その男、幽霊なり

オトバタケ

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失ったもの、手に入れたもの

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 歩を進める毎に周りに人が増え始めた。村祭のような長閑なものではなく、街のイベントのような騒がしいものなのだろうか。そう考えていると、祭独特の喧騒と匂いが漂う神社に辿り着いた。
 出店が立ち並ぶ参道は、色とりどりの衣を纏った人々で溢れている。人の多さに胸がムカムカし、色の多さに目がチカチカしてくる。

「気分が優れませんか?」

 参道を歩く人々を眺めていた青い瞳が俺に向き、心配そうに聞いてくる。想像以上の盛大さに身構え、人酔いしそうだなと思っているのに気付かれたのだろう。

「別に気持ち悪いとかはないけど……」
「拓也が人混みが苦手なのを知っていたのに、夏祭りに行ってみたいという気持ちが抑えられずに誘ってしまってすいません。辛いならば帰りましょうか?」

 自分の方がよっぽど辛そうな顔をして俺を気遣ってくれる雅臣に、申し訳なさでいっぱいになる。それ以上に、行きたい気持ちを抑えられない場所に、俺と共に行きたいと誘ってくれたのが嬉しく、胸が満たされていく。
 俺が人混みが苦手なのを知っていたならば、一人で行ったり、他の誰かを誘って行ったりするという選択肢もあった。それなのに、思う存分楽しめないかもしれない相手なのに、俺を選んでくれた。それが、雅臣だけが親友の今の俺には、嬉しくて堪らない。
 辛そうに目を伏せる雅臣越しに参道を見遣る。両脇に張られたワイヤーに等間隔で吊るされた提灯が微風に吹かれ、手招きするようにゆらゆらと揺れている。その後ろに立ち並ぶ出店の商品達が、提灯の柔らかな光に照らされて輝いている。宝石箱をひっくり返したみたいな光景に、なんだか胸が弾んできた。

「折角ここまで来たんだし、楽しそうだから見て回りたい。人酔いしたらアンタが介抱してくれるんだろ?」

 ワクワク感で弾む俺の声に、雅臣の眉間から皺が消えていく。

「えぇ。少しでも気分が悪くなったら、すぐに伝えてくださいよ」
「分かった。さぁ、早く行くぞ」
「こら、走ったら転びますよ。迷子にならないように、僕から離れてはいけませんよ」

 早く探索したくて駆け出そうした俺の手首を、雅臣がガシッと握った。握られた箇所が火傷しそうなほど熱くなり、痛いくらいに鼓動が早くなる。

「そ、そんなガキじゃねーよ」

 体の変化に気付かれるのを危惧し、手を振り解いて突っ慳貪に呟く。そんな態度にも雅臣が纏う空気は穏やかなままで、ほっとする。

「おっ、たこ焼き旨そう。リンゴ飴もいいな」
「こら、横ばかり見ていると躓いてしまいますよ」

 出店から食欲をそそる香りが漂ってくる度に視線を巡らす俺を見て、雅臣はクスリと笑いながら注意をしてくる。ほんの数日先に産まれただけなのに、大人の余裕に溢れている雅臣に悔しさを覚える。

「祭りに来たかったのはアンタの方だろ? 大人の余裕ぶちかましてないで、ガキになって楽しめよ」
「ちゃんと楽しんでいますよ。ほら、あれで勝負しませんか?」

 柔和な笑みを、俺だけに見せる意地悪な親友の顔に変え、ニヤリと挑発するように口の端を吊り上げて指差す先には、射的の屋台がある。
 人波を抜けて射的の屋台の前に辿り着くと、ちょうど二人分の銃が空いていた。

「狙いは何だ?」

 料金を店主に払って、受け取った銃にコルクを詰めながら隣の雅臣に聞く。

「そうですね、一番狙い難そうなあれにしましょうか」

 コルクの詰め終わった銃の先を、雛壇に並べられた景品の中で一番小さい、天使を象った置物に向けた雅臣。ガラスで出来ているのか透明なその体は、小さいわりに重量がありそうに見える。

「あぁ、アンタから打ってもいいぞ」
「では、お言葉に甘えて」

 本気で僕に勝てると思っているんですか、と小馬鹿にしているようなニヤけ顔から一転、真剣な眼差しで天使の置物に焦点を合わせる雅臣。キリッとした横顔に、胸がトクンと鳴ってしまう。
 パァンと放たれた音で我に返って雛壇の方を見ると、コルクは天使の頭上を掠め、背後のシートに当たった。

「ほら、次は拓也の番ですよ」

 振り返った雅臣の顔には、微塵も悔しさが浮かんでいない。

「まさか、わざと外したのか?」
「さぁ、どうでしょうね」

 フフ、と意味深に笑う姿に、手を抜いているのだと確信し、すぐに本気を出させてやるからなと睨み付ける。
 銃を構えて焦点を合わせ、ここだと放ったコルクは、雅臣の軌道をなぞるように天使の頭上を掠めて背後のシートに当たった。

「くそっ、もうちょっと下か……」
「次は僕の番ですね」

 悔しがる俺の横で、雅臣が銃を構える。
 パァン、パァンと交互にコルクを放っていくが、なかなか天使には当たらず、最後のコルクはお互い天使に当たるも、倒れるまでには至らなかった。

「くそっ」
「悔しいですね」

 本気で悔しがる互いのガキっぽい顔が可笑しくて、笑い合う。

「なに探してるんだ?」

 再び人混みの中に戻り、様々な出店を眺めながら神殿に向かっていると、何かを探すように頻りに首を振りだした雅臣が気になって訊ねる。

「去年はこの辺りにカラーヒヨコの屋台があったんです。ですが、今年はないようですね」

 あんなに懸命に探していた様子なのに、ないことに安堵したように、ほっと息を吐く雅臣。

「カラーヒヨコが見たかったんじゃないか?」
「いえ、見ていて辛かったので、いないことに安心したんです」

 優しげな微笑を浮かべる顔を見ながら、カラーヒヨコの姿を思い浮かべる。過去に見たことがあるのか、毒々しい蛍光色で産毛を染められたヒヨコの姿が脳裏に浮かんできた。動物虐待とも取れるその姿を見て、雅臣は胸を痛めていたのか。
 ふと、前にもこんな場面を体験したような感覚が沸いてきた。記憶を思い出しそうになっているのだろうか? 脳内のビジョンに映る砂嵐の向こうに、ぼんやりと見える光景を見ようと意識を集中させる。

「くっ……」

 浮かび上がってきた人影の表情が、もう少しで見えるというところで、頭が割れそうなほどの痛みが走り、ぐらりと体が揺らいでしまった。俺の異変に気付いた雅臣が咄嗟に腰を引き寄せてくれたので、倒れるのは免れた。

「悪いな」
「無理矢理、記憶を思い出そうとしたんですか?」

 鈍器で殴られたような激痛が針に刺される程度まで収まって、やっと声を出せるようになり謝ると、酷く怒っているのが分かるきつい瞳に睨まれた。

「無理矢理じゃない。デジャビュっていうのか? なんか前にも誰かとカラーヒヨコについて語り合った気がして、そんなこと考えてたら何か思い出しそうな気がしたんだ」
「痛みが出るということは無理をした証拠です。苦しむ拓也は見たくないんです。お願いだから無理はしないで」

 怒りの表情が泣き出しそうなものに変わっていき、その顔を隠すように俺の肩口に埋めた雅臣が、頼りない声で懇願してきた。忘れられた自分の記憶よりも、俺の体調をいの一番に考えてくれる雅臣に、僅かに残っていた頭の痛みが消える。
 すると、脳が今の体勢を冷静に判断し始めた。抱き締めるように右半身を包んでいる雅臣の温もりが体温を一気に上昇させて、全身が心臓になったみたいに脈打つ。

「わ、分かったから離れろよ。暑いだろ」

 雅臣に触れられて大騒ぎしている体を知られる前に離れなければと藻掻き、腕の中から抜け出す。
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