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第4章

第12話『体育祭②-二人三脚-』

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 それからは6人で、緑チームの生徒を応援していく。
 教室A棟の教室の窓には数字の書かれた画用紙が貼られている。それは各チームの総合得点。得点は各種目が終わった直後を中心に随時更新される。
 現在、緑チームは3位。ただ、2位の青チームとの点数は僅かなので、まずまずと言えるだろう。

「やあやあやあ。みんなお疲れ様。雑務が終わったから来たよ」

 佐藤先生がうちのクラスのレジャーシートにやってきて、シューズを脱いでシートの中に入ってくる。そんな先生に、俺達は「お疲れ様です」と労う。
 佐藤先生は職員室で雑務をしながらたまに競技を見ていたようで、100m走で1位を取った道本と海老名さんに「おめでとう」と言っていた。女子の海老名さんには頭を撫でていて。撫でられた際に、ほんわかとした笑顔を見せる海老名さんが可愛かった。

『ここで招集の連絡です。二人三脚に出場する生徒のみなさんは、本部テントの横にある招集場所に来てください。繰り返します――』

 おっ、二人三脚に出場する生徒の招集がかかったか。出場するあおいと愛実はレジャーシートから立ち上がる。

「では、愛実ちゃんと一緒に行ってきます!」
「行ってきます。あおいちゃんと一緒に頑張ってきます」

 あおいと愛実は笑顔でそう言ってくる。そんな2人に俺達5人は激励の言葉を送った。
 あおいと愛実は笑顔で「ありがとう」と言って、レジャーシートを後にした。2人の出番になったら精一杯に応援しよう。2人は俺の幼馴染だからな。
 あおいと愛実がレジャーシートを後にしたので、俺の左隣のエリアが空く。ただ、すぐに海老名さんと佐藤先生がそこに座る。隣に海老名さんが座ることはあまりないので新鮮だ。最後にこうして隣り合って座ったのは……ゴールデンウィーク明けにマネージャーを断ったとき以来かな。

『麻丘君に……いてほしい』

 俺の手を握って、俺の目を見つめながら海老名さんにそう言われたのを思い出す。
 あのとき、個人的に陸上部を応援し、何かあったときには手伝うと海老名さんに伝えた。ちなみに、俺の手伝いが必要な事態には一度もなっていない。……幸いにも。

「二人三脚かぁ。小学生以来やったことないわね」
「中学の体育祭ではなかったもんな。俺も小学生のときにやったのが最後だ」
「そうなのね。じゃあ、愛実も小学生以来の二人三脚か」
「そうだな。確か、小5のときに学年種目でやった二人三脚リレー以来かな」
「リレー形式だったのね」
「ああ。中学のときにクラスの対抗リレーがあっただろ? その二人三脚版」
「なるほどね。何となくイメージできた」
「二人三脚でのリレーは初めて聞くね」

 佐藤先生がそう言う。その直後に海老名さんが「あたしもです」と言って。
 愛実と俺が卒業した小学校では毎年、5年生での学年種目として実施された。だから、定番種目のように思っていたんだけど……どうやら、それは違うのかもしれない。

「結構面白かったですよ。2人の脚を結んでいる紐が解けて結構な差が開くときもあるんです。ただ、同じ理由で大逆転する展開もあって」
「なるほどね、脚を結ぶ紐かぁ。通常のリレーよりも番狂わせが起こりやすいのね。そういえば、小学校のとき、レース中に何度も解けちゃう友達のペアがあったわ」
「紐が解けて、結び終わるまでは脚が止まるもんね。リレー競技だから、かなり盛り上がりそうだ」
「結構盛り上がりましたよ」

 俺と愛実がいたクラスは、脚を結ぶ紐が解けることが度々あり、終盤まで4クラス中のぶっちぎりの最下位だった。ただ、他のクラスのペアの紐が何度か解けたこともあり、最終的には1位のクラスに肉薄する2位まで追い上げてゴールした。1位は取れなかったけど、終盤に追い上げられたのもあってクラスみんなで喜んだのを覚えている。

「二人三脚か。私は高校時代の体育祭で、女子の友人と一緒に走ったよ。あのときは本当に気持ち良かった……」

 恍惚とした様子でそう話す佐藤先生。当時のことを思い出しているのかな。あと、気持ち良かったとはどういうことか。友人と協力してゴールに向かって走った爽快感だろうか。先生のことだから、それとは違う理由かもしれない。まあ、深くは考えないでおこう。

『これより、二人三脚を始めます。まずは男子からです』

 男子からか。じゃあ、あおいと愛実の番は当分先になりそうだ。
 100m走のときと同じく、各チームから1組ずつ登場し、計4組によるレースとなっている。体育祭はチーム対抗だから、この形のレースが一番いいのだろう。
 さっき俺が話したように、脚を結ぶ紐が解ける場面が幾度となく見られる。転んでしまうペアもいる。そのことで、スタートダッシュはぶっちぎりで走っていたペアが最下位になったり、スタート直後は最下位だったペアが、他のペアの紐が解けたことで逆転1位になったりと100m走では見られなかった展開もあって。このような逆転劇が起きたときは、道本と鈴木が「おおっ!」と声を漏らすことも。
 もちろん、100m走のように、紐が解けることなく、複数のペアが速いスピードで1位争いをするレースもある。そういった展開も面白い。

「結構面白いレースが多いわね、麻丘君」
「面白いよな。小学校のときもこういう逆転する場面が何度もあった」
「そうだったの。これがクラス対抗リレーになるとかなり盛り上がりそうね。二人三脚……見てて面白いわ」
「面白いよな」
「読めないレース展開が面白いね。あと、男子同士が肩を組んで寄り添いながら走るっていう美しい光景は見飽きないね。さっき、転んだ男子生徒のことを、相棒の生徒が手を差し出して引き上げるところを見たときはたまらなかったよ……」

 尊いねぇ……と満足げな笑みを浮かべながら、佐藤先生はトラックの方を見ている。そうだ、この人は好みの男子同士や女子同士が寄り添う光景を見て幸せを感じる人だった。体育祭中もそうなるとは。ほんと、この人はブレない。また、そんな先生を見てか、海老名さんはクスッと笑っていた。
 予想外の展開になる面白さもあって、あっという間に男子の二人三脚は終わった。
 続いて、女子の二人三脚が始まる。

「女子のレースが始まったわね。愛実とあおいのペアがいつ出てくるか楽しみだわ」
「そうだな」

 何番目に出てくるのかは知らないから、あおい&愛実ペアがいつ登場するのかドキドキする。
 女子の方でも、脚を結んでいる紐が解けたり、転んだりすることで、読めない逆転劇が繰り広げられることがある。見ている方は面白いけど、やる方はどうか緊張してしまうのではないかと思う。

「女子同士の二人三脚もいいねぇ……」

 佐藤先生はにんまりと笑って、女子の二人三脚のレースを見ている。心なしか男子のときよりも集中しているような。自分が高校時代に二人三脚をしたからだろうか。

「おっ、あおいと愛実が出てきた」
「本当ね!」

 スタートの方を見ていたら、あおいと愛実がスタート地点に立つ姿が見える。愛実があおいとの脚を鉢巻きで結びつけている。

「愛実! あおい! 頑張って!」
「頑張れよ! あおい! 愛実! 」
「香川! 桐山! 頑張れ!」
「こっからみんなで応援してるぜ!」
「2人とも頑張って!」

 俺達5人はそれぞれ、あおいと愛実に向かって声援を送る。
 俺達の声が聞こえたのだろうか。愛実が鉢巻きを結び終えた後、あおいと愛実は肩を組み、こちらを向いて大きく手を振ってきた。それに答えるように、俺達も大きく手を振る。
 100m走とは違い、生徒達は普通の姿勢でスタートするのを待つ。幼馴染ペアが走るから、こっちまで緊張してくる。
 ――パァン!
 スターターピストルが鳴り、あおい&愛実ペアのレースが始まった。
 あおい&愛実ペアはいいスタートを切り、息を合わせて二人三脚をしている。いい調子で走ることができているな。
 ただ、横で走る青チームのペアも調子良く走れている。また、赤チームと黄色チームのペアは、紐が解けたり、片方の生徒が転んでしまったりしている。なので、青チームのペアとの一騎打ちの様相に。

「愛実! あおい! いい調子よっ!」

 友達ペアが走っているからか。それとも、青チームとのトップ争いを繰り広げているからか。海老名さんはいつになく、声色高く大きな声であおいと愛実を応援している。そんな海老名さんに刺激され、

「あおい! 愛実! 練習通りに走れば絶対に勝てる! 頑張れー!」

 海老名さんに負けないくらいの大きな声で、あおいと愛実のことを応援する。
 二人三脚の練習風景を近くで何度も見ていたし、最近は紐も解けずに調子良く走れている。だから、絶対に1位でゴールできる!
 俺は海老名さん達と一緒に「頑張れ!」と応援しまくる。
 あおいと愛実は練習通りに調子良く走っていく。ただ、青チームも鉢巻きが解けることなく走る。
 あおいと愛実、青チームのペアが横一線のままゴールした。あおいと愛実の方は胸を張って。

『青チームと緑チームのペアがゴールしました! 僅差でしたが、この放送席からはどちらが先にゴールしたかは判別しかねます! どちらが1位だったのでしょうか!』

 俺達の座っているレジャーシートからもほぼ同時に見えたけど、放送席からでも同じか。

「どっちが先にゴールしたかしら」
「胸を張ってゴールしたから、あおいと愛実が1位になったと思いたいな……」
「そうね……」

 海老名さんは両手をぎゅっと握りしめ、真剣な様子で放送席のあるテントの方を見つめる。トラック内にいるあおいと愛実も童謡に。
 緑チームか。それとも、青チームか。どちらのチームのペアが1位になったのか分からないため、周りがざわざわし始める。

『結果が出ました! ただいまのレース……1位は緑チームです! 緑チームが1位です!』
『おおおっ!』

 放送委員会の男子生徒から結果が発表され、緑チームのエリアは大いに盛り上がる! 俺の背後からは鈴木が「うおおおっ!」と雄叫びを上げる。
 トラック内を見ると、あおいと愛実が嬉しそうに抱きしめ合っている。2人が練習している姿を知っているから、今の2人を見ると心にくるものがある。ちょっと目頭が熱い。

「やったわ!」

 海老名さんは俺の左手をぎゅっと掴んで物凄く喜ぶ。こんなに喜んでいる海老名さんはなかなか見ないな。それだけ、友人ペアの1位が嬉しかったのだろう。

「やったな、海老名さん! 2人とも練習を頑張っていたもんな!」
「努力が実ったのね! ……あっ」

 海老名さんは俺の左手を握りしめている両手を見ながらそう声を漏らした。その瞬間、海老名さんの頬が見る見るうちに赤くなり、慌てた様子で俺の左手を離した。

「ご、ごめん。嬉しすぎて。興奮してつい……」
「ははっ、気にするなよ」
「……うんっ」

 そう言うと、海老名さんは小さく頷く。はにかみながら俺をチラチラと見ている海老名さんがとても可愛らしい。

「2人の言うように、あおいちゃんと愛実ちゃんは胸を張ってゴールしたから1位を取れたんだろうね。担任として嬉しい結果だよ。いやぁ。胸熱な展開だったね」

 佐藤先生はそう言って、グラウンドにいるあおいと愛実に向けて拍手を送る。
 グラウンドの方を見ると、あおいと愛実は抱擁を解いて、レース後の生徒が集まる場所に向かっているところだった。

「あおい! 愛実! 1位おめでとう! よくやったな!」
「愛実もあおいも凄いわ! おめでとう!」
「2人ともおめでとう!」
「よくやったぜ! 凄いぜ!」
「2人とも凄いよ! おめでとう!」

 俺達5人はあおいと愛実に向かって、そんな激励の言葉を贈った。
 俺達の言葉が届いたようで、あおいと愛実は立ち止まってこちらに向き、

『ありがとう!』

 と言って、笑顔で大きく手を振っていた。そんな2人の姿はとても輝いていて。俺ってこんなに素敵な女の子と2人と幼馴染なんだと実感して。今の2人を見ているとドキッとして、体が熱くなった。
 やがて、女子の二人三脚も終了する。
 あおいと愛実は一緒にうちのクラスのレジャーシートに戻ってきた。1位になったのもあって、うちのクラスだけじゃなくて、他クラス他学年の緑チームの生徒からも拍手されていた。

「あおい、愛実、1位おめでとう!」
「よくやったね!」

 海老名さんと佐藤先生はそう言うと、海老名さんはあおいと愛実のことを抱きしめ、先生は頭を撫でていた。

「あおい、愛実、練習の成果が出たな。1位おめでとう。幼馴染として誇らしいよ」

 俺はあおいと愛実にそう言って、2人の頭を同時に撫でる。レース後だからか、2人から柔らかな髪越しに強い熱が伝わってきて。

「みんなありがとうございます! 愛実ちゃんと楽しく走れました!」
「あおいちゃんと一緒に走れて楽しかったです!」

 あおいと愛実は可愛らしい笑顔でそう話す。2人は俺の方を見るとニッコリと笑って。それがたまらなく嬉しかったのであった。
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