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第38話 勇者、真実に向き合う

〜1〜

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 ゼロ番街が突然の廃業を宣言してから1週間が過ぎた。
 最初の2、3日はホーリアに宿泊している客から文句が出たが、リコリスがそれなりの金を払って黙らせた。
 普通ならもっと文句を言えばもっとお金が貰えるのでは?と考える奴が一定数出て来るが、相手は魔術師集団だ。
 金で解決しようと常識的なことを言う方が逆に不気味で、観光客たちは有難く寸志を受け取って大人しく観光をして帰って行った。
 そして、従業員への説明も支配人から直々に行われたらしい。
 この場所が危険に晒されるから客も従業員も身の安全を保障できない、と避難を呼びかける内容だったとペルラに教えてもらった。
 従業員たちが全員素直に納得したわけではないだろうが、充分な金額の保証が支払われ、希望者には再就職先の斡旋までしてくれるという。文句の付け所が無い幕引きだ。

「で、ペルラはどうするんだ?」

「しばらくお金に困らないし、ゆっくりしようかな」

 チコリに尋ねられて、メイクをしていないさっぱりとした顔のペルラはコロッケの油でてかてかの唇で答えた。
 退職記念に俺が奢ったものだが、ニーアも店員のはずのチコリも、俺の金で自分の分を買って食べている。

「そんなに沢山貰ったの?」

 店のカウンターから身を乗り出してチコリが興味津々に尋ねると、ペルラは金額こそは口に出さないものの満足そうに頷いた。
 ゼロ番街の廃業が決まってからここ1週間、ペルラはずっと泣きはらしていた。
 ニーアと俺とミミーとチコリと総出で慰めていたが、ようやく気が晴れたようだ。

「御姉様にいっぱい謝られちゃったし、お金も貰ったし。いい加減元気にならないとね」

「それなら、その金を元手に商売を始めたら?」

「そうね。御姉様の後が継げないのは残念だけど、あそこで営業を続ける店もあるし。考えてみようかな」

「でも、支配人が契約を破棄して全店撤退って聞きましたよ。あの土地は使い続けていいんですか?」

「知らないわよ。言う事を聞かない魔術師もいるんでしょ」

 ゼロ番街は閉店作業と引っ越し準備のために魔術師はまだ残っているが、支配人の契約が無い今、残った奴等は本物の不法侵略者だ。
 国か市がそれに気付いたら、奴等が完全にいなくなるまで俺が追い払わないといけなくなるだろう。
 余計な事を言われないようにあんまり市役所に顔を出さないようにしよう。そう決心したのに、ニーアが時計を見てベンチから立ち上がった。

「勇者様、そろそろ時間ですよ」

 俺が無言のままやり過ごそうとしたのに、ニーアは俺のマントを掴んで容赦なく歩き始めた。
 ベンチから転がり落ちる前に、渋々ベンチから立ち上がってニーアに続く。
 リコリスが死体を回収したから、ニーアが呼んで来た市役所の夜番に嘘を言うなと叱られてその場は終わった。
 しかし、ゼロ番街が営業を辞めてようやく俺の言う事を信じる気になったらしい。
 オグオンには報告済だし、こっちの方で片付けるからと説明したが、市の生活安全課が納得してくれない。勇者が対処してくれるのは有難いけれど、市は市の方で対処をしたいようだ。しかし、俺に迷惑をかけない範囲でやってほしい。
 そう言うわけで、今日は事情聴取に呼ばれていた。
 理由を付けて何度かリスケをしたが、ニーアを通して予定を入れられては逃げられない。

「大丈夫ですよ。誰も勇者様が犯人だとは思ってないですから。国に報告したのと同じ事を言うだけですよ」

「それが嫌なんだ」

 報告書を作って1時間後には提出したのに、どうして同じことを今更口頭で説明しないといけないんだ。
 どうにか逃げられないかと考えていたが、市役所の建物に近付いていると違和感に気付いた。
 元々魔力が少ない人間が多く住んでいるホーリア市内は、魔術師が多い9thストリートとゼロ番街を覗いて魔力の気配を感じることが殆ど無い。
 市役所の辺りは街の中心だから魔力は殆ど感じないはずなのに、庁舎の前に立つと強力な魔力に飲み込まれた。

「海だ」

「……何がですか?」

 ニーアは気付いていないらしく、足を止めた俺に不思議そうに尋ねて来る。
 魔力の気配には匂いに例えられるようなそれぞれの特徴が微かにあるが、これだけ大量の魔力だと匂いなんてものではなかった。
 潮の味がする風や砂に擦れる波音がはっきり感じられるくらいの気配だ。
 しかし、俺にとっては馴染みがある不快なものではないはずなのに、何というか、古い廃屋を開けたら虫が襲い掛かって来るかび臭い空気のような、頼んでいないのに他人の家の糠床を目の前で開けられたような、とにかく不快になるような漂い方だった。

「新しく魔術師を雇ったのか?」

「いいえ?聞いてませんけど……」

 以前にポテコが、市役所には船乗の家系の魔術師がいて、あそこの家系は魔力をまき散らして下品だとか言っていたことを思い出す。
 ポテコは俺よりも優秀な魔術師だから、この気配が薄い時からずっと気付いていたのだろう。
 他人の魔力に酔いそうになりながら、出所を探して市役所の中を進む。魔力の洪水をかき分けるように進むのは、海の中を潜って行くのと似ていた。普通の魔術師は自分以外の魔力が馴染まなくて嫌うから、ポテコだったら一歩も進まなかっただろう。

「勇者様、大丈夫ですか?」

 ニーアに尋ねられて、俺は返事が出来なかった。
 これだけの魔力がある魔術師がホーリアに以前から住み着いていたのは脅威だ。特に今はゼロ番街が無くなってホーリアの味方になり得る魔術師が減っている。
 魔力を垂れ流しているということは、身を隠すつもりはないということだ。今、強力な魔術師が敵として現れたら厄介だ。
 どんどん濃くなる魔力に、魔術師ではない俺でも気分が悪くなってくる。吐きそうになりながらギリギリで、市役所の使われていない会議室に辿り着いた。
 覚悟を固めて、ニーアを下がらせてからドアを開ける。
 灯りが点いていない会議室の中で、椅子を並べて作った仮設ベッドで誰かがうつ伏せに寝ていた。
 ドアが開いたのに気付いて、俺が声を掛ける前に顔を上げる。

「……なんすか?」

 寝起きで最高に機嫌が悪そうにウラガノが答えて、魔力が更に濃くなった。
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