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第3章

第21話『代理購入の成果』

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「これで全部購入することができました!」
「良かったな。おめでとう」

 午後1時半過ぎ。
 あおいが事前にチェックしていた6つのサークルを全て廻った。そのうち2つは佐藤先生の代理購入も兼ねていたけど、全てのサークルの新刊同人誌を購入することができた。この結果にあおいはウキウキである。
 また、6つのサークルの中にはガールズラブの同人誌を頒布しているサークルがいくつかあった。あおいが面白いとオススメしてくれたのもあり、俺も同人誌を3冊購入した。

「全て買えるなんて! 運が良かったです! チェックしたサークルの新刊を買えないことは普通にありますから」
「そうか。長く並んだのは、代理購入を兼ねた『赤色くらぶ』だけだったからな。それが良かったのかもしれない」
「そうかもしれませんね。涼我君、ハイタッチしましょう! したい気分なんですっ!」

 ニコニコしながらそう言うと、あおいは両手を広げた状態で俺に差し出してくる。チェックしていたサークルの新刊を全て買えたり、あとは俺と初めて同人イベントの会場を廻れたりしたのが嬉しいのかもしれない。

「いいよ」
「ありがとうございますっ!」

 俺が両手を差し出すと、あおいは「いぇーいっ」と可愛い掛け声で俺にハイタッチしてきた。その瞬間に感じたあおいの温もりはとても優しかった。
 俺とハイタッチできたからなのか、あおいはとても満足そうにしている。

「私の行きたいサークルは全て廻りましたので、待ち合わせ場所のフードコートに行きましょうか」
「そうだな。愛実も待っているだろうし」

 今から10分ほど前に、佐藤先生の代理購入を終えた愛実から、4人のグループトークに『待ち合わせ場所に行きます』とメッセージが届いたのだ。
 あおいは自分のスマホを手にとって、結構な速度でタップしている。さっきの愛実のように、待ち合わせ場所に行くとグループトークにメッセージを送るのだろうか。
 ――プルルッ。
 ジャケットのポケットに入っているスマホが鳴る。
 スマホを取り出して確認してみると……4人のグループトークにあおいから新着メッセージが届いたと通知が。その通知をタップすると、

『チェックしたサークルの買い物&樹理先生の代理購入が終わりました。今から、涼我君と一緒に待ち合わせ場所のフードコートに行きますね!』

 トーク画面にあおいのメッセージが表示された。予想通りだったか。

『終わったんだね。フードコートの前にいるから待ってるね』
『あおいちゃんと涼我君もお疲れ様。私はあと2つサークルを廻るから、それが終わり次第フードコート前に向かうよ』

 愛実と佐藤先生からメッセージが続々と届いた。愛実はさすがにもう着いているか。あと、先生は残り2つか。そのサークルの待機列にもよるけど、2つくらいならそこまで時間はかからないと思う。

「フードコートの前に行くとメッセージを送りましたし、行きましょうか」
「そうだな。何度か行ったことがあるから、俺に任せてくれ」
「ありがとうございますっ」

 可愛い笑顔でそう言うと、あおいは俺の右手をしっかりと握ってきた。あおいと2人きりになってからは手を繋ぐ時間がほとんどだったので、こうして手を繋いでいると気持ちが落ち着く。
 俺はあおいと一緒にフードコートに向かって歩き始める。
 一番近くにある出入口からホールを出る。
 東展示棟の通路には、ベンチや端を中心に人が多くいる。買った同人誌をさっそく読んだり、友人と思われるグループ内で同人誌を交換したり。お昼過ぎという時間帯もあってか、立ちながらおにぎりやパンなどを食べている人もいて。ただ、ほとんどの人が楽しそうにしている。

「イベントが開催中だからか、楽しそうにしている人が多いですね」
「そうだな。こういう光景も同人イベントって感じがするよ」
「ですね。私もこういった場所で友達と合流して、購入を担当した同人誌を渡し合ったり、我慢できずに同人誌をその場で読んだりしましたね」
「そうだったんだ。俺は佐藤先生のことを待っているとき、代理購入した同人誌を愛実と一緒に読んだことがあるな」
「私も友達を待っている間に、購入した同人誌を読むことがありますね」
「あおいも経験あるか」

 同人イベントあるあるなのかもしれない。
 同人イベントのことや、今日廻ったサークルのことを話しながら、待ち合わせ場所のフードコートに向かう。
 東展示棟を出て会議棟に入ると、人の数は格段に少なくなる。会議棟はオリティアの会場じゃないからかな。フードコートやカフェがあるので人もちらほら見かけるが、数多の人間が集まった空間に何時間もいた後だから、随分と寂しく感じた。
 待ち合わせ場所のフードコート前が見え始めたとき、

「リョウくーん! あおいちゃーん!」

 愛実が大きめの声で俺達の名前を呼び、右手を大きく振ってきた。そんな愛実の顔にはいつもの可愛らしい笑みが浮かんでいる。また、サークルの購入特典なのか、会場に来るときには持っていなかった紙の手提げ袋を持っている。
 この場所で待ち合わせしたことは何度もあるし、愛実からフードコート前にいるとメッセージはもらっている。それでも、実際に愛実の姿を見ると安心できる。そんなことを考えながら愛実に手を振った。あおいも振っていた。

「愛実。代理購入お疲れ様」
「代理購入お疲れ様でした、愛実ちゃん!」
「2人も代理購入お疲れ様。樹理先生の代理購入は2つとも買えたそうだけど、あおいちゃんがチェックしていたサークルの新刊は全部買えた?」
「はいっ! 運良く全部買えました!」
「良かったね!」

 嬉しそうな様子であおいにそう言う愛実。そんな愛実に、あおいはニッコリ笑顔を浮かべて「はいっ」と返事していた。

「私は5つのサークル中4つ買えたよ。あと、私好みの絵柄のサークルがいくつかあったから、自分用にも同人誌を何冊か買ったよ」
「愛実もか。俺もあおいと一緒に廻るサークルの中で、良さげな感じの同人誌を出しているサークルがあったから買ったんだ」
「そうだったんだね」

 代理購入をする中で自分の分の同人誌を買うのは恒例になっている。それもあって、これまでも同人イベントは結構楽しめている。買った同人誌は家に帰ったらゆっくり楽しもう。

「それにしても、リョウ君とあおいちゃん……手を繋いでいて可愛いな」

 ふふっ、と愛実は上品に笑う。そんな愛実の視線はやや下の方に向いていた。

「は、初めての場所ですし、人もいっぱいいますから、はぐれないように涼我君と手を繋いでいたんですよっ!」

 頬中心に顔を赤らめながら、あおいはそう言った。その声が大きいので、周りにいる人達のうちの何人かがこちらを向く。

「あおいの言う通りだ。会場には人がいっぱいいたからな」
「いっぱいいたよね。私も同じような理由で、リョウ君と一緒に同人イベントの会場を廻るときは手を繋ぐことが多いよ」
「そうだったんですね」
「……2人が手を繋いでいるのを見たら、私もリョウ君と手を繋ぎたくなってきたよ。リョウ君と手を繋がないと、同人イベントに来たって感じがあまりしないし」

 愛実はそう言うと、頬をほのかに赤くし、俺をチラチラ見てくる。今の言葉も相まって、愛実がとても可愛らしく見えた。

「確かに、俺も普段と違う同人イベントって感じがする。……いいよ」

 ほら、と俺は空いている左手を愛実に差し出す。
 ありがとう、と笑顔でお礼を言って愛実は俺の左手をそっと掴んできた。あおいの強い温もりもいいけど、愛実の優しい温もりもとても心地いい。

「……うん。同人イベントに来たって感じがしてきた。代理購入は終わってるけど」
「ははっ、そっか。俺もだよ、愛実」
「何度も一緒に来たことがあるお二人らしいですね」

 いつものように明るい口調でそう話すあおい。そんなあおいの笑顔やあおいとも手を繋いでいるのもあって、愛実とも手を繋ぐところを間近で見られることに特に恥ずかしさを感じることはなかった。
 ――プルルッ。プルルッ。
 この鳴り方からして、複数のスマホが鳴っていそうだ。ちなみに、俺のスマホもバイブレーションが響いている。この鳴り方からして、俺達と佐藤先生のグループトークにメッセージが送信された可能性が高そうかな。
 俺もスマホを確認したいんだけど、あおいも愛実も俺の手を握ったまま、もう片方の手でスマホを手に取っている。……しょうがない。

「あおい、愛実。佐藤先生からグループトークにメッセージが送られたのか?」
「はい、そうです」
「全部のサークルを廻ったから、今からここに来るって」
「そっか」

 やっぱり、佐藤先生からのメッセージだったか。まあ、あおいと愛実と一緒だし、手を解かなくてもいいかな。

「涼我君と愛実ちゃんと待っていると送りました」
「私も送っておいた。……あっ、先生から了解って来た」
「分かった」

 佐藤先生は自分の買い物が終わったか。あおいは目的のサークルの同人誌を全て買えたけど、先生の方はどうだっただろう。気になるな。
 あおいと愛実と3人で、互いに廻ったサークルがどんな感じだったのか話しながら、佐藤先生のことを待つ。ただし、2人に手を繋がれながら。手を繋いでいるのもあってか、こちらをチラッと見ながら歩く人もいる。
 3人で話す中で、愛実が持っている紙の手提げは『ばらのはなたば』という大手サークルの会場限定の新刊購入特典だと分かった。この手提げの中に、佐藤先生が代理購入してほしい同人誌を全て入れてあるという。
 また、愛実は海老名さんへの代理購入もしていたとのこと。オリティアに行くと話し、佐藤先生の代理購入をするサークルを伝えたところ、興味のあるBL同人誌が1冊あったのだとか。

「やあやあやあ。みんなお待たせ」

 佐藤先生からメッセージを受け取ってから数分後。先生が俺達のところにやってきた。俺達が気付くと、先生は美しい笑顔で手を振ってきて。また、さっき別れるときにはなかった大きめの紙の手提げを持っている。あれも購入特典なのだろうか。
 佐藤先生は俺達の目の前までやってくると、視線をやや下に向ける。

「……なるほど。さっき私が送ったメッセージの既読数が2だったのは、そういう理由だったか。でも、どうして涼我君は2人と手を繋いでいるんだい?」

 朗らかな笑顔になり、佐藤先生は問いかけてくる。やっぱり、3人で手を繋いでいることが気になっちゃうよな。

「あおいとは2人で行動しているときにずっと手を繋いでいたので。愛実とは……これまで、同人イベントに来たときは手を繋ぐことが多かったんで、今日も手を繋ごうって話になって」
「なるほどね。可愛い理由だ」

 ふふっ、と上品に笑う佐藤先生。からかわれずに済んで良かった。

「何度か、メッセージで買えた報告は受けていたけど、最終的にはどうだったかな?」
「私の方は2つとも樹理先生の分も買うことができました」
「私は……『群青ロック』というサークルの新刊以外は全て購入できました」
「おぉ、そうか。1つ以外は頼んだものを全て買えたんだ。凄いことだ。3人ともどうもありがとう!」

 佐藤先生はとても嬉しそうにお礼を言ってくれる。このお礼と、先生の笑顔を見ると、今後も代理購入のために同人イベントに来てもいいかと思えるのだ。
 あおいと俺が代理購入した同人誌を愛実が持っている紙の手提げに入れる。そして、その手提げを愛実が佐藤先生に手渡した。
 佐藤先生は手提げの中身を見て「おぉっ……」と声を漏らしている。

「いやぁ、SNSとかイラストの投稿サイトで表紙のイラストは見ていたんだけど、こうして実物を手にできると嬉しいね。自分一人じゃできなかったことだよ。本当にありがとう」
「いえいえ。それに、今回も私の分の同人誌を買いましたから」
「俺もです」
「私も自分がチェックした6つのサークルの新刊同人誌を全て買うことができました。樹理先生はどうでしたか?」
「私は9つサークルを廻って、そのうちの7つのサークルの新刊を買うことができたよ。全て買えることは稀だし、幸いにも買えなかったサークルの新刊は後日、レモンブックスで委託販売される。だから、ショックはあまりないかな」

 その言葉が本当であると示すように、佐藤先生の笑みは晴れやかなもので。今日はダメでも、後日買えると分かっているとショックは和らぐか。しかも、自宅から徒歩圏内のレモンブックスで買えるから。

「よし。2時近くにもなっているし、このフードコートでお昼ご飯を食べよう。もちろん、私が奢るからね」
「ありがとうございますっ!」
「ありがとうございます。2時近くなのでお腹ペコペコです」
「俺も凄くお腹が空きました」

 その後、俺達はフードコートの中に入る。
 フードコートには様々なジャンルの飲食店が複数入っている。色々な料理の匂いが混ざっているけど、食欲がそそられる。
 俺はつけ麺の大盛り、あおいはカツカレー、愛実は豚の生姜焼き定食、佐藤先生は天ざるうどんを食べることに。
 お昼過ぎという時間帯でお腹が空いていたことや、佐藤先生の奢りということもあって、つけ麺が物凄く美味しく感じられた。3人もとても美味しそうに食べていて。
 麺を大盛りにしたし、3人と一口交換したけど、つけ麺を難なく食べることができた。
 昼食後は会場に戻って、4人で会場内をぶらぶらと。そんな中、あおいと佐藤先生がポスターに惹かれて同人誌を購入することもあった。
 イベントが終了する30分ほど前に、俺達は東京国際展示ホールを後にする。

「オリティアは初めてでしたが、とても満足できました!」
「良かったね、あおいちゃん。学生時代から参加している人間として嬉しいよ。私も3人のおかげで満足したイベントになったよ。ありがとう」
「いえいえ。今回も樹理先生のお力になれて嬉しかったです」
「俺もです。また、代理購入をお願いしたいときには言ってください。バイトがなければ手伝いますので」
「ありがとう、涼我君」
「いえいえ。……あおいと愛実もな」
「ありがとうございます、涼我君。コアマのときに頼むかもしれません」
「そのときになったらよろしくね、リョウ君」
「ああ」

 佐藤先生でもあおいでも愛実でも、代理購入を頼まれたら精一杯に力になりたいと思う。もしかしたら、俺が頼むこともあるかもしれない。

「また、みんなで同人イベントに行きましょうね!」
「そうだな」
「行こうね、あおいちゃん」
「そうだね。次に行くのは、夏休み中に開催されるコアマになるかな」

 去年の夏と年末のコアマで、佐藤先生の代理購入で行っているからな。今年の夏のコアマもきっとそうなる可能性は高いと思う。それに、あおいはコアマに行った経験がない。この4人で行くことになるんじゃないだろうか。
 あおいと初めて来たオリティアはとても満足なイベントになった。きっと、これからもたくさん同人イベントに一緒に行くのだろう。
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