私の村を馬鹿にしないで!」

マリーナにとっては『こんな村』なのかもしれない。

基本的には自給自足だし、農作業で泥だらけになる事も多いし綺麗なドレスや宝石で着飾る事なんて出来ない。

それでも自然に恵まれてるし食べ物だって充分にある。
なにより村の人達は皆優しい人ばかりだ。
時に厳しく怒られることもあるけれど、それは大事に思ってくれるからこその厳しさであると私は知っている。


マリーナだって元は平民でしょう?
人に支えられて生きる暮らしを経験しているはずなのにどうしてそんな事が言えるの?


私の声にマリーナは驚いたように目を見開いたかと瞳に涙を溜め肩を震わせはじめた。

「酷い……酷いわお姉様……私はお姉様の事が心配なだけなのに……」

どうやら彼女には私の言葉が通じないらしい。
これ以上相手をしてもこちらが疲れるだけだ。

その時、くいっと軽く手を引かれた。
視線を向けて見るとジークさんだ。

「スザンナ、少し話がある」

短くそう告げたジークさんにつられ歩き出すと当然のようにマリーナがジークさんを引き留めた。

「待ってください、私もっ」
「君には関係のない話だ」
「私はお姉様の妹です!お姉様へのお話なら私が聞いても」
「はっきり言わないとわからないのか?邪魔だ、ついてくるな」
「そんな……そんな言い方っ……」

傷付きましたとでも言うように眉を下げてポロポロと泣き出したマリーナを無視してジークさんは歩き出す。

彼が人に対して冷たく当たる姿を初めて見た。
リエナがマリーナを気遣うようにハンカチを差し出しているのを横目に私はジークさんに手を引かれその場を離れた。
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