熱烈に溺愛してくる主任の手綱が握れません!(R15版)

矢崎未紗

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第05話 聞いて! 主任を好きになっちゃいました(上)

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(どうして……そんなに……)

 聡介はいったいこんな自分のどこがよくて、こんなにも熱烈に愛してくれるのだろう。なぜそんなにも好きでいてくれるのだろう。まほろが聡介に返せるものなど、ほぼ何もないのに。

「線引きって……何のことですか」

 先ほど駅で会った時に聡介が言っていたことをふと思い出し、まほろは何気なく尋ねた。すると聡介は、特にためらうこともなく淡々と答えた。

「付き合っていただいていますが、俺はまだ、まほろからちゃんと好きになってもらっていません。だから、まほろの嫌がるような、君を傷つけるようなことは絶対にしたくなくて、俺自身の行動を縛るために引いた線です」
「それって……たとえば、私の家には行かないこと……とかですか」
「そうです。正確には、お互いの家には行かない、ですね。ほかにも、君の許しなく君にふれない、唇にキスはしない、お泊まりデートはしない、とかですね」
「えっち、も……ですか」

 まほろが頬を赤らめながら尋ねてきたので、聡介は目を丸くした。しかし、すぐに頷いて答える。

「ええ、そうです」
「私のこと……本当は好きじゃないからしないんだと……そう思っていました」
「それは心外ですね。本音を余すことなくもらしていいなら白状しますが、君のことはとても抱きたいですよ? それもたっぷりと時間をかけて、君が俺に夢中になるくらい甘々のどろどろにね?」
(うっ……なんか、それは……ちょっと怖い……)

 聡介の瞳が眼鏡の奥でキラーンと光る。
 そういえば、聡介は社内の一部の後輩たちから「エージェント」というあだ名で呼ばれていると、会計課の愛子から聞いたことがある。ダークスーツしか着ないことや、会社では常にオールバックヘアでいること、眼光が鋭くなる時があることなどが由来だとか。
 まほろは積極的にあだ名で人を呼ぶことはしないので聡介のことをそう呼んだことはないが、「しっくりくるあだ名だなあ」とふと思ってしまった。

「まほろは、過去にどんなセックスをしましたか」

 握ったまほろの手をふにふにと揉み込みながら、聡介は尋ねた。いきなりセンシティブな話題を振られてまほろは狼狽したが、「エージェント」を相手にごまかしの言葉は通用しない気がして、素直に答えた。

「お付き合いしたのは大学生の時に一人だけで……えっちは……しましたけど……その……」
「ちゃんと気持ちよくしてもらえましたか? 一方的にがしがしと雑にふれられて入れられて、相手の男が気持ちよく射精して終わるだけだったんじゃないですか」
「なっ……」
「ああ、やっぱり。まほろ、そんなのは愛情を確かめ合う行為ではありません。男性側が、ただ性欲を発散するためだけに行う行為です。男の自慰行為となんら変わりがない。相手がまほろである必要も理由も、どこにもない。俺は君と、そんな愛のないセックスをしたくない。やはり、線引きをしておいてよかったです」

 聡介はそう言うと、眼鏡のブリッジの位置を指先でくいっと直した。

「俺とするセックスは気持ちよくて仕方がないと、まほろが心から思えるようになったらしましょうね」
「そ、そんなの……どうやって……」
「まあ、それはそのうちに。そもそも、俺はまほろにちゃんと好きになってもらわないといけないですしね」
(好き……)

 理由も根拠もわからない。聡介はなぜ、価値のないこんな平凡な自分をそこまで好いてくれているのだろうか。

「聡介さん、は……どうして、そこまで……」

 芽衣が予想したとおり、聡介はまほろを待っていてくれた。まほろの中に恋心が芽生えるのを、性行為に関してもまほろの心の準備が整うのを。まほろのことが好きではないからセックスを求めないのではなく、好きだからこそセックスするまで待っていたのだ。唯一付き合ったことのある過去の男――大翔とは何もかもが違う。

「君の好きなところは何度も伝えているとは思うのですが……そうですね、突きつめると明確な理由なんてないと思いますよ。ただ、俺の目に映る君はいつだってとてつもなくかわいいんです。君を見たり君のことを考えたりするだけで、〝好きだ〟と思う気持ちがあふれて止まりません。まほろのことがかわいすぎてたまらなくいとしくて……様々な欲求が次々に湧いて出てくるので、自分をコントロールするのに難儀しています」
(あ、自分でも一応困っているんだ……?)

 自分で自分を制御するつもりなどなくて常にアクセル全開で斜め上に突っ走っていると思っていたが、一応聡介なりに自分の暴走をコントロールするつもりはあるようだ。できているかどうかは限りなく怪しいが。

「とにかく俺は、全身全霊で君のことがかわいく思えて、君に惹かれてしまうんです。それでも理由が知りたいというのなら、君のかわいいポイントとそこが好きな理由を全部挙げさせていただきますが……そうですね、あとで何度でも君が確認できるように、レポートとしてまとめてお渡ししますか?」
「い、いえっ! それはいい、です……」

 告白された日のことを思い出して、まほろは首を横に振った。聡介は本気で、爪の形からまつ毛の長さまで、細かすぎるほどのポイントについて書き出して本当に書類にまとめかねない。そういう不思議なパワーを、伊達聡介という男は底なしに持っているのだ。

――〝篠崎まほろ〟っていう女の子の存在ただそのものがさ、その主任さんはたまらなく好きなんだよ。

 芽衣の言ったことはきっと正しい。聡介にとって自分は、ただここに存在しているだけで感無量なのかもしれない。

(じゃあ……私は……?)

「手が小さくてかわいいですね」と呟きながらこちらの手をなでている聡介を、まほろはぼんやりと見つめる。
 この一カ月、一応恋人としてお付き合いをしてきたわけだが、ちょっと風変わりなところがありつつも常にまっすぐに、こちらが受け取りきれないほどの愛情を注いでくれる聡介を、自分はどう思っているのだろうか。

(好き……なのかな……)

 まほろは聡介の瞳に視線をやった。会社で見かける時よりも、だいぶリラックスしてやわらいだ表情。彼にもっと近付けば、きっと何かがわかるような気がする。

「聡介さん」
「はい、なんですか」

 聡介がまほろを見つめ返す。

「唇に……キス……してほしいです」

 まほろがそう言うと、聡介の瞳は大きく揺らいだ。喜びや戸惑いをそこに映しながらも、聡介は無言でまほろに近付く。そしてまほろがそっと目を閉じた瞬間に身を乗り出して、ちゅ、とやさしくまほろの唇に口付けた。

(あ……)

 ほんの一瞬ふれて離れていく聡介の気配。しかし、まほろははっきりと感じた。
 そんな優しすぎるキスだけでは足りない。もっと、もっと聡介の何かがこの手に欲しい。あっという間に頭の中を占領していった心地よさが、もっと欲しい。

「嫌ではないのですか」

 聡介は丁寧に、丁寧にまほろの意思を確認してくれる。スイッチが入ったら斜め上方向にマッハのスピードでぶっ飛んでいくのに、どうしてスイッチが入っていない時はそんなにも慎重なのだろう。いっそ、まほろの方が聡介のその慎重さにもどかしくなってしまう。

「嫌じゃないです……もっと……――」

――してほしい。
 まほろが小声でそうねだると、聡介の瞳が再びキラーンと光った。
 聡介はベッドを背にしているまほろとの距離を詰めると、まほろの後頭部に片手を伸ばす。そして、まほろの自信なさげな瞳を愛おしそうに見つめて呟いた。

「好きですよ、まほろ。心の底から、どうしようもなく愛しています」

 そして聡介はまほろに口付けた。
 まずは唇で、まほろの上下の唇をやさしく食む。まほろに嫌がる気配がないことを確認したら、ゆっくりと彼女の唇を割って舌を潜り込ませる。まほろの歯列をなぞり、所在なさげにうごめいていたまほろの舌にからみ、そしてまほろの口内の粘膜をじっくりと舐め回す。

(気持ち……いい……)

 ただ物理的に、聡介のキスが気持ちいいのではない。この口付けという行為を通じて、聡介がこれでもかと愛情を伝えようとしてくれていることがわかり、その向けられる愛情の温度をまほろはとても心地よく感じた。

「ん、ぅ……っ」

 キスをされながら、後頭部をそっとなでられる。その手の感触も気持ちよくて嬉しい。不思議と安心する。
 大翔と付き合っていた時、こんなにも気持ちのいいキスをされたことはなかった。大翔がまほろにキスをする時というのは、だいたいがジャンクセックスの一環、もしくは傷ついて泣いているまほろをなだめる手段でしかなかった。こんな風に「好きだ」という気持ちを示すためにキスをされたのは、生まれて初めてのことかもしれない。

「っはぁ……聡介、さん……」

 酸欠になりそうなほど長く口付けられたのち、まほろは聡介の身体を少し押し返した。そして、聡介を見つめて気恥ずかしそうに告げる。

「私、も……好き……です」
「俺のことが?」
「……はい」
「無理はしていませんか、まほろ。何かをごまかしたり、抑え込んだりしたうえでの気持ちではありませんか」

 なおも聡介は、慎重にまほろの感情を確認する。
 ああ、この人はどこまでもどこまでも、自分のことを大事にしてくれる。いっそ、その慎重さが憎らしいほどに。

「ごまかして……ないです。でも、理由もわからない……。ただ、聡介さんにキスをされることがすごく気持ちよくて……あなたに優しくされることが嬉しくて……もっと、もっとって……思ってしまうんです。欲しがりすぎ……ですよね」

 聡介が大量に注いでくれる優しさと気遣い、それに深い愛情。それがなくなったら、自分は聡介を嫌いになってしまうかもしれない。どうでもよくなってしまうかもしれない。それでもいまこの瞬間、聡介が好きだと言ってくれる時間だけは、自分も同じように聡介を好きだと思う。

「いい傾向です、まほろ」

 聡介は眼鏡のブリッジを人差し指でくいっと持ち上げた。どこか落ち着きのない様子が、なんだか芽衣の言っていたとおりだ。
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