その男、幽霊なり

オトバタケ

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長月

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『あなたは百本の花を買いました。それを残すため何本かをドライフラワーにすることにしました。何本ドライフラワーにしますか?』

「全て、ですね」

 また問題文を読んで即答した男が、ニヤリと笑う。

「百本全て? アンタ、どんな花を想像してるんだ?」
「黒薔薇です」

 薔薇なら、よくドライフラワーにしてあるし、違和感もないか。
 俺の脳内で咲いているのは、胡蝶蘭だ。
 胡蝶蘭のドライフラワーなんて聞いたことがないし、そもそも枯れた花なんて飾る意味が分からない。

「一本、いや、零だな」
「それでいいんですか?」
「枯れた花なんていらないからいいんだよ。じゃあ診断結果を見るぞ」

 どんな診断結果か分からないが、百と零という両極端な回答をした二人のどちらが泣きを見るのか、楽しみ半分不安半分で診断結果を見る。

『百本のうちドライフラワーにする数は【自分のルックスに対する自己評価(%)】です』 

 診断結果を見て、思わず吹き出してしまう。

「アンタ、本当に自意識過剰だな」
「拓也は過小評価過ぎます。自分の魅力を分かっていなさ過ぎて、酷い目に遭わないか心配です」

 然も当然と結果を受け止めている様子の自己評価百パーセントの男が、俺の自己評価に渋い顔をして余計な心配をしてくる。

「酷い目って、どんな目だよ?」
「聞きたいですか?」
「聞きたくない」

 獲物を狙う猛獣のようなギラリと光る目を向けられて、性的なことを言って俺を動揺させる気なんだと分かり、卑猥な言葉を吐かせないように次の心理テストを読む。

『あなたの目の前に不思議な百合の花があります。あなたはその百合の匂いを嗅ぎます。その感想は?』

 不思議な百合? 百合ってラッパみたいな形の花だったっけ?
 問題文を読んで即答していた男も、不思議な百合のイメージが沸かないのか、目を閉じて考え込んでいる。

「やっとしっくりくるものを見つけた、でしょうか。なかなか気に入る香水がなく、この百合の香りは常に身に纏っていたい僕好みの甘美な香りだったのです」

 香りを想像しているのか、うっとりと目を閉じて口許を弛めた男。
 うっとりするような香りか……。
 ふっと脳裏に浮かんだのは、さっき食べたトロトロチーズの胃を胃液でジャバジャバにする香りだった。
 脳内の不思議な百合から、トロトロチーズの蜜が溢れ出してくる。

「食べたい」
「百合を食べたいんですか?」

 無意識に呟いていたらしい俺の感想に、頭上に疑問符を浮かべた男が確認してくる。

「滅茶苦茶旨そうな蜜を垂らしてるから、全部吸い尽くしたいって思ったんだよ」

 想像したら小腹が減ってきたので次は飲食店に行こうと決め、騒ぎだした腹の虫に少し辛抱してろと言い聞かせながら診断結果を見る。

「はぁ?」

 書いてあった内容に動揺し、用紙を落としてしまった。

「そうですか、拓也は蜜を全て吸い尽くしたいと熱望しているんですね」

 妖艶な笑みを浮かべた男が、俺の唇に触れようと細い指を伸ばしてくる。

「熱望なんてしてない。触るな!」

 男の指から逃れる為、しゃがんで落とした診断結果の紙を拾う。
 見間違いをしているのかもしれないと淡い期待を抱いて、もう一度紙を確認する。

『不思議な百合の匂いを嗅いだ感想は【同性愛への気持ち】です』 

 見間違いではなかった……。
 男の俺が同性愛をする相手は男で、男の蜜と言ったら白いアレだ。

「食べて、出させて、吸い尽くしたいんですね」

 どうして俺が女にして貰うだろうことを、野郎にしなきゃならないんだよ。

「アンタは……」

 男の答えを思い返して、口を閉じる。

「やっとしっくりくるものが見つかりました」

 男は愛しそうに目を細め、誘うように程よい厚みの唇を、さっき俺のそれに触れようとした指でなぞる。
 半透明で空気と変わらないのに、その唇は瑞々しく柔らかそうに見える。

 (食べてみたい)

 一瞬沸いたとんでもない願望に、慌てて男の唇から目を逸らす。
 腹が減っているから、男の唇がゼリーみたいに見えたんだ。
 次が最後の問題だから、さっさと済ませて何か食いに行こう。

「次の問題をやるぞ」

 心理テストの書かれた紙を乱暴に開き、最後の問題を読む。

『あなたは部屋に花を飾ろうとしています。すると花の頭がポロッと取れてしまいました。その時あなたは何と言いますか?』

「ま、いっか」

 取れたものは仕方がない。
 取れた花の頭は、水を入れた器にでも浮かべておけばいい。
 早く腹を満たしたい俺は適当に答え、催促するように男を見る。

「申し訳ありません、ですね」
「花に謝るのか?」
「いいえ。花を愛でるのを楽しみにしていただろう拓也への言葉です」

 なんで俺が出てくるんだよ、と突っ込もうとしたが、時間の無駄になりそうなので止めて診断結果を見る。

「俺は、楽しみになんてしてないからな!」

 診断結果を見て、思わず叫んでしまった。
 このテストは、やはりハズレだった。
 男が選んだのだからこういうテストになってしまった、と考えると腑に落ちるのだが……。
 診断結果の用紙に書かれた悍ましい文字を睨む。

『頭が落ちた花に対する言葉は【あなたが不能になった時に言う言葉】です』

「拓也は、簡単に諦められるのですね」
「アンタとは違うから、別にやれなくたって問題はない」

 元々淡白で自慰も二週間に一回事務作業のように済ますだけだし、心も体も自分の全てを晒け出してまで他人と交わって快感を得たいなんて思わない。
 雄としては失格かもしれないが、野獣のように盛って犯罪紛いのことをする奴なんかよりは、まともな筈だ。

「一度味を覚えてしまったら、そのようなことは言えなくなりますよ」
「まだ味わったことがないみたいに言うな!」

 味わったことはないし、味わいたいとも思わないが、経験がある方が偉いと言わんばかりの上から目線が頭にくる。
 どうせアンタはドレスの女を始め、幾多の女と宜しくやってたんだろ?
 胃がムカムカする。腹が減り過ぎている証拠だ。
 早く胃を満タンにして、このどうしようもない苛立ちを治めたい。

 パンフレットを見て、がっつり食える店はないか探す。
 二年にカレーを出すクラスがある。そこにしよう。

「調教し甲斐がありそうですね」
「はぁ? ペットでも飼う気か?」

 カレー店の隣のクラスがやっているペットカフェの文字が目に入ったのだろうか。
 カラーヒヨコの一件もあるし、やはり男は動物好きなのだろう。
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