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第二章 冒険者編
第四十一話 エルフの王子2
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アイリと出会ってから三年の月日が経った。
仮面はあの時を境に見えなくなっていった。
まるで最初からそんなものなんて無かったかのように。
きっと、あれは全部僕の勝手な妄想だったんだ。
人を疑いすぎたゆえに無意識の内に出現し、僕はいつしかそれが自分が作り出した幻想だということすら忘れていた。
それに気づかせてくれたアイリには感謝しかない。
ちなみに、そんなアイリの態度は三年間、全く変わることはなかった。
いや、変わらないでいてくれた。
「・・・全く、ザク様は私がいないとダメなんですから」
・・・やっぱり変わっているかもしれないな。
ふっと不意に口が微笑んだ。
「ああ、いつもアイリには助けられてるよ」
そう僕が言うとアイリは頬を薄く赤らめ、僕がいる方とは逆の方を見る。
そしてみるみるうちに耳まで赤くなっていった。
その様子を見て、同時に僕の胸も熱くなっていく。
ああ、やっぱり僕は・・・
必ず、近い内にこの気持ちをアイリに伝えよう。
胸に手を当て、僕はそう心に強く誓ったんだ。
誓ってーーーそれが叶うことは無かった。
僕は、なんですぐに伝えなかったんだって後悔した。
その時から今に至るまでずっと。
ーーーそう、ずっと、僕は後悔している。
////
悲劇は突然やってきた。
「・・・え?アイリが、攫われた・・?」
手に抱えていた荷物がすっと滑り落ちて床に散乱した。
バラバラと音を立てていたのにも関わらず僕はものが落ちたことにすら気づかなかった。
アイリは近くの街に少し用事があると言って、アイルを出た。
もちろん、護衛はつけた。
なのに帰ってきたのはボロボロになったその護衛だけ。
話を聞くと、相手は人族の奴隷商人だった。
僕たちからすると、やはりお前らかという感じだ。
僕たち妖精族はずっと昔から、人族の奴隷の対象になってきた。
人族にとって珍しい長い耳といくら年月が経っても老化しないというのは奴隷にするには至高の一品。
昔は妖精族は数百人規模の集落を作って暮らしていたのだが、場所を知られたら最後、大量の人族が押し寄せてきて、老いたものは殺され、若いものは売りに出され、その集落は消滅する。
そんな人族による非道な行為が何百年も続き、妖精族は徐々に数を減らしていった。
精霊国アイルはそれに対抗するためにできた妖精族による妖精族のための国なんだ。
現国王、つまり僕の父は、国を建国し、妖精族を一箇所に集中させたことでまずはその防衛力を高めた。
そして種族条約で戦争の禁止とともに妖精族を奴隷にすることの禁止も条件にいれることに成功。
妖精族を奴隷にすることは違法になった。
これでようやく妖精族は人族から襲われる心配はなくなったと誰もが思って、歓喜した。
ーーーだが、結局は何も変わっていなかった。
違法にしても妖精族を襲うものは跡を絶たないし、時間が経つにつれ、その被害はどんどん増えていった。
妖精族にとって、アイルから一歩でも外に出れば、人族にいつ襲われるかわからない危険な地。
どうして僕はもっとアイリに護衛を付けなかったのか。
そもそもアイルから外に出ることを許可しなければ。
僕は次の日も、その次の日も自分を責めた。
捜索隊をださせたが、見つかる希望は薄かった。
すでにはるか遠くに運ばれているかもしれないから。
でもそれから一ヶ月後、まさかの事が起こった。
アイリが見つかったのだ。
捜索隊から、運良くそう遠くには行っておらず、発見したとの報せが届いた。
奇跡かと思った。
嬉しくて嬉しくて、捜索隊が帰ってくるのを心待ちにした。
また、アイリに会えるなんて・・・
ガチャッ。
「アイリ!」
扉が開く音が聞こえた瞬間、すぐに駆け寄っていった。
そこには捜索隊に抱えられたアイリの姿が確かにあった。
「えっ・・・」
そう、もう動くことのない冷たい死体になったアイリがいた。
ガクっと膝から崩れ落ち、僕は地に伏した。
アイリが、死んだ・・・?
現実を受け止めれていない僕に対して、捜索隊の一人が口を開いた。
「・・・アイリ殿は、主人の命令に逆らい続け、たとえ非人道的な仕打ちを受けてもなお、従うことはなかったそうです」
その内容は聞けば聞くほど、実にアイリらしかった。
彼女は頑固で、素直じゃなくて、遠慮なんてものをしらなくて、でも誰よりも優しくて・・・
「そして、彼女は最後まで、こちらをお持ちでした」
そう言って捜索隊から渡されたのは花の形をしたバッジだった。
「これは・・・?」
「その花の名前はロメリア。彼女の名前と同じロメリアでございます」
じっとそのバッジを見ると、赤く燃えるような花弁は僕を明るく照らしてくれたアイリのようだった。
でも、どうしてアイリはこんなものを・・・?
「ロメリアはアイルでは咲かない花でこちらのバッジもアイルでは手に入りません。
そして、おそらくこのバッジはザク様、あなたにプレゼントしたかったのでしょう」
「僕に・・・?」
「はい、このロメリアには花言葉があるのです。中でも赤のロメリアの花言葉は・・・」
『ーーーーー』
それを聞いて、気づけば目から涙が溢れていた。
溢れて溢れて、止まらなかった。
ーーーなあ、神様よ。
もしいるなら答えてくれ。
なぜアイリはこんな仕打ちを受けなくてはいけなかった。
なぜこんな仕打ちをした人族には天罰がくだらない。
我々妖精族はずっと我慢してきた。
家族を奪われ、友を奪われ、愛する人を奪われ。
街から出ればいつ襲われるかわからない恐怖に怯え。
我々はあと何十年、何百年待てばいいのだ?
なあ、教えてくれ・・・
『それなら人族を滅ぼせばいいじゃないか』
突然の声にバッと僕は頭を上げた。
するとそこにはフードを深くかぶった青年がいつの間にか立っていた。
「何者だ!!」
捜索隊がすぐさま武器を構えて牽制するが、その青年はそれに見向きもせず一直線にザクのもとに歩いていく。
「きっと君も薄々気づいているだろ?このままだと一生妖精族は人族に怯える日々を送ることくらい」
ザクはその言葉に何も言い返せなかった。
でも、仕方ないじゃないか。
違法にしても奴らには意味がなかった。
もう尽くせる手は尽くして・・・・
「本当に、何もないのかい? 愛する人を奪われ、弄ばれ、死に追いやった者たちに対して君は何も思わないのかい」
「そんなの・・・!
ーーーあるに、決まっているだろ」
ぐっと拳を強く握りしめる。
拳の中にロメリアのバッジを入れて。
彼女が最後どれだけ辛かっただろうか。
どれだけ怖かっただろうか。
どれだけ無念だっただろうか。
「僕は・・・」
どうして、どうして我々がこんな辛い思いをしなきゃいけないんだ。
我々が奴らになにかしたのか。
恨まれることをしたのか。
ただ年を取らないだけ。
ただ耳が長いだけ。
たったそれだけじゃないか。
ーーーもう、こんな思いをするのは僕が最後でいい。
これから生まれてくる新しい子たちにはこんな思いをさせてなるものか。
僕の名前はザク。
ザク・フォンルード。
一人の愛する少女すら守れなかったゴミクズ以下の名で、でも一人の少女が愛した妖精族が暮らす国の、『王子』の名だ。
「・・・僕たちは、長い間耐えてきた。大切な人を失っても、耐えてきた。
でも、終わらせよう。未来の妖精族が、同じ思いをしないために」
ーーー最後くらい、かっこつけてあげようじゃないか。
アイリが天国で、これが私の国の王子だって胸を張って言えるように。
「今から行うことは大罪だ。だが、今の状況を変えるには誰かがやらなくてはいけないことだ。
・・・おそらく、生きては帰れないだろう。それでも、僕に着いてきてくれるかい」
「おう!!」
その場にいた誰一人として逃げるものはいなかった。
「ありがとう」
そう誰にも聞こえないように呟いて僕は高らかに宣言する。
「これから、我々は反乱を起こす。未来の、妖精族達のために」
・・・だから少しの間待っていてくれ。
「そうだ、君の名前を教えてくれ」
「ん?僕かい?」
「ああ」
決断するきっかけをくれた君の名前くらい聞かないとアイリに怒られるからな。
「そうだな、適当に『放浪者』とでも言っておこうかな」
「そうか、感謝するよ放浪者」
「なに、当然のことをしたまでさ」
彼はそう言うと後ろを振り返り、姿を消していった。
それを見送り、僕もまた後ろを振り返る。
胸にアイリからもらったバッジをつけて。
こうして、ザクの反乱が始まった。
仮面はあの時を境に見えなくなっていった。
まるで最初からそんなものなんて無かったかのように。
きっと、あれは全部僕の勝手な妄想だったんだ。
人を疑いすぎたゆえに無意識の内に出現し、僕はいつしかそれが自分が作り出した幻想だということすら忘れていた。
それに気づかせてくれたアイリには感謝しかない。
ちなみに、そんなアイリの態度は三年間、全く変わることはなかった。
いや、変わらないでいてくれた。
「・・・全く、ザク様は私がいないとダメなんですから」
・・・やっぱり変わっているかもしれないな。
ふっと不意に口が微笑んだ。
「ああ、いつもアイリには助けられてるよ」
そう僕が言うとアイリは頬を薄く赤らめ、僕がいる方とは逆の方を見る。
そしてみるみるうちに耳まで赤くなっていった。
その様子を見て、同時に僕の胸も熱くなっていく。
ああ、やっぱり僕は・・・
必ず、近い内にこの気持ちをアイリに伝えよう。
胸に手を当て、僕はそう心に強く誓ったんだ。
誓ってーーーそれが叶うことは無かった。
僕は、なんですぐに伝えなかったんだって後悔した。
その時から今に至るまでずっと。
ーーーそう、ずっと、僕は後悔している。
////
悲劇は突然やってきた。
「・・・え?アイリが、攫われた・・?」
手に抱えていた荷物がすっと滑り落ちて床に散乱した。
バラバラと音を立てていたのにも関わらず僕はものが落ちたことにすら気づかなかった。
アイリは近くの街に少し用事があると言って、アイルを出た。
もちろん、護衛はつけた。
なのに帰ってきたのはボロボロになったその護衛だけ。
話を聞くと、相手は人族の奴隷商人だった。
僕たちからすると、やはりお前らかという感じだ。
僕たち妖精族はずっと昔から、人族の奴隷の対象になってきた。
人族にとって珍しい長い耳といくら年月が経っても老化しないというのは奴隷にするには至高の一品。
昔は妖精族は数百人規模の集落を作って暮らしていたのだが、場所を知られたら最後、大量の人族が押し寄せてきて、老いたものは殺され、若いものは売りに出され、その集落は消滅する。
そんな人族による非道な行為が何百年も続き、妖精族は徐々に数を減らしていった。
精霊国アイルはそれに対抗するためにできた妖精族による妖精族のための国なんだ。
現国王、つまり僕の父は、国を建国し、妖精族を一箇所に集中させたことでまずはその防衛力を高めた。
そして種族条約で戦争の禁止とともに妖精族を奴隷にすることの禁止も条件にいれることに成功。
妖精族を奴隷にすることは違法になった。
これでようやく妖精族は人族から襲われる心配はなくなったと誰もが思って、歓喜した。
ーーーだが、結局は何も変わっていなかった。
違法にしても妖精族を襲うものは跡を絶たないし、時間が経つにつれ、その被害はどんどん増えていった。
妖精族にとって、アイルから一歩でも外に出れば、人族にいつ襲われるかわからない危険な地。
どうして僕はもっとアイリに護衛を付けなかったのか。
そもそもアイルから外に出ることを許可しなければ。
僕は次の日も、その次の日も自分を責めた。
捜索隊をださせたが、見つかる希望は薄かった。
すでにはるか遠くに運ばれているかもしれないから。
でもそれから一ヶ月後、まさかの事が起こった。
アイリが見つかったのだ。
捜索隊から、運良くそう遠くには行っておらず、発見したとの報せが届いた。
奇跡かと思った。
嬉しくて嬉しくて、捜索隊が帰ってくるのを心待ちにした。
また、アイリに会えるなんて・・・
ガチャッ。
「アイリ!」
扉が開く音が聞こえた瞬間、すぐに駆け寄っていった。
そこには捜索隊に抱えられたアイリの姿が確かにあった。
「えっ・・・」
そう、もう動くことのない冷たい死体になったアイリがいた。
ガクっと膝から崩れ落ち、僕は地に伏した。
アイリが、死んだ・・・?
現実を受け止めれていない僕に対して、捜索隊の一人が口を開いた。
「・・・アイリ殿は、主人の命令に逆らい続け、たとえ非人道的な仕打ちを受けてもなお、従うことはなかったそうです」
その内容は聞けば聞くほど、実にアイリらしかった。
彼女は頑固で、素直じゃなくて、遠慮なんてものをしらなくて、でも誰よりも優しくて・・・
「そして、彼女は最後まで、こちらをお持ちでした」
そう言って捜索隊から渡されたのは花の形をしたバッジだった。
「これは・・・?」
「その花の名前はロメリア。彼女の名前と同じロメリアでございます」
じっとそのバッジを見ると、赤く燃えるような花弁は僕を明るく照らしてくれたアイリのようだった。
でも、どうしてアイリはこんなものを・・・?
「ロメリアはアイルでは咲かない花でこちらのバッジもアイルでは手に入りません。
そして、おそらくこのバッジはザク様、あなたにプレゼントしたかったのでしょう」
「僕に・・・?」
「はい、このロメリアには花言葉があるのです。中でも赤のロメリアの花言葉は・・・」
『ーーーーー』
それを聞いて、気づけば目から涙が溢れていた。
溢れて溢れて、止まらなかった。
ーーーなあ、神様よ。
もしいるなら答えてくれ。
なぜアイリはこんな仕打ちを受けなくてはいけなかった。
なぜこんな仕打ちをした人族には天罰がくだらない。
我々妖精族はずっと我慢してきた。
家族を奪われ、友を奪われ、愛する人を奪われ。
街から出ればいつ襲われるかわからない恐怖に怯え。
我々はあと何十年、何百年待てばいいのだ?
なあ、教えてくれ・・・
『それなら人族を滅ぼせばいいじゃないか』
突然の声にバッと僕は頭を上げた。
するとそこにはフードを深くかぶった青年がいつの間にか立っていた。
「何者だ!!」
捜索隊がすぐさま武器を構えて牽制するが、その青年はそれに見向きもせず一直線にザクのもとに歩いていく。
「きっと君も薄々気づいているだろ?このままだと一生妖精族は人族に怯える日々を送ることくらい」
ザクはその言葉に何も言い返せなかった。
でも、仕方ないじゃないか。
違法にしても奴らには意味がなかった。
もう尽くせる手は尽くして・・・・
「本当に、何もないのかい? 愛する人を奪われ、弄ばれ、死に追いやった者たちに対して君は何も思わないのかい」
「そんなの・・・!
ーーーあるに、決まっているだろ」
ぐっと拳を強く握りしめる。
拳の中にロメリアのバッジを入れて。
彼女が最後どれだけ辛かっただろうか。
どれだけ怖かっただろうか。
どれだけ無念だっただろうか。
「僕は・・・」
どうして、どうして我々がこんな辛い思いをしなきゃいけないんだ。
我々が奴らになにかしたのか。
恨まれることをしたのか。
ただ年を取らないだけ。
ただ耳が長いだけ。
たったそれだけじゃないか。
ーーーもう、こんな思いをするのは僕が最後でいい。
これから生まれてくる新しい子たちにはこんな思いをさせてなるものか。
僕の名前はザク。
ザク・フォンルード。
一人の愛する少女すら守れなかったゴミクズ以下の名で、でも一人の少女が愛した妖精族が暮らす国の、『王子』の名だ。
「・・・僕たちは、長い間耐えてきた。大切な人を失っても、耐えてきた。
でも、終わらせよう。未来の妖精族が、同じ思いをしないために」
ーーー最後くらい、かっこつけてあげようじゃないか。
アイリが天国で、これが私の国の王子だって胸を張って言えるように。
「今から行うことは大罪だ。だが、今の状況を変えるには誰かがやらなくてはいけないことだ。
・・・おそらく、生きては帰れないだろう。それでも、僕に着いてきてくれるかい」
「おう!!」
その場にいた誰一人として逃げるものはいなかった。
「ありがとう」
そう誰にも聞こえないように呟いて僕は高らかに宣言する。
「これから、我々は反乱を起こす。未来の、妖精族達のために」
・・・だから少しの間待っていてくれ。
「そうだ、君の名前を教えてくれ」
「ん?僕かい?」
「ああ」
決断するきっかけをくれた君の名前くらい聞かないとアイリに怒られるからな。
「そうだな、適当に『放浪者』とでも言っておこうかな」
「そうか、感謝するよ放浪者」
「なに、当然のことをしたまでさ」
彼はそう言うと後ろを振り返り、姿を消していった。
それを見送り、僕もまた後ろを振り返る。
胸にアイリからもらったバッジをつけて。
こうして、ザクの反乱が始まった。
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