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第二部 婚約者編 女伯爵の華麗なる行動

予期せぬ訪問者

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執事が差し出した名前が記載されたカードを見て、ジョルジュが渋い顔をする。

「・・・無碍にする訳にもいかないな。仕方がない。謁見室に通しなさい」

「マクナム領の騎士ですか?」

「ああ、メディシスだ。君も覚えているだろう? マクナム領の騎士団長だ」

その頃、グレゴリオ・デ・メディシスはガルバーニ公爵邸の謁見室へと通されていた。冷たく冷え切った公爵邸の謁見室は、決して華美とは言えない。むしろ、機能重視で、殺風景に近い部屋だった。石積みの壁に、どっしりしたマホガニーのような家具。しかし、壁に掛かっているタペストリーは見事な出来映えで、絨毯も色合いは地味だが、最高級の品だ。

謁見室は、控えめに装いつつも、公爵家の底力を見事に示す品々ばかりだ。

ぐるりとあたりを見渡して、メディシスはため息をついた。どれもこれも、素晴らしい調度品だ。自分の主であったリチャード様の一人娘が嫁ぐ先として、公爵家は申し分ない家柄だ。

しかし。

長い歴史の中で、この謁見室でどれほどの策謀や陰謀が練られたのだろうか。もしかしたら、この場で暗殺されたものだって一人や二人はいるだろう、と、メディシスは思う。

── ガルバーニ一族は、そういう家系だ。

マクナム領の配下が気づいた頃には、ジュリア様の後見人の座にガルバーニ公爵がしっかりと収まってしまっているだけではなく、ちゃっかり、ジュリア様と婚約までしているではないか。

マクナム家の財産を管理していた女王様が、無条件で全てをマクナム家に返還したことも、驚きだった。

それにしても、まさか、リチャード様がひっそりと子をなしていたとは、騎士団の面々は誰一人として気づかなかった。今は亡き主は、王女と無理やり婚約させられていたから、その存在を誰にも知られたくなかったのだろう。

それでもだ。

ジュリア様は今は亡きリチャード様がたった一人残されたお世継ぎ。女王がマクナム家の全ての財産をジュリア様が相続されたからには、主であるジュリア様には、マクナム領へお戻りいただかねばならない。例え、婚約者殿がおられたからといって領主としての責任を放棄させる訳にもいかないだろう。

今日は、そのために来たのだ。共に連れてきた数名の騎士も、静かに自分の傍に控えていた。

メディシスは厳格な表情で、手の平を固く握りしめ、己の決心のほどを再確認した。

その時、ちょうど良いタイミングで扉が開いた。ジュリア様がガルバーニ公爵に抱きかかえられて姿を現した。

「お待たせしましたね」

公爵の腕の中でジュリアがにっこり微笑んでいうと、騎士達は全員、床に片膝をついて礼をとる。

「骨折がまだ癒えてなくて、無礼をお許しください」

よく通る済んだ声で、ジュリアが騎士達に話しかけると、滅相もないと言う言葉が返ってきた。

「どうぞ、頭をあげて、椅子に座ってください」

公爵がジュリアを椅子にそっとおろして、礼儀正しく頭を垂れている騎士達に声をかけた。

(なんて親密な様子なのか・・・)

マクナム領の騎士達は、言われた通りに立ち上がり、椅子に腰掛けながらも内心で冷や汗をかく。

あれでは、まるで夫婦ではないかと、二人の関係性を再確認させられた騎士達は顔には表さなかったものの、かなりの動揺を感じていた。

そんな男たちに、公爵は堂々とした様子で声をかける。国を代表するほどの大きな公爵家の当主だ。その態度は実に立派で威厳に満ちていた。それでも、噂されているように陰鬱な男でも、嫌味な男でもない。むしろ、その態度はどこか晴やかで知的だ。

これが、あの闇公爵と呼ばれる男なのか。メディシスは、用心しつつも口を開いた。

「ジュリア様、お加減のほうはいかがでしょうか?」

無骨な騎士らしく、言葉少なであったが、ジュリアを気遣う気持ちがはっきりと現れていた。

「ええ、順調に回復しています。まだ立って歩くことは難しそうですが」

口で言うより、ずっと怪我が酷かったのだろう。まだ血の気が失せた顔を、メディシスは痛々しく思う。もっと早く、ジュリア様をマクナム領で保護していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。それでも、あの難攻不落と呼ばれたザビラを攻略し、彼女を取り戻したガルバーニ公爵の手腕に、メディシスを始め、マクナム領いや、この国の騎士達は、舌を巻いた。

ガルバーニ家でなければ出来なかったことだ。

メディシスは、自分がここへ赴いた理由を思い出す。

「まだお加減がよろしくないようで、大変、申し訳ありませんが、マクナム領では、みなジュリア様のお帰りを心待ちにしております。それに、領地内で当主様が不在ですと、近隣の領主がよからぬことをマクナム領へとしかけてくる動きもありまして」

「それは、どのような?」

ジュリアの隣に座っていた公爵が、ちらりとメディシスを見た。上品で優雅な所作であるが、紛れもなく、この男は目から鼻へ抜けるほど利発だと、メディシスは思う。

「隣の領主が、越境線を越えてマクナム領の領地を我が物にせんと画策しているとの情報が入ったのです。当然、騎士団としては返り討ちにするつもりでおりますが、いかんせん領主様が不在ですと、他の領主も同じようなことを考えるようでして・・・」

「以前は、女王陛下が管理されていたので、迂闊にマクナム領に手が出せなかったけれども、私が領主になれば、つけいる隙が出来ると、周辺の領主はそう思っているのですね」

「はい。さようにございます。収益性の高い農地を手が出るほど欲しいのでしょう」

「なるほど。マクナム領にはよい農地がありますからね」

ジュリアは思慮深い目をしながら、メディシスの話を聞く。そんなジュリアにメディシスはとても言いにくそうに口を開く。

「それに、ジュリア様のような女性が領主であると言うことも、よりつけ込みやすいのだと、周辺には思われているようで・・・」

つまりは、女領主だから、周囲から舐められているということだ。ジュリアは、女だから舐められるということを酷く不愉快に思う。

それにまだ、ジョルジュとの婚約は広くは習知されていない。マクナム領のように、ここから遠く離れた所ではなおさらだろう。ジュリアを敵に回すと言うこは、ガルバーニ家を敵に回すのと同じ事だと、まだわかっていないのだ。

メディシスは、ガルバーニ家の威光を借りるのが嫌だったので、それを口にすることはなかったのだが。

「そうだとしても、まだジュリアは旅に出られるほど回復していないくてね」

ジョルジュがとても渋い顔をする。

「私としましても、まだ療養中のジュリア様に無理をさせるようなことは避けたい所なのですが・・・」

困り顔のメディシスにジュリアは言う。

「私の領地を侵害してくるなど、到底、容認できるものではないわ」

血の気が失せてはいたが、気力は衰えてはいないらしく、ジュリアはきっぱりと言い放つ。

「回復しだい、出来る限り早くそちらに向うわ」

まだ父の領地に足を運んだこともないというのに、さっそく近隣の貴族たちが自分の領地にちょっかいを出そうとしている。父の土地を他のものに踏み荒らされてたまるものか。

ジュリアの目は確固たる光を湛えている。その態度に、メディシスを始めとしるマクナム領の騎士達は安堵のため息をもらした。

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