その男、幽霊なり

オトバタケ

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迷走の果てに

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 部屋に入った雅臣は、少しでも時間を稼ぎたいというように奥まで歩いていき、ベッドに腰掛けた。はっきりとは覚えていないが、ここで眠っている時に風間に術を掛けられたんだよな。自分の犯した罪に胸が苦しくなりながらも、雅臣の隣に座る。

「周りの方々に、拓也には僕の所在を伝えないで欲しいと頼みました。記憶を取り戻したばかりで混乱しているのに、祖父が亡くなったと伝えて心配させたくないから、と」

 静かに語り始めた雅臣。俺を気遣っての行為だったのか、と考えていると、何かを決意するように大きく息を吸き、頭を抱えて俯いた。

「本当は、拓也に嫌われるのが怖かったんです。拓也が倒れた時、全ての記憶が戻ったのだと瞬時に分かりました。僕との関係を忘れて偽りの恋人を愛しそうに見つめる拓也を、怒りに任せて乱暴に抱いてしまった」
「それだけショックだったってことだろ? そんな風になるくらい俺を愛してるんだって分かって、嬉しいくらいだ」

 記憶が戻った今、あの行為にちっとも嫌悪を抱いてはいない。だが雅臣は、違うんだと言うように左右に頭を振り、躊躇いながら口を開く。

「僕を貶めたいために仕組まれた茶番で拓也に辛い思いをさせ、ただ幸せを掴みたかった少女の命を奪ってしまった。だけれど、多くの犠牲を払ってでも、拓也と幸せになりたいと思ってしまった。全てを思い出した拓也は、自分本意な僕を知って軽蔑するに違いないと怯えました。別れを切り出されるのが怖くて、拓也の前から逃げたんです」

 雅臣も俺と同じ恐怖を抱き、捨てられることに怯えていただなんて……。その気持ちは、好きで好きで堪らず、絶対に離れたくないから抱くものなんだ。

「それは俺も同じだ。人を不幸にした俺が幸せになってはいけないと思った。だけど、雅臣が誰かのものになるって思ったら、いてもたってもいられなくなって、幸せを奪い取ってやろうと思っちまった」
「拓也……」

 最期の審判が下されるのを待つように俯いていた雅臣が、縋るように俺を見る。

「アンタの表情や言動を思い出すと、凄く悩んでたんだろうなって分かる。辛かっただろ?」
「たく……」

 赦されたことに感謝するような、掠れた声。青い瞳が、海に還るように濡れていく。

「胸貸してやるから、存分に甘えろ」

 俺の胸に顔を埋めた雅臣が、コクコクと頷く。静かな嗚咽に、俺の目頭も熱くなってくる。

「もしもーし、晩ごはん持ってきたんだけど、入ってもいい?」

 ノックと共に、桃井先輩の声がする。
 いつの間にか夜の帳が下り、二人を闇が包んでいた。だが、絶望を感じる闇ではない。必ず朝が訪れることが分かる、一時の休息を与えてくれるような闇だ。

「俺が出るな」
「お願いします」

 恐怖や不安や絶望、全てを吐き出すように、長いこと泣いていた雅臣の目は腫れているだろう。他人にそれを見られるのは嫌だろうし、俺も見せたくない。雅臣の弱い部分を見てもいいのは俺だけなんだ、という独占欲が沸いてきたんだ。
 ベッドから降りて扉に向かい、桃井先輩が運んできてくれたワゴンを受け取って室内に入れる。部屋の灯りを点けてくれた雅臣が近付いてきて、二人掛けのソファーの前に置かれたテーブルに、ワゴンに載せられていた夕飯を並べていく。

「意外に庶民的なメニューだな」

 テーブルの上のカレーライスとフルーツポンチを見て、呟く。一条の元シェフである茜さんの料理のような、フレンチのフルコースが出てくるのかと思っていたのだ。

「明日の昼に婚約披露パーティーがあるんです。その準備で厨房はてんやわんやなんですよ」

 雅臣が苦笑しながら教えてくれた。この一週間、屋敷に缶詰だった雅臣は、戦場のようなその状態を知っているのだろう。

「いただきます」

 口に入れたカレーは、ちょっと高級感の漂う大人の味で旨かった。雅臣が隣にいるという安心感で食欲が戻ってきたのか、カレーを口に運ぶスプーンの動きは止まらない。

「拓也」

 デザートのフルーツポンチも食べ終わり満腹の腹を摩っていると、さくらんぼを歯に挟んだ雅臣が俺を呼んだ。欲情に濡れた青い瞳に、すぐに意図を察する。
 雅臣の胸倉を掴んで引き寄せて乱暴に唇を重ね、さくらんぼを奪おうと舌を伸ばす。そうはさせるかと、口内に隠してしまう雅臣。いつも雅臣にされているように口内に舌を這わせ、さくらんぼを探す。
 隅々まで舐め回したあと、舌の上に載っているさくらんぼを見付けた。それを奪い取ろうと舌を伸ばすと、犯人確保というように雅臣の舌が絡まってきた。激しい絡み合いで潰れたさくらんぼから甘酸っぱい果汁が溢れる。初恋を連想させるような味に胸がときめき、更に口付けの濃厚さが増す。

「もしもーし、食べ終わった? そろそろ、お風呂の時間だよぉ」

 扉の外からする桃井先輩の声でキスをやめ、熱くなった体を抱えて廊下の奥にある風呂場に急ぐ。
 剥ぐように服を脱ぎ入った浴室は四畳くらいの広さがあり、ジャグジー付きの丸い湯船がある。洋画のラブシーンに出てきそうな浴室に、下腹部が更に熱くなる。

「拓也……」

 雅臣が興奮を隠さない掠れた声で囁きながら、石のように硬くなったモノを臀部に押し当ててくる。振り返り、先程の続きのような濃厚なキスを交わす。二人の唾液が絡まる淫らな水音が浴室内に反響し、鼓膜を犯してくる。
 ゆっくり丹念に互いを確認したいのに、逸る気持ちが抑えられないのか、大きな掌が性急に全身を這ってくる。そんなに余裕がないくらいに欲しがってもらえ、嬉しくて堪らない。熱烈な激しさと、温かな穏やかさの混在する胸に、言い表せないほどの幸せを感じる。
 酸欠寸前まで塞いでいた唇を離した雅臣は、それを背中に押しあて始めた。押しあてては吸い上げ、押しあてては吸い上げを繰り返してきて、背中全体にピリピリと痛みが走る。桜吹雪を背負うように、背中一面に雅臣の所有の印が刻まれているのだろう。二人で見上げた幻想的な桜や、漆黒の空に咲く桜色の花火を思い出し、頬が弛んでいく。

「雅臣、もういいから、早くひとつになりたい。アンタをもっと感じたい」

 俺を気遣い、優しい手付きで後ろを解してくれている指を掴み、お願いする。

「拓也……。繋がって、満たされなかった想いを埋めあいましょう」

 ゆっくりと雅臣が挿ってきて空洞が埋まると、心の凹みも埋まっていった。

「んっ……まさ、おみぃ」
「はい。僕は此処にいますよ。心も体も、ずっと拓也の傍らにいます」

 突き上げられて揺れる脳に、二人で過ごしてきた日々がスライドショーで流れていく。

 抜かずに二度達し、湯船で疲労した体を温めて部屋に戻り、一緒にベッドに入る。抱き枕のように雅臣に引っ付くと、クスクスと嬉しそうに笑いながら髪を梳いてくれる。

「そういや、千鶴さんの婚約者って誰なんだ?」
「明日になれば分かりますよ。だから、今夜はもう眠りましょう」

 明日は、朝から千鶴さんの新総裁就任の発表があり、昼から婚約披露パーティーがあるそうだ。
 捨てられる恐怖に怯え疲れきっていた心と体は、心地好い温もりで癒され、すぐに眠りに落ちていった。
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