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29.考えることはたくさんあるけれど

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「オウリュウ様と結婚……あはは…………愛ちゃんってば本当に目が高い……いや、目が肥えてる、ん? あれ、違う? なんて言えばいいんだっけ……?」

「気にするとこ、そこじゃないでしょ……」

「え? あ、そうよね。愛ちゃん、結婚はもう少し大きくなってからにしようね。神様の花嫁になったらそう簡単には会えなくなっちゃうかもだから。まだまだ愛ちゃんの成長を傍で見守りたいし、一緒にたくさん思い出を作りたいから、しばらくは親子の時間を楽しませてほしいな」

「うん! まなも、めぐちゃんといっぱい、いっしょにいたい」

「イイハナシナンダケドナー。そうじゃなくてさぁ……」


 神様と結婚なんてしたら苦労するよと言われれば、誰としたって苦労は付き物よと返し。
 皆がいなくなった世界でもずっと生き続けるなんて辛いでしょと言われれば、親が先にいなくなるのは仕方ないし、だからこそ大好きで大切なオウリュウ様が傍にいてほしいんじゃないと返す。

 お説教が効きすぎて気を失い倒れてしまったカレンを運び出している人たちそっちのけで、愛ちゃんの結婚宣言について話していた。


「もー、リアムも何とか言ってあげてよ」

「私たちの娘ではご不満だと……」

「違っ、そんなわけないでしょ! って……わぁ、リアムが子煩悩な親みたいなこと言ってる」

「おーちゃん、まなのこといや? きらい?」

「なっ!? そんなことあるわけないっ! はぁぁぁ……わかった、わかったよ」


 愛ちゃんの必殺『うるうるおめめ』をくらったオウリュウ様は観念したように言った。
 好意を持って、対等な関係で傍にいてくれる人ができるのは寂しがり屋な自分にとっても嬉しいことだと。
 でも、大人になるまでまだまだ時間はあるし、それまでに色んな出会いがある。
 それでも自分を選んでくれるなら喜んで迎えるよ、と。
 その場凌ぎの言葉で誤魔化すことなく将来も考えてくれるのはさすが神様、いや、オウリュウ様の性格か、そういうところが惚れポイントなんだよなぁ。

 予知能力なんてないけど、愛ちゃんの好きな物への一途さを知っているので、恐らくふたり並ぶ未来が来るんだろうと思っている。
 私は応援するのみだ。

 私たちが愛ちゃんの話で盛り上がっている間に王様たちも色々話し合っていたようで、カレンの処遇についてはオウリュウ様の意志にお任せするが、何か希望があれば今の内にと聞かれた。
 リアムは今が幸せでもう特に思うこともないと笑っていた。
 私からは処罰内容じゃなくて、十六歳の日本人が一般的にはどういうものかを軽く説明しておいた。こっちの世界とは違ってまだまだ子どもで、大人の庇護下にあることがほとんどだから。
 だから甘く見てほしいとは言わないけど、その辺りを情報としてだけでも知っておいてもらおうと思った。

 詳細は後日手紙で知らせると約束をもらって、私たちは城を後にした。

 翌日、何も予定のないのんびりとした時間を過ごし、午後を少し過ぎた頃。
 マルセルが持ってきてくれたのは、王様からの手紙だった。こんなに早く来るとは思わなかった。
 手紙を受け取り、ふむ……と考える。読むのは夜にしよう。

 仕事から帰宅したリアムと共に目を通した手紙には、カレンの処遇について書かれていた。
 本人がすんなりと納得して受け入れたこと、そして、これまで迷惑を掛けて申し訳なかったという謝罪と、これからの生活の手配へのお礼の言葉をもらったこと、私たちへ向けたものもあった。
 前向きに進んでくれたようで良かった。

 それからは穏やかな日が続き、一週間ほど過ぎた今日。
 朝早くからドキドキ、ソワソワしていた。私もリアムも愛ちゃんも。
 そう、今日は待ちに待った指輪がやって来る。最終確認が残っているが、問題なければいよいよ……だ。

 心が浮ついていても昼食はとても美味しかった。
 居間でお腹を落ち着けながら、逸る気持ちを皆で共有すれば待ち時間さえも楽しいイベントとなる。
 しばらくするとマルセルから来客の報せが入り、愛ちゃんの体が跳ねる。


「きたの!?」

「はい、お待ちかねの時間でございますよ」


 宝石に負けないくらい瞳を輝かせながら尋ねる愛ちゃんに、マルセルが優しく微笑みながら返してくれる。


「はやくっ、はやく、いこ!」

「待って待って、愛ちゃん。廊下は走っちゃだめだからね……ちょっとだけ早歩きで行こっか」

「ふふ、慌てずとも逃げませんよ……でも、少しだけ早歩きで行きましょうか」


 三人手をつないで、廊下を気持ち早歩きで応接室まで向かった。
 前を案内してくれるマルセルや、後ろをついて来てくれるクロエたちを急かしているようで少し申し訳なかったけど、少しだけのつもりが、足が勝手に、次第に早くなってしまった。

 通された部屋には既に宝石商の方々がスタンバイしていた。


「ご注文いただいた品が仕上がりましたので、確認のほどお願いいたします」


 挨拶を済ませソファーに座ったところで、テーブルの上に置かれたケースが開かれると、あの日皆で考えたデザイン画からそのまま飛び出してきたのかと思うほど、理想通りの指輪とブローチがそこに存在していた。

 どうぞ、と言われ初めに手を伸ばしたのはリアムだった。
 手に取ったのは小さいほうの指輪……私の、指輪だ。


「手を出していただいてもいいですか?」

「あ、うん……はい」


 差し出した左手の薬指へと、ゆっくり、詰まることなく嵌められた指輪から私の顔へ視線が移されると、リアムが言葉を紡ぐ。


「私、リアム・アンブロワーズは妻であるメグミと、どんな時も共にあることを誓います。貴女をずっと愛しています」


 そして指輪へと口づけを落とす。

 確認のためとはいえリアムにつけてもらうなんて緊張するなぁ、なんて考えてたらそれ以上の展開になり、驚きで動けない。
 間に座っている愛ちゃんは驚き……というよりも、結婚式のような流れに感動して声を上げそうなのを、自分の手で口を覆って、頑張って堪えているようだ。さすが空気の読めるレディである。


「私にもいただけませんか?」


 そっと手を離したリアムからおねだりされて、まだぎこちなさの残る動きで頷く。
 指輪を準備しようとケースへ手を伸ばすと、お店の方々の温かな笑顔が目に入り、祝福されているという嬉しさで緊張が少し解れた気がする。

 指輪を手に取り、リアムの指へと嵌めていく。
 引っ掛かりもなく吸い込まれるように導かれた指輪から視線を上げ、意を決して口を開いた。


「私、恵はリアムを夫とし、いつでも、どんな時でもリアムのことを想い、共にあることを誓います。私もずっと愛してる」


 同じように指輪へと口づけを落とした。

 まだ口を手で覆って耐えている愛ちゃんが、視界の端っこで見えている。
 顔を上げてリアムと見つめ合い、そして互いにコクリとひとつ頷くと、私はケースに残っているブローチへと手を伸ばした。
 私からリアムへと渡ったブローチを、愛ちゃんの胸元へと、針で傷つけることのないようにと慎重に取りつけていく。


「私たちはマナと共に歩み、家族としてあることを誓います。愛しています、マナ」

「私たちはずっと愛ちゃんと共に家族として、楽しい時を過ごしていくことを誓います。愛してる、大好きだよ、愛ちゃん」


 三人同じタイミングでつけようと決めたから、やっぱりつけ方も同じようにしたいと思ったのがリアムにも伝わっていた。
 誓いの言葉ももちろん添えて。

 突然の事に目を点にしたまま固まっていた愛ちゃんは、ゆっくりと状況が呑み込めてくると、大粒の瞳をいっぱいに見開いた後、くしゃっと泣き笑い顔で言葉を絞り出した。


「うっ……うぁ……うれしいよぅ。ありがとっ……まま、ぱぱっ! まなもっ、まなも、みんなとずっといっしょ、かぞくだよ。だいすきっ!」


 誓いの言葉の次は誓いのハグだと、皆でギュッと抱きしめ合っていると、部屋のあちらこちらから拍手が送られた。


「おめでとうございます。このような素敵な空間に居合わせられたこと、嬉しく思います。末永く、お幸せに」

「「「ありがとうございます」」」

「ほほ、既に息ぴったり。仲良し家族でございますね」


 お店の方からの祝福に返した私たちのお礼の言葉が重なり、優しい笑い声がいくつも上がった。

 指輪もブローチも手直しいらずでこのまま受け取った。
 いつもはこの後マルセルにお任せしていた見送りも、今日は三人揃って外まで出る。
 馬車の扉が閉められるまで何度もお礼の言葉を贈った。何度でも言いたくなるほど素敵な物を、素敵な時間を用意してもらったから。

 屋敷へ戻り、今日の一大イベントの余韻をお茶請けに居間でゆっくりティータイムを楽しむ。もちろんお菓子も食べるけど。


「ようやく、ですね。メグミの薬指を揃いの指輪で飾ることができて幸せです。目に見える証って、やっぱり嬉しいものですね」


 私の手をじっと見つめながら、本当に幸せそうに笑うリアムになんだか照れる。


「私ももちろん嬉しいし、幸せだよ。でも、こっちに来てから私にとって良い事ばかりで、本当にこんなに良くしてもらえるような存在なのかな? 間違ってないかな? って、ちょっと不安になることもあるっていうか……まぁ、過去がアレだったから、憶病なのかも」

「めぐちゃんは、みんなのしあわせのために、いっぱいがんばってるもん。だから、めぐちゃんがみんなから、おかえしのしあわせをもらえるのは、まちがってないよ」


 仏様のお言葉かな? ありがたや……って手を合わせて拝みたくなった。


「メグミがたくさん幸せを感じてくれているということは、メグミを幸せにしたいと思っている私とマナの願いが叶っているということ。私とマナがメグミを幸せにしたいのは、そう思うほどにメグミから幸せを与えられているから。つまり、私たちはお互いに与えながら与えられている。一方的なものではないんです。メグミが幸せだと感じる時、私たちもまた幸せを感じているのだと覚えておいてください」

「めぐちゃんがうれしいと、まなとりあむがうれしいの。りあむがうれしいときは、まなも、めぐちゃんもうれしいでしょ?」


 そうか、そう考えるのか。
 一方通行じゃない。たしかにそう考えると、心が軽いかも。
 せっかくの良い事だもの、憂いなく前向きに受け取りたい。

 それにしても、リアムだけでなく愛ちゃんに説かれるとは。相変わらずすごい三歳児だ。思わず生き方の教えを請いたくなる。

 お茶をひと口、温かさがじんわり広がって落ち着く。

 ふわっと、これから先のことが頭に浮かんだ。

 結婚式について詰めていかなくちゃなぁ、奥様業も覚える事いっぱいだし、相談や報告も兼ねて一度男爵領も訪れてみなくちゃ、そういえば愛ちゃんの学校ってどうすれば、オウリュウ様との恋路も……。

 考えることはたくさん。

 まぁでも、今はとりあえず。

 心も顔の筋肉もゆるゆるに解してくれるこの甘くて美味しいお菓子のように。
 私の不安も卑屈も溶かしてくれるくらい、私にあまぁいリアムと愛ちゃんのお言葉に甘えて、ただただ幸せなひと時に浸らせていただきましょうかね。


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