熱烈に溺愛してくる主任の手綱が握れません!(R15版)

矢崎未紗

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第03話 なんで? 主任に好かれる理由がわかりません(上)

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「まほろ、お待たせ!」
「芽衣ちゃん!」

 ある日の金曜日の夜。
 定時で退社したまほろは電車を乗り継いで会社から少し離れたターミナル駅に行き、高校からの友人である外村芽衣と待ち合わせた。彼女と会うのは三月に行った大学卒業旅行以来で、互いに社会人になってからは初である。
 嬉しそうに駆けてきた茶髪のミディアムヘアの芽衣と手を取り合って再会を喜んでから、二人は定番のパスタ屋に並んだ。花の金曜日ということで自分たちの前にすでに五組が並んでいたが、待ち時間ですらおしゃべりをして過ごすので、待つのは全然苦ではなかった。

「仕事、どう?」
「うーん……先輩たちが丁寧に教えてくれるし怖い人もいないからなんとか……って感じかなあ。芽衣ちゃんは?」
「あたしはねー、まだまだ雑用っぽいことばかりだから、有能だって認めてもらって早く開発部に行きたくて頑張ってるよー!」

 まほろが企業向け事務用品通販などを手掛ける会社に勤めているのに対して、芽衣は老舗の文房具メーカー勤務だ。取扱数は多くないが、まほろの会社が扱う商品の一部は芽衣が勤めているメーカーの商品である。
 昔から文房具が大好きだった芽衣はいつか自分で文房具を開発したいとの思いで就職活動に取り組み、見事第一志望の会社に入社した。しかし新卒一年目でいきなり花形の商品開発を任せられることはない。そのため、今はできることをなんでもやり、開発に無関係と思われることでもとにかく吸収していると、芽衣は充実した顔で語った。
 そんな風に互いの近況を話しながら待っていれば、順番はあっという間にやって来る。席に案内されて注文したパスタをゆっくりと食べながら、芽衣は本題をうながした。

「それで、そろそろメインディッシュに行きましょうよ~」
「うっ……」
「うっ、って何よ。聞いてほしいんでしょ」
「そうなんだけど……」

 まほろは言葉に詰まった。
 同じ高校、同じ大学を出た一番の友人である芽衣に連絡をしたのは、会社の人には話しにくいことを聞いてほしかったからだ。

「あのね……その……会社の先輩と付き合うことになって……」

 約一カ月前の真夏の夜のこと。同じフロアにはいるがまったく異なる部署の年上の主任である伊達聡介から熱烈に告白されて、その押しの強さに根負けして付き合うことになったと、まほろがとりあえず出来事のあらましを伝えると、芽衣はにやけた顔になった。

「えぇ~、何それ、超愛されてるじゃん! いいなあ」
「いい……かなあ? 確かに同じフロアで働いてるけど、接点なんかほぼないんだよ? それなのにそんな……すごく好きになるなんて……あり得るのかなあ」

 付き合い始めてからのこの一カ月、まほろと聡介の関係はそれなりに恋人らしくはあった。仕事が終わったあとの聡介は必ずまほろに連絡アプリで連絡をくれるし、週末はデートに誘ってくれた。髪型やメイクを会うたびに褒めてくれるし、まほろに車道側を歩かせないし、ドアはさっと開けて先に通してくれるし、大きい荷物は持ってくれるし、休憩やトイレが必要ではないか細かく確認してくれるし、怖いぐらいに気遣われて甘やかされて大事にされているように思う。まほろの方は、まだ聡介のことを心から好きだと思えず、そうした言葉は何ひとつ伝えていないというのに。

「その主任さんにとってはあり得たからこその告白だったわけでしょ?」
「そう……かもしれないけど……」
「まほろはゆっくりじっくり、時間をかけて人を好きになるタイプだもんね。その主任さんのスピード感とは相容れないのかなあ。でも、一瞬でめちゃくちゃ相手のことを好きになる、って恋心も広い世の中にはあると思うし、元カレより全然いい相手だと思うよ! そのままずっと、めちゃくちゃに愛されればいいじゃない」
「うーん……」
「何よ~。まほろさん的には何が不満なわけー?」
「不満……というか」

 まほろは言葉を濁す。本当に言いたいことを口に出すまでにとてつもない勇気と時間を必要とするまほろのことをよく理解している芽衣は、それ以上急かさずにパスタを食べながら待った。すると、そんな風に芽衣が待っていてくれることに安心できて、まほろはようやく核心を切り出した。

「デートはするんだけど、その……えっちは……ないの」
「そうなの?」
「うん……」
「それが不満なの?」
「不満……ってわけじゃない、けど……本当に私のこと……好きなのかな、って」

 この一カ月、主に毎週土曜日に様々な口実で聡介からデートに誘われ、二人で出かけてきた。しかし、毎回夕飯を食べ終えたところで解散。ラブホテルに入ることも、一人暮らしをしているどちらかの部屋に向かうこともなく、とても健全に終わっていた。

「あー……あのさ、まほろ」

 まほろの過去の異性関係のほぼすべてを知っている芽衣は、何かに納得してため息をついた。

「まほろはいい子だよ。でも、大学時代に付き合ったあのカレシは最悪。本当に最悪。なんであんなのと一年も付き合っていたのか、いまだに謎。別れた方がいいって言ってるのに別れなかったし」
「そ、それっ……伊達主任と関係ある?」
「あるよ、大あり」

 芽衣はまほろのためを思って、少し厳しい口調で言った。

「若い男の多くは、あの元カレみたいにすぐセックスをしたがると思う。チンコに脳みそついてんの? って思うほどにね。でもヤりたいだけなら、セフレ相手でも風俗に行くって手段でもいいじゃん。相手にすぐ身体の関係を求めるのは、普通は不誠実な行為なんだよ。本当に大事に付き合っていきたい相手ならなおさら、セックスを最優先に求めるはずがない。少なくとも、いくらカレシ・カノジョだとしても、相手の合意は得ようとするものじゃない? 良識的に考えて。あの元カレはまほろのことなんてそんなに大事に、心から好きになんて思ってなかったんだよ。だから付き合い始めて三日でセックスを求めるし、処女のまほろのことを何も思いやらなくて、まほろが痛いって泣いてもフォローもせず、自分がチンコを入れることしかしなかったわけでしょ。で、まほろがセックスを嫌がればすぐに浮気してさ。それなのにまほろってば、一言二言甘い言葉を言われたらすーぐ許しちゃって……」
「そ……そこまで掘り返さなくてもいいじゃない~」

 まほろは涙目で抗議した。
 溝口大翔ひろと――それが元カレの名前だが、確かに大翔との関係は健全ではなかった。今の自分ならはっきりそう思える。けれどもあの時はどうかしていたというか、大翔がいないと埋められない心の寂しさがあり、その寂しさに負けそうでどうしても大翔という存在が必要だったのだ。

「何度でも掘り返すわよ。まほろがまた、ろくでもない男に引っかかったら困るからね。で、誠実さの欠片もない元カレに比べたら、その主任さんはまほろに対してすごく誠実だと思うよ?」
「えっち……しないのに?」
「だってまほろはその主任さんのこと、男性としてまだ好きではないんでしょ? おまけに付き合い始めてから、まだ一カ月ぐらいしか経ってないんでしょ? その主任さんとえっちする心構えがまほろはできてるの? できてないんじゃな? ほら、まほろ視点で考えてもまだえっちできる段階じゃないって。主任さんもそれがわかってるから、まほろのことを待っていてくれてるんだよ。まほろのことが好きじゃないからえっちしないんじゃなくて、まほろのことが好きだからえっちしないんだよ。本当にいい男の人ってのは、そういう選択ができる人だと思うよ」
「いい男の人……」

 片思いなら高校時代に何度かしたが、まほろが付き合ったことのある男性の数は大翔一人で、そしてセックスも大翔としかしたことがない。

――セックスさせてよ。オレ、毎日でも射精しないと我慢できないんだよね~。
――は? したくない? なんでだよ。お前、それでもオレのカノジョなわけ?
――は~、マジ気持ちいい、最高。な、お前も気持ちいいだろ?

 記憶の中に残る大翔の姿は、だいたいそんなものだ。いつも自分本位の身体の快感ばかりを求めていて、まほろを気遣ったことなどない。むしろ、少しでもまほろが彼の希望を蔑ろにすれば、徹底的に責められた。一週間でも二週間でも連絡を無視されて、それがどうしてもつらくて、いつだってまほろは自分から何度でも謝った。そうして戻ってきてくれた大翔に抱きしめられると、ずいぶんと安心したものだ。同時に、心の奥深くがとても痛かったけれど。

(伊達主任は……私を待ってくれているの?)

 自尊心の低いまほろは、とても信じられないと思った。
 特に取り柄などないこんな地味な女を恋人にするのはセックスがしたいから――そうとしか思えない。自分が相手に差し出せる価値あるものは、身体ぐらいしかない。事実、大翔に求められたのは心や気持ちなどではなく、この身体だった。スタイルも胸の大きさも平凡ではあるが、それでも大翔からはセックスを頻繁に求められた。
 それなのに聡介はそれを求めない。まほろは、自分の唯一の価値が聡介に認められていないような気がして不安だった。

「まほろはさ……ほら、お姉さんのことがあるじゃない」
「っ……」

 芽衣が出した「姉」という単語に、まほろの身体は縮こまる。そんなまほろをかわいそうに思いつつも、しかし芽衣ははっきりと言った。

「これも何度でも掘り返すけどさ……まほろ、あなたはいい子だよ。見た目だってかわいい。ぶっちゃけ、性格の悪いあのお姉さんより何倍も優しい女の子だよ。お姉さんやお母さんがまほろのことをなんと言おうと、自分を下げなくていいんだよ。その主任さんがまほろのことをかわいい、かわいい、って言ってくれるのは、たぶん本心だよ。えっちなんかしなくても、まほろが隣にいてくれるだけでその主任さん的には満足なんだよ、きっと。主任さんにとって、まほろはそこにいてくれるだけでとても価値のある存在なの」
「でも……ほとんど話したことなんて……ないのに」
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