恋愛短編集(宵の月)

宵の月

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犯人は誰だ!? 後編

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 調査開始5日目。
 容疑者探しは行き詰まっていた。
 魔術上位者でメモをとった人物は数名を残して空振りしていた。

 日中は容疑者探し。夜は再びの侵入がないように、壁に背中をつけて窓とドアを警戒して過ごすため、寝不足だった。
 アーリンは現状にイライラが募り、気分転換のために鍛錬場に足を向けた。

 容疑者候補の一人。クリストン・デンバーも結果から言うと外れだった。
 アーリンは気になる魔術上位者を確認しながら、実はクリストンが犯人なのではないかと考えていた。
 女を取っ替え引っ替えの素行の悪さに加えて、アーリンに関する身に覚えのない噂があった点も怪しいと感じる根拠の一つだったのだ。
 実際に顔を合わせたクリストンは背が高く猫っ毛ではあった。ただまとう香りは鼻を覆いたくなるような甘ったるい香水だった。
 顔を合わせたアーリンにやたらと絡み、その場を離れようとした手を掴んでまで引き止めてきた。
 確かに噂のように素行は悪そうだが、掴んできた手はキレイなものだった。
 剣術科に所属していて、剣だこもないキレイな手。よくサボるというのではなくしょっちゅうサボるが正しいのだろう。

 あんなにキレイな手は絶対ない!剣だこでゴツゴツしてて、節くれだってた!
 だからちょうど当たって………

 下腹部がキュンと甘く疼いて、アーリンは地団太を踏む。
 足からの衝撃で、甘い疼きを蹴散らす。

 無理矢理された行為に感じてなどいないのだ!!
 あの夜を思い出すと、身体が疼くなんてことはあり得なくて、下着が汚れるなんてことも断じてない!!

 ダンダンと踏みつけて、気持ちを立て直すと、あの日から何度もアーリンに反逆する身体に、寝不足も相まって苛立ちを募らせていた。
 こんな時は剣を振り回すに限る!
 もう目の前までたどり着いていた鍛錬場で、適当な摸造剣を引っ張り出す。
 
 あの強姦魔!見つけたらただじゃおかないんだから!!

 苛つきを発散させるためだけに、デコイに力任せに剣を叩きつける。

 こうして!こうやって!こう!絶対に叩きのめしてやるんだから!!

 ガキンガキンと叩きつけられる剣が、バキッと不吉な音をたてて根本から折れる。
 力任せに振り抜いた反動でバランスを崩し、デコイに頭から突っ込む。
 
 「危ないっ!!」

 デコイに額を強かぶつけ、目の前が点滅する背後で、キンと澄んだ金属音が聞こえた。
 ザクッと地面に突き刺さる音がして、折れた剣先が刺さっていたかもしれない事態に気付き青ざめる。

 「……ありがとうございます……」
 「やたら振り回してたから気になってた。今回は大丈夫だったけど、あんなふうに振り回すのはやめたほうがいい。」
 「……すいません。」

 返す言葉もなく素直に頭を下げる。あれが刺さっていたら大変なことになっていた。

 「怪我してる。ごめん、弾き飛ばすので精一杯で。」
 「いえ、自業自得なので。」
 「これくらいなら……治癒魔法かけるよ。」
 「すいません、ありがとうございます。」

 手のひらが額にそっと当てられる。
 剣だこのできたゴツゴツした大きな手。
 触れる瞬間、空気がふわっと揺れ、爽やかな柑橘系の香りが立ち上る。

 この匂い、この手の感触………

 じわりと温かな魔力が伝わってくる。この魔力……。

 「どうかな?もう大丈夫だと思「お前かーーーーーー!!」

 離れていこうとした手をがっしり掴み、男の顔を見据えて叫んだ。
 長身に筋肉を纏った身体に、端正な顔立ちの甘い美形。その髪は明るい茶色で、ふわふわとした猫っ毛だった。おそらく歯並びもいいはず。
 エメラルドのような瞳と視線が絡むが、その視線はふいっと逸らされた。

 間違いない。こいつが犯人だ!

 「何が振り回すと危ないよ!誰のせいだと」

 大きな手のひらで口を塞がれ、ワタワタと周りを見回した男は、慌てたようにアーリンの腰に片腕を回し、暴れるアーリンの口を塞いだまま駆け出した。


※※※※※※


 腕を組んで仁王立ちするアーリンの目は不穏に細められている。その目の前で、大きな身体を縮こまらせて、ライル・カイセルが見事な土下座を披露していた。

 「で?何か言うことは?」
 「………すいませんでした。」
 「将来の有望株の学年首席が、女子寮に夜な夜な忍び込む強姦魔とはね!」
 「ち、違う!誤解だ!あんなことしたのは初めてで!誓って常習ではないんだ。」
 「どうだか!あれだけ用意周到な初犯なんて信じられると思う?」
 「ううっ…本当だ。忍び込んだのも、その、女性と関係を持つのもあの日が初めてだった…」
 「………っ!」

 あの夜を匂わせる発言に、顔が赤くなる。
 だが項垂れているライルには気付かれずにすみ、アーリンはホッと胸を撫でおろす。強姦魔の目の前で弱みを見せるわけにはいかないのだ。

 「……魔術結界は窓の制約が甘いんだ。だから窓から出て、君の部屋の木から壁を伝って窓から侵入した。」
 「なんでそんなことを?」
 「君がクリストン・デンバーと付き合い始めたって聞いて真偽を確かめたくて…」
 「縄を持って?」
 「ううっ……クリストン・デンバーに、奪われるくらいなら、俺が先に奪ってやろうと…」
 「クリフトン・デンバーなんて、そもそも顔も知らなかったんだけど。」
 「クリストン、だ。アーリン、本当かい?あいつと付き合ったりしない?」
 「馴れ馴れしく名前で呼ばないで!強姦魔!」
 「ううっ……本当にすいませんでした。」

 ガバリと再び土下座を繰り出したライルは覚悟を決めたように顔を上げて叫んだ。

 「責任は取ります!俺と結婚してください!」
 「はぁ?なんでそうなるのよ。」
 「アーリン・マイゼン。ずっとあなたが、好きでした!」
 「え!ちょっ…何言って…」
 「何度も告白しようと思ったけど、顔を見るだけで緊張して……卒業前にはって決めてたときにクリストンと、付き合うって話を聞いて、いてもたってもいられなくなったんだ。
 本当に悪いことをしたと思う。でもあんな奴にどうしても君を取られたくなくて。」
 「だからって…」

 予想外の方向に転がりだした話にアーリンが慌てふためく。だがライルは開き直ったのか、まっすぐ真摯な眼差しでアーリンを見据えて視線を逸らさない。

 「わかってる。だからって許されることじゃない。でも気持ちは知っておいてほしくて。あの夜のことが忘れられないんだ。」

 ドクンとアーリンの心臓が飛び跳ねた。鮮明に蘇った記憶に、切ない疼きが蘇ってくる。

 「我に返ってしでかしたことに気付いて。卑怯なことに痕跡も全部消して夢だと、そう思ってくれないかと思ったりもした。
 でも君につけた印をどうしても消したくなくて、君が起きたら、その…、下半身も辛いとは思ったけど、君と僕があの夜、繋がったことを本当は覚えててほしくて、治癒魔法をかけなかったんだ。」

 感覚までも鮮明に思い出し、アーリンは真っ赤になった。

 「身辺整理を終えたら、謝りに行くつもりだった。でもどうしても君を、諦めきれなくて。許せないだろうことはわかってる。それでも一度だけでも考えてくれないか?君が好きなんだ。責任を取りたいんだ。俺と結婚してください!」

 再び見事な土下座を決めたライルに、アーリンは身体と心に突如発生した異常事態にハクハクと口を開閉するだけで言葉が出ない。

 「………その、実はあの夜、避妊をしなかったんだ。君が俺の子を妊娠してしまえばいいと思って…。でも部屋を出るときに迷ったけど、浄化魔法はかけたんだ。それでも、その、万が一があるかもしれないだろ?だから………アーリン?」

 黙ったままのアーリンにライルが顔を上げた。視線の先のアーリンは、誤魔化しようもなく茹で上がっている。
 ライルは目を見開いて瞬き、それからゆるゆると顔を綻ばせた。

 「アーリン。その顔は、その、俺を許してくれるってことでいい?俺と結婚してくれるって……「ちっ!違います!!」
 「でも…」
 「違くて!これはあなたがあの夜のことを思い出させるから…!!」
 「………アーリンも、あの夜を忘れられないでいてくれたの?」
 「………っ!!」
 「あんなことしてしまって本当にごめん。でも確かにあの夜のアーリンはすごくて、その、潮まで「違います!そんなんじゃなくて…とにかく結婚なんてできませんから!友達も恋人もなく、いきなり結婚だなんて!」
 「………まずは恋人から始めようってこと?」
 「!!!!!」
 「ああ、アーリン!好きだよ。ずっと好きだったんだ。君と恋人になれるなんて信じられない!!」

 もう何がなんだかわからずに、ただ羞恥に茹だる顔が熱くて、心臓がドクドクと落ち着かなくて。
 いたたまれなくなったアーリンは、寮に向かって全速力で逃げ出した。

 「ちょっと、どこ行くのアーリン!」
 「ついてこないでください!!」

 その後、二人は揃って無事に卒業を迎え、魔術騎士として活躍したそうだ。
 二人がその後、どんな関係を築いていったのかはこれとはまた別のお話。


 とにもかくにもアーリンの犯人探しは、無事に終わりを迎えた。
 その結末は、アーリンが思っていたのとは、ずいぶん違った結末を迎えたのだった。

 
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