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第11話 大丈夫! 主任のアリバイ証明は完璧です(上)
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「ここで立ち止まっているとほかの方に迷惑ですから、ひとまず駅まで行きましょうか」
聡介は唯依佳の質問に明確に答えることなく、ひとまず一行をうながした。その際、聡介は手に持っていたスマホに急いで何かを打ち込むと、その画面をちらりと前園にだけ見せる。すると前園は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにこくりと頷いた。
「お姉さんは、篠崎さんに何か用事ですか」
駅まで徒歩十分弱ほどの広い幅の歩道を、聡介はいつになくゆっくりと歩いた。そんな聡介の隣に我が物顔で陣取り、やけに聡介にくっつくようにして歩く唯依佳は苦笑する。
「用事ってわけじゃないんですけどぉ、かわいい妹がどんな場所で働いてるのか、ちょっと見てみたいなーって思って」
「こんな寒い時期に? ご苦労様です」
聡介は唯依佳のことなど一瞥もせず、まっすぐに前を向いて歩きながら相槌を打った。聡介のゆっくりとした歩幅に合わせる気がないのか、前園と愛子はいつの間にかだいぶ先を歩いている。
「妹がお世話になってるんですよね? お名前を教えてください~」
「それより、駅にはすぐ着きますよ。お帰りはどちらです? 俺は秋野宮線ですが」
(えっ?)
名前を教えてほしいという唯依佳の要望を見事なまでにスルーしながら、聡介は唯依佳の帰路を尋ねた。しかし、それと同時に告げた聡介の嘘に、まほろは無言のまま驚き、懸命に頭を回転させた。
(伊達主任の最寄り駅は清総線の宇田江駅……秋野宮線を使うのは私なのに?)
聡介はなぜそんな嘘をついたのだろうか。自分の最寄り駅を言わないという対応ならわかるが、わざわざあえて、まほろの使う路線を引き合いに出して嘘をつくのはなぜだろう。
聡介の真意はわからない。だが、彼は何か明確な意図があってその嘘をついている。それだけははっきりとわかったので、まほろはあえて訂正もせずに黙っていた。
「えーっとぉ……まだ帰らなくても平気な時間なのでぇ、せっかくですから一緒にご飯とかどうですかぁ?」
唯依佳はふんわりとかわいらしく笑って聡介を誘う。どうやら、すたすた歩いて先に行ってしまった前園ではなく、聡介をロックオンしたようだ。
「俺は帰ります。篠崎さんも帰りますよね?」
「えっ……あ、はい……」
まほろは頷いたが、姉を放っておいていいのかどうかわからない。身内である以上、妹の自分が責任を持って聡介から唯依佳を引きはがさないといけない気がする。
しかし、まほろが唯依佳に強く出られるはずもなく、三人は駅に到着した。唯依佳はまだ諦めずに聡介を誘っていたが、聡介は普通に電車に乗り、まずはターミナル駅を目指す。そしてそこで、まほろと共に秋野宮線のホームにとても普通に向かった。まさか聡介の本当の自宅最寄り駅が別の路線だとは、唯依佳も思うまい。
「え、なに、まほろもこの線なの?」
「うん……」
聡介から離れることなくどこまでも一緒にいるまほろに、唯依佳は少しだけ不機嫌な表情を向けた。
「あれぇ~、もしかして二人って、付き合ってたりしますぅ?」
「なぜそう思うんですか?」
「だってぇ、同じ路線を使ってるなんてー」
「この路線の先は安い賃貸が多いですからね。一人暮らしをするのにちょうどいいエリアなんですよ」
「へえ、そうなんですかぁ。あ、じゃあ、あなたっていま一人暮らし……独身のフリーですか? もうっ、いい加減名前くらい教えてくださいよーっ」
唯依佳は甘えるような声と表情を作っていたが、その心中は穏やかではないだろうとまほろは思った。
聡介はまったく隙を見せない。唯依佳が近付こうものならさっと一歩離れて距離をとるし、どれだけ訊かれても名前を答えない。唯依佳はまほろに聡介の名前を訊くこともできたが、それは貸しを作るようで嫌なのか、それともまほろとは必要以上に会話をしたくないのか、まほろにはたいして話しかけない。獲物の情報を少しでも多く入手したいのにそれができない唯依佳は、内心でいつになく焦っているだろう。
(どうしたら……いいの)
帰りの電車がホームに来てしまう。帰宅ラッシュなので電車は混んでおり、多くの人がいっせいに乗り降りをする。その流れに合わせるように、まほろは電車に乗り込む。まほろだけでなく、聡介も唯依佳もだ。
唯依佳はどこまで付いてくるのだろうか。まさか、「今日はまほろの家に泊まらせて」と頼んでくるのだろうか。まほろはそんなことを心配しながら落ち着かない気持ちで通勤バッグの持ち手をぎゅっと握った。
そして、まほろが降りる本条西駅の四つ手前の駅――不破堂駅に電車が到着すると、聡介はちらりとまほろを見た。
「では篠崎さん、お疲れ様でした」
「えっ!? あ、はい……お疲れ様でした」
聡介はそう言って挨拶をすると、さっと電車を降りた。すると唯依佳も聡介に続いて電車を降りる。まほろには何も言わず、まほろのことなど見ず、唯依佳はずっと聡介を見上げ続けていた。
(こ、これで……いいの……?)
ホームに降りたものの、そこからなかなか動こうとしない聡介と唯依佳を見えなくなるまで見ていたまほろは混乱した。
(ど、どうしようっ)
姉と聡介を二人きりにしてしまった。これでは、学生の頃と同じ轍を踏んでしまう。唯依佳は必ず聡介に迷惑をかける。聡介はずっと冷たい対応を貫いていたが、唯依佳は自分が異性に相手にされないはずがないと信じ込んでいるので、どれだけ不愛想な対応をされても食い下がるだろう。なんなら、無理にでもホテルに連れ込んで既成事実を作るぐらいのことは、平然とやってのけそうではある。
(戻った方が……いいよね?)
自分では聡介から唯依佳を引きはがすことはできないかもしれないが、しかし、聡介と二人にさせておいていいはずがない。
何が「はい、お疲れ様でした」だ。のんきにそんな返事をしていないで、二人をなんとかしなければ。ああ、こんなだから姉から「とろくさい」と言われるのだ。そしてそのとおりだ。大事なことに気が付いて行動に出るのが、自分はどうしたっていつも遅い。
(でも……)
戻ったところで、果たして唯依佳をどうにかできるだろうか。自分が戻る方が、聡介に迷惑をかけるのではないだろうか。確信はしていないだろうが、姉はきっちりと、自分と聡介の関係性を見抜いてきた。聡介はやんわりとごまかしてくれたが、いまここで自分が戻れば彼のその気遣いを無駄にする気がする。
(どうしよう……どうしたら……どうしたら……っ)
会社のエントランスで唯依佳に会ってからずっと、まほろの頭の中は混乱し続けていた。まほろが何も答えを出せないまま、そして不破堂駅に引き返すという選択もできないまま、電車はまほろのアパートの最寄りである本条西駅に到着してしまう。
(伊達主任……聡介さん……っ)
ひとまず電車を降りたまほろは、駅のホームのベンチに腰掛けてバッグの中からスマホを取り出した。何か一言でも聡介からメッセージが来ていないかと思ったのだが、彼からの連絡は何もない。その代わりに、数十分前に愛子からメッセージが届いていたので、浮かない顔でまほろはそのメッセージを確認した。
――お疲れ様です。篠崎さんに「大丈夫です」って伝えてほしいって、前園先輩が伊達主任から頼まれたみたいで……でも前園先輩は篠崎さんの連絡先を知らないから、あたしがこうして代わりに伝えました。お姉さんのことかな? よくわからないけど、何かあったらいつでも話は聞くからね。
(大橋さん……)
前園と一緒にすたすたと歩いて先に駅に行って帰ってしまった愛子だったが、まほろのことを心配してくれているようだ。
(前園さんも……これはきっと、聡介さんの計らい……)
会社から駅まで、聡介はやけにゆっくりと歩いていた。逆に、前園と愛子は心なしかいつもより早く歩いていた。そうするように聡介が前園をうながしたのだろう。そうすることで、聡介は二人を唯依佳から遠ざけた。前園と愛子が、唯依佳の愛憎のターゲットにされないために。さらに、まほろを途中まで送るために、最寄り駅を偽って不破堂駅まで来てくれたのだ。
(全部、考えあってのこと……聡介さんなら……)
まほろはスマホをバッグにしまうと、ベンチから立ち上がった。
突然の唯依佳の襲来でパニック状態だったが、しかし、あの聡介が唯依佳に揺さぶられるはずがない。彼女の姦計に陥るはずもない。スイッチが入ればどこまでも爆走するマイペースな聡介が、唯依佳の猛攻にしてやられることなどないだろう。
(大丈夫……聡介さんは、きっと大丈夫)
これまでにまほろが出会った男性は誰も彼も、まほろより唯依佳を選んだ。唯依佳の方がかわいいから、唯依佳の身体の方がいいから――そう言って。
けれども、聡介は違う。付き合い始めてからの数カ月、彼が自分に向けてくれた愛情に嘘偽りはひとつもなかった。受け止めきれないほどの熱と量を持った聡介の愛情は、決して揺らぐことのない本物だ。自分にできるのは、それを信じることだ。
(大丈夫……)
まほろはぐらつきそうになる自分の心に何度も言い聞かせた。そして、真っ暗な部屋に一人で帰るのだった。
◆◇◆◇◆
――カシャ。
「あの……これでいいですか」
唯依佳が会社に押しかけてきてから、二週間以上が経っていた。
今日は聡介が「水族館に行きましょう」と言うので、二人は少し離れた場所にある中規模の水族館に来ていた。そして、まほろは聡介に頼まれて、インスタントカメラで聡介とペンギンのツーショット写真を撮っていた。
「ええ、ばっちりです。次はまほろも一緒に写りましょうか」
「は、はい……」
聡介は近くにいた係員にカメラを渡すと、まほろの肩を抱いて朗らかな笑顔をカメラに向ける。
唯依佳がやって来たあの日、その後どうしたのかと後日まほろが聡介に尋ねると、「お姉さんには先に帰っていただき、俺は時間差で、少し遠回りをしながら普通に帰宅しました」とのことだった。唯依佳はやはりしつこく聡介に迫ったようだが、聡介は駅のベンチに座って頑として動かず、唯依佳が音を上げて先に帰ったとのことだった。
何事もなく本当に大丈夫とのことだったが、まほろは唯依佳の非礼を詫びた。しかし聡介は、「まほろが謝ることは何もありません」と言って、それ以上あの日の話はしなかった。
聡介は唯依佳の質問に明確に答えることなく、ひとまず一行をうながした。その際、聡介は手に持っていたスマホに急いで何かを打ち込むと、その画面をちらりと前園にだけ見せる。すると前園は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにこくりと頷いた。
「お姉さんは、篠崎さんに何か用事ですか」
駅まで徒歩十分弱ほどの広い幅の歩道を、聡介はいつになくゆっくりと歩いた。そんな聡介の隣に我が物顔で陣取り、やけに聡介にくっつくようにして歩く唯依佳は苦笑する。
「用事ってわけじゃないんですけどぉ、かわいい妹がどんな場所で働いてるのか、ちょっと見てみたいなーって思って」
「こんな寒い時期に? ご苦労様です」
聡介は唯依佳のことなど一瞥もせず、まっすぐに前を向いて歩きながら相槌を打った。聡介のゆっくりとした歩幅に合わせる気がないのか、前園と愛子はいつの間にかだいぶ先を歩いている。
「妹がお世話になってるんですよね? お名前を教えてください~」
「それより、駅にはすぐ着きますよ。お帰りはどちらです? 俺は秋野宮線ですが」
(えっ?)
名前を教えてほしいという唯依佳の要望を見事なまでにスルーしながら、聡介は唯依佳の帰路を尋ねた。しかし、それと同時に告げた聡介の嘘に、まほろは無言のまま驚き、懸命に頭を回転させた。
(伊達主任の最寄り駅は清総線の宇田江駅……秋野宮線を使うのは私なのに?)
聡介はなぜそんな嘘をついたのだろうか。自分の最寄り駅を言わないという対応ならわかるが、わざわざあえて、まほろの使う路線を引き合いに出して嘘をつくのはなぜだろう。
聡介の真意はわからない。だが、彼は何か明確な意図があってその嘘をついている。それだけははっきりとわかったので、まほろはあえて訂正もせずに黙っていた。
「えーっとぉ……まだ帰らなくても平気な時間なのでぇ、せっかくですから一緒にご飯とかどうですかぁ?」
唯依佳はふんわりとかわいらしく笑って聡介を誘う。どうやら、すたすた歩いて先に行ってしまった前園ではなく、聡介をロックオンしたようだ。
「俺は帰ります。篠崎さんも帰りますよね?」
「えっ……あ、はい……」
まほろは頷いたが、姉を放っておいていいのかどうかわからない。身内である以上、妹の自分が責任を持って聡介から唯依佳を引きはがさないといけない気がする。
しかし、まほろが唯依佳に強く出られるはずもなく、三人は駅に到着した。唯依佳はまだ諦めずに聡介を誘っていたが、聡介は普通に電車に乗り、まずはターミナル駅を目指す。そしてそこで、まほろと共に秋野宮線のホームにとても普通に向かった。まさか聡介の本当の自宅最寄り駅が別の路線だとは、唯依佳も思うまい。
「え、なに、まほろもこの線なの?」
「うん……」
聡介から離れることなくどこまでも一緒にいるまほろに、唯依佳は少しだけ不機嫌な表情を向けた。
「あれぇ~、もしかして二人って、付き合ってたりしますぅ?」
「なぜそう思うんですか?」
「だってぇ、同じ路線を使ってるなんてー」
「この路線の先は安い賃貸が多いですからね。一人暮らしをするのにちょうどいいエリアなんですよ」
「へえ、そうなんですかぁ。あ、じゃあ、あなたっていま一人暮らし……独身のフリーですか? もうっ、いい加減名前くらい教えてくださいよーっ」
唯依佳は甘えるような声と表情を作っていたが、その心中は穏やかではないだろうとまほろは思った。
聡介はまったく隙を見せない。唯依佳が近付こうものならさっと一歩離れて距離をとるし、どれだけ訊かれても名前を答えない。唯依佳はまほろに聡介の名前を訊くこともできたが、それは貸しを作るようで嫌なのか、それともまほろとは必要以上に会話をしたくないのか、まほろにはたいして話しかけない。獲物の情報を少しでも多く入手したいのにそれができない唯依佳は、内心でいつになく焦っているだろう。
(どうしたら……いいの)
帰りの電車がホームに来てしまう。帰宅ラッシュなので電車は混んでおり、多くの人がいっせいに乗り降りをする。その流れに合わせるように、まほろは電車に乗り込む。まほろだけでなく、聡介も唯依佳もだ。
唯依佳はどこまで付いてくるのだろうか。まさか、「今日はまほろの家に泊まらせて」と頼んでくるのだろうか。まほろはそんなことを心配しながら落ち着かない気持ちで通勤バッグの持ち手をぎゅっと握った。
そして、まほろが降りる本条西駅の四つ手前の駅――不破堂駅に電車が到着すると、聡介はちらりとまほろを見た。
「では篠崎さん、お疲れ様でした」
「えっ!? あ、はい……お疲れ様でした」
聡介はそう言って挨拶をすると、さっと電車を降りた。すると唯依佳も聡介に続いて電車を降りる。まほろには何も言わず、まほろのことなど見ず、唯依佳はずっと聡介を見上げ続けていた。
(こ、これで……いいの……?)
ホームに降りたものの、そこからなかなか動こうとしない聡介と唯依佳を見えなくなるまで見ていたまほろは混乱した。
(ど、どうしようっ)
姉と聡介を二人きりにしてしまった。これでは、学生の頃と同じ轍を踏んでしまう。唯依佳は必ず聡介に迷惑をかける。聡介はずっと冷たい対応を貫いていたが、唯依佳は自分が異性に相手にされないはずがないと信じ込んでいるので、どれだけ不愛想な対応をされても食い下がるだろう。なんなら、無理にでもホテルに連れ込んで既成事実を作るぐらいのことは、平然とやってのけそうではある。
(戻った方が……いいよね?)
自分では聡介から唯依佳を引きはがすことはできないかもしれないが、しかし、聡介と二人にさせておいていいはずがない。
何が「はい、お疲れ様でした」だ。のんきにそんな返事をしていないで、二人をなんとかしなければ。ああ、こんなだから姉から「とろくさい」と言われるのだ。そしてそのとおりだ。大事なことに気が付いて行動に出るのが、自分はどうしたっていつも遅い。
(でも……)
戻ったところで、果たして唯依佳をどうにかできるだろうか。自分が戻る方が、聡介に迷惑をかけるのではないだろうか。確信はしていないだろうが、姉はきっちりと、自分と聡介の関係性を見抜いてきた。聡介はやんわりとごまかしてくれたが、いまここで自分が戻れば彼のその気遣いを無駄にする気がする。
(どうしよう……どうしたら……どうしたら……っ)
会社のエントランスで唯依佳に会ってからずっと、まほろの頭の中は混乱し続けていた。まほろが何も答えを出せないまま、そして不破堂駅に引き返すという選択もできないまま、電車はまほろのアパートの最寄りである本条西駅に到着してしまう。
(伊達主任……聡介さん……っ)
ひとまず電車を降りたまほろは、駅のホームのベンチに腰掛けてバッグの中からスマホを取り出した。何か一言でも聡介からメッセージが来ていないかと思ったのだが、彼からの連絡は何もない。その代わりに、数十分前に愛子からメッセージが届いていたので、浮かない顔でまほろはそのメッセージを確認した。
――お疲れ様です。篠崎さんに「大丈夫です」って伝えてほしいって、前園先輩が伊達主任から頼まれたみたいで……でも前園先輩は篠崎さんの連絡先を知らないから、あたしがこうして代わりに伝えました。お姉さんのことかな? よくわからないけど、何かあったらいつでも話は聞くからね。
(大橋さん……)
前園と一緒にすたすたと歩いて先に駅に行って帰ってしまった愛子だったが、まほろのことを心配してくれているようだ。
(前園さんも……これはきっと、聡介さんの計らい……)
会社から駅まで、聡介はやけにゆっくりと歩いていた。逆に、前園と愛子は心なしかいつもより早く歩いていた。そうするように聡介が前園をうながしたのだろう。そうすることで、聡介は二人を唯依佳から遠ざけた。前園と愛子が、唯依佳の愛憎のターゲットにされないために。さらに、まほろを途中まで送るために、最寄り駅を偽って不破堂駅まで来てくれたのだ。
(全部、考えあってのこと……聡介さんなら……)
まほろはスマホをバッグにしまうと、ベンチから立ち上がった。
突然の唯依佳の襲来でパニック状態だったが、しかし、あの聡介が唯依佳に揺さぶられるはずがない。彼女の姦計に陥るはずもない。スイッチが入ればどこまでも爆走するマイペースな聡介が、唯依佳の猛攻にしてやられることなどないだろう。
(大丈夫……聡介さんは、きっと大丈夫)
これまでにまほろが出会った男性は誰も彼も、まほろより唯依佳を選んだ。唯依佳の方がかわいいから、唯依佳の身体の方がいいから――そう言って。
けれども、聡介は違う。付き合い始めてからの数カ月、彼が自分に向けてくれた愛情に嘘偽りはひとつもなかった。受け止めきれないほどの熱と量を持った聡介の愛情は、決して揺らぐことのない本物だ。自分にできるのは、それを信じることだ。
(大丈夫……)
まほろはぐらつきそうになる自分の心に何度も言い聞かせた。そして、真っ暗な部屋に一人で帰るのだった。
◆◇◆◇◆
――カシャ。
「あの……これでいいですか」
唯依佳が会社に押しかけてきてから、二週間以上が経っていた。
今日は聡介が「水族館に行きましょう」と言うので、二人は少し離れた場所にある中規模の水族館に来ていた。そして、まほろは聡介に頼まれて、インスタントカメラで聡介とペンギンのツーショット写真を撮っていた。
「ええ、ばっちりです。次はまほろも一緒に写りましょうか」
「は、はい……」
聡介は近くにいた係員にカメラを渡すと、まほろの肩を抱いて朗らかな笑顔をカメラに向ける。
唯依佳がやって来たあの日、その後どうしたのかと後日まほろが聡介に尋ねると、「お姉さんには先に帰っていただき、俺は時間差で、少し遠回りをしながら普通に帰宅しました」とのことだった。唯依佳はやはりしつこく聡介に迫ったようだが、聡介は駅のベンチに座って頑として動かず、唯依佳が音を上げて先に帰ったとのことだった。
何事もなく本当に大丈夫とのことだったが、まほろは唯依佳の非礼を詫びた。しかし聡介は、「まほろが謝ることは何もありません」と言って、それ以上あの日の話はしなかった。
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