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第三章 アイリス四歳

その1 四歳になりました

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 あたし、アイリスは、三歳の「魔力診」と、そのあとにいらしたお医者さま、エルナトさまの診察を受けてから、ものすごく眠くなって……とてもたくさん眠った。

 眠って起きたら、すっきりして、体も軽くなっていて。
 けれど、なんだか、おちつかなかった。
 何かを忘れているような気がしたの。

 どうしても、思い出せないまま。
 年中行事がラッシュで押し寄せてきたわ。
 お父さまとお母さまに「このうちに生まれてよかった、幸せです」って伝える日でしょ。
 それから、エステリオ・アウル叔父さまのお誕生日。
 叔父さまの希望で、家族だけで静かにすごそうって決めていたんだけど、その夜、親友で、お医者さまのエルナトさまがいらしてくださって、大魔法使いのカルナックさま、叔父さまの先生のコマラパ老師もいらっしゃったから、我が家は大騒ぎでした。だってエルナト・アル・フィリクス・アンティグアさまは、大公さまのご親戚の、有力な、お貴族さまだったの!
 うちは豪商、とかだけど、お金持ちなだけで、貴族じゃないから!
 お出しする料理に困ってしまってた、料理長。

 そしたら、見かねたカルナックさまが、魔法みたいに豪華なお料理を並べてくださって。
 驚き!
 どこから出したのかしら?

 カルナックさまとコマラパ老師さまは、とても楽しそうでした。

 それから、まだまだいろいろイベントがあって。
 古い年を送り出して、新しい年を迎える行事が、一番賑やかだったわ。
 大きな木の下で、たき火を囲んで、みんなで贈り物を交換するの。

 でも、年中行事は、毎年、あるから。
 くわしいことは、また、そのときにね!

 そんなこんなで、あわただしく過ごした毎日です。


 あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、みんなに愛され、すくすく育って、四歳になりました。
 
 だけどまだ、おうちの外に出たことはないの。
 
 五歳か六歳くらい……七歳になるまでの間に、お客様をお招きして、ぶじに育ちましたという『お披露目会』の晩餐をするのがならわし。
 それまでは、おうちの中で遊んでいなさいって、お父さまとお母さまに、厳重に言いつけられている。

 ちょっとお外に出てみたいな、ってお願いしてみたことがあるの。
 そしたら、大騒ぎに!

「外は危険なのよ! もし万が一、アイリスの身に何かあったら、わたしは生きていられませんわ!」
 お母さまは、おろおろ。

「わたしは敵と差し違えてでも!」
 お父さま、敵って。何を想定しているのかな?

「わたしは身を盾にしてでもアイリスを守ります」
 エステリオおじさま。自分を犠牲にするって考えは、どうなの?

「あ、あたしも! 絶対にお嬢さまを守りますっ!」
 ローサと。

「わたしもですよ!」
 乳母やのサリー。
 お母様の実家からの紹介でやってきた乳母や。

 あたしはもう乳幼児じゃないけど、引き続き、お世話係として住み込んでくれているの。
 ローサには、メイドとしてほかに仕事もいっぱいあるしね。

 それにローサの他にも、あたしからいつも目を離さないで見守ってくれているメイドさんがいる。
 サファイア=リドラさんとルビー=ティーレさん。
 とっても頼りになる二人なの。特に、リドラさんは、カルナックさまにお借りしているあたしの従魔「クロ」と「シロ」の扱いが上手で、他の人の言うことには従わないクロとシロが、子犬みたいにクーンって鳴いて、おなかを見せて服従する。
 ……ということは、リドラさんは、ものすごく強いのでは?

「だめだめお嬢! 外に出るのは、まだまだだよ!」
 こう言ったのは、ルビー=ティーレさん。ちょっぴり乱暴な物言いをするけど、ほんとは、すごく優しいの。


 みんなが心配してくれるのはとてもうれしい。
 感謝しているわ。
 だけど、家の人たちがみんな、心配しすぎ?
 過激すぎない?
 なんか違う気がするのは、あたしだけ?

「お嬢さま。お外の風は、幼いかたのお身体によくありません。どのおうちのお嬢さまも、お披露目会より前に外出したりなど、なさいませんよ」
 きっぱりと、おごそかに宣言したのは、メイド長のエウニーケさん。

 家にいる人全員が同じ意見だから、方針が変わることはないだろうな……。

 おうちで遊んでいるのは、いやじゃないけど。

 お友達もいないの。
 守護妖精たちが、ともだちで、せんせいで。
 さびしくは、ないはずなんだけど。

 夜明けに目が覚めてしまったりすると、ふと、なにかを思い出すような気がするの。

 あたしは、だれ?
 もっと小さいころは、夜中に泣いて、なだめに来てくれたおじさまを困らせたりしていたんだって。
 いまは、よく覚えていないけれど。

 前世の記憶があるのかも、と。
 ふっと、もらしたのは、乳母やのサリー。

 昔からのいいつたえ。

 何千人か、何万人かにひとりくらいの割合で、前世を記憶している子どもがいるって。
 ここではない、どこか別の世界で生きた記憶を持ったまま、生まれてくることがある、っていうお話し。

「サリー、あたしも、そうなのかな? でも、よくおぼえていないのよ」

「そういうものなんですよ、お嬢さま。その子たちも、大きくなるにつれて、ほとんどの人は、前世のことはすっかり忘れてしまうそうですよ」

「ほとんど?」

 だったら、忘れないで大人になる人も、いるのかしら……?

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