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【20】報酬の有無
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「……!?」
そのとき、何が起きたのか。
すぐ傍で見ていたはずの受付嬢は、目で追うこともできなかった。
「がっ、がはっ」
瞬きほどの僅かな間に、エナに食ってかかっていたはずの男はギルドの入口まで吹き飛ばされていた。
「あら、口ほどにもない。これならまだ森の中で遭った盗賊の方が歯応えあったかも」
「と、盗賊……? というか、今のって……ま、魔法では……!?」
ギルド内がざわつく。
ここには多くの冒険者がいるが、魔法を使える者はエナを除いて一人もいない。それもそのはず、貴族が冒険者になることは滅多にないのだから当然だ。
そしてその事実は、エナに吹き飛ばされた男とその仲間たちに恐怖を植え付ける。
「あ、あっ、マジかよ!? なんで貴族がここに……!」
「冗談じゃねえ! 成り立ての新人とか関係ねえぞ!」
「しかもあの威力! 明らかにやべえって……!!」
自分たちが“何者”にちょっかいを出したのか、ようやく理解することができたのだろう。男たちは体を震わせながらも、その場に手と膝をついて頭を下げる。
「す……すんませんでした! 貴族とは知らずに、無礼を働いてしまって……!」
「このやり取り、昨日もしたんだけど……」
若干呆れ気味のエナだが、肩を竦めて入口の方へと視線を移す。
先ほどの男は気絶しているらしく、ピクリとも動かない。手に持っていた得物は、エナの足元に転がっている。
「ねえ」
「へ? あっ、はいっ?」
土下座する男たちを無視して、エナは受付嬢に声をかける。
「これって、わたし悪くないわよね?」
「……あ、……はい。そう……ですね! 絡まれた側ですので!」
「そう、それならよかった」
受付嬢の言葉に、エナは優しく微笑んだ。その表情がまた実に美しく、受付嬢と他の冒険者たちを一瞬ではあるが虜にしてしまう。
「あ、あの……間違っていたら申し訳ないのですが、エナ様はもしや、貴族の方でしょうか?」
恐る恐るといった感じに、受付嬢が疑問を投げかける。
周囲で様子を窺う者たちも興味津々だ。
「ひみつ」
しかしながら、エナは口元で人差し指を立てる。
その仕草とエナの表情を見て、受付嬢たちはまたしても意識を奪われる。
魔法を扱うことのできる貴族という存在は、王国大陸では力と地位を持つ者の象徴であり、同時にそれは恐怖の対象でもある。
確かにエナは恐るべき魔法を扱い、絡んできた男を一瞬で吹き飛ばしてしまった。
だが、それだけではない。
エナには人々を虜にするだけの魅力が備わっているようだった。
「ところで、依頼は受けてもいいのかしら?」
「――は、そうでした! 護衛依頼の説明の途中でしたね!」
深呼吸を一つ、気を取り直す。
受付嬢は依頼書に書かれてある事柄を見落とさないように確認し、抜けがないように説明していく。
「エナ様は鉄級なので本来はお受けすることができないのですが、魔法を使えるとなれば、話は別です。依頼主の方も即戦力として頼られることでしょう」
エナが受注したのは、帝国大陸へと向かう行商隊の護衛依頼だ。
国境を越える必要があるため、ただの護衛依頼よりも難易度が高い。この依頼を受注するには、銀級以上の冒険者でなければならないと書かれてあった。
しかし、受付嬢は大丈夫だと言う。エナの実力を目の当たりにしたのだから、太鼓判を押すのも至極当然のことと言えるだろう。ただ、
「この依頼に関しては、報酬をギルドでお支払いすることはできかねます。依頼主の方と共に帝国に渡った時点で、王国のギルドの管轄外になりますので、報酬は直接受け取るようにしてください」
ギルドは、依頼主からあらかじめ依頼料を受け取っているが、冒険者はその限りではない。依頼を達成して初めて報酬を手にすることができる。
だが、護衛依頼の報酬を受け取るためには、王国のギルドに依頼達成の報告をしなければならない。これはあくまで王国側のギルドの依頼であり、帝国側のギルドとは何の関係もないからだ。
それはつまり、報酬が欲しければ再び国境を跨いで王国に戻ってくる必要があるということである。
もちろん、それだけではない。
国境を越えるというのは、危険が伴う行為だ。たとえ報酬が高かったとしても、一度帝国に入ってしまえば、王国に戻って来られる保証はない。
そして何より、帝国に渡ったあと、依頼主が本当に報酬を支払うか否かも定かではない。王国のギルドにはそれを確かめるすべはなかった。
故に、これは冒険者にとっては不人気の依頼なのだが、エナは大したことではないと言わんばかりの口調で告げる。
「そのことなら、別に構わないわ」
国外追放処分となったエナの目的は、報酬を得ることではない。
少なからず手持ちを増やす必要もあるが、それよりも真っ先に優先されること、それは王国大陸を抜け出し、帝国大陸へと向かうことだった。
だからエナは、受付嬢に更に一言付け加える。
「わたし、報酬は要らないから」
そのとき、何が起きたのか。
すぐ傍で見ていたはずの受付嬢は、目で追うこともできなかった。
「がっ、がはっ」
瞬きほどの僅かな間に、エナに食ってかかっていたはずの男はギルドの入口まで吹き飛ばされていた。
「あら、口ほどにもない。これならまだ森の中で遭った盗賊の方が歯応えあったかも」
「と、盗賊……? というか、今のって……ま、魔法では……!?」
ギルド内がざわつく。
ここには多くの冒険者がいるが、魔法を使える者はエナを除いて一人もいない。それもそのはず、貴族が冒険者になることは滅多にないのだから当然だ。
そしてその事実は、エナに吹き飛ばされた男とその仲間たちに恐怖を植え付ける。
「あ、あっ、マジかよ!? なんで貴族がここに……!」
「冗談じゃねえ! 成り立ての新人とか関係ねえぞ!」
「しかもあの威力! 明らかにやべえって……!!」
自分たちが“何者”にちょっかいを出したのか、ようやく理解することができたのだろう。男たちは体を震わせながらも、その場に手と膝をついて頭を下げる。
「す……すんませんでした! 貴族とは知らずに、無礼を働いてしまって……!」
「このやり取り、昨日もしたんだけど……」
若干呆れ気味のエナだが、肩を竦めて入口の方へと視線を移す。
先ほどの男は気絶しているらしく、ピクリとも動かない。手に持っていた得物は、エナの足元に転がっている。
「ねえ」
「へ? あっ、はいっ?」
土下座する男たちを無視して、エナは受付嬢に声をかける。
「これって、わたし悪くないわよね?」
「……あ、……はい。そう……ですね! 絡まれた側ですので!」
「そう、それならよかった」
受付嬢の言葉に、エナは優しく微笑んだ。その表情がまた実に美しく、受付嬢と他の冒険者たちを一瞬ではあるが虜にしてしまう。
「あ、あの……間違っていたら申し訳ないのですが、エナ様はもしや、貴族の方でしょうか?」
恐る恐るといった感じに、受付嬢が疑問を投げかける。
周囲で様子を窺う者たちも興味津々だ。
「ひみつ」
しかしながら、エナは口元で人差し指を立てる。
その仕草とエナの表情を見て、受付嬢たちはまたしても意識を奪われる。
魔法を扱うことのできる貴族という存在は、王国大陸では力と地位を持つ者の象徴であり、同時にそれは恐怖の対象でもある。
確かにエナは恐るべき魔法を扱い、絡んできた男を一瞬で吹き飛ばしてしまった。
だが、それだけではない。
エナには人々を虜にするだけの魅力が備わっているようだった。
「ところで、依頼は受けてもいいのかしら?」
「――は、そうでした! 護衛依頼の説明の途中でしたね!」
深呼吸を一つ、気を取り直す。
受付嬢は依頼書に書かれてある事柄を見落とさないように確認し、抜けがないように説明していく。
「エナ様は鉄級なので本来はお受けすることができないのですが、魔法を使えるとなれば、話は別です。依頼主の方も即戦力として頼られることでしょう」
エナが受注したのは、帝国大陸へと向かう行商隊の護衛依頼だ。
国境を越える必要があるため、ただの護衛依頼よりも難易度が高い。この依頼を受注するには、銀級以上の冒険者でなければならないと書かれてあった。
しかし、受付嬢は大丈夫だと言う。エナの実力を目の当たりにしたのだから、太鼓判を押すのも至極当然のことと言えるだろう。ただ、
「この依頼に関しては、報酬をギルドでお支払いすることはできかねます。依頼主の方と共に帝国に渡った時点で、王国のギルドの管轄外になりますので、報酬は直接受け取るようにしてください」
ギルドは、依頼主からあらかじめ依頼料を受け取っているが、冒険者はその限りではない。依頼を達成して初めて報酬を手にすることができる。
だが、護衛依頼の報酬を受け取るためには、王国のギルドに依頼達成の報告をしなければならない。これはあくまで王国側のギルドの依頼であり、帝国側のギルドとは何の関係もないからだ。
それはつまり、報酬が欲しければ再び国境を跨いで王国に戻ってくる必要があるということである。
もちろん、それだけではない。
国境を越えるというのは、危険が伴う行為だ。たとえ報酬が高かったとしても、一度帝国に入ってしまえば、王国に戻って来られる保証はない。
そして何より、帝国に渡ったあと、依頼主が本当に報酬を支払うか否かも定かではない。王国のギルドにはそれを確かめるすべはなかった。
故に、これは冒険者にとっては不人気の依頼なのだが、エナは大したことではないと言わんばかりの口調で告げる。
「そのことなら、別に構わないわ」
国外追放処分となったエナの目的は、報酬を得ることではない。
少なからず手持ちを増やす必要もあるが、それよりも真っ先に優先されること、それは王国大陸を抜け出し、帝国大陸へと向かうことだった。
だからエナは、受付嬢に更に一言付け加える。
「わたし、報酬は要らないから」
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