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第2章

予知夢、そして執着 2

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 レナルド様が、また自分の身を顧みずに、危険に飛び込もうとしている予感は、おそらく現実になる。

 でも、聖女の力を失ってしまった私には、もはやレナルド様を助け出す術がない。

「レナルド様……」
「あら、想い人の名前かしら?」
「想い人?」

 ナオさんの言葉で、我に帰る。
 確かに、この世界で一番好きな人と言われて、唯一浮かぶのは、レナルド様だ。でも。

「……身分が違いすぎます」
「そう? 好きな気持ちと身分は、関係ないと思うわ」
「……職務に忠実なだけで、私のこと好きなわけじゃないと思うんです」
「片想い? 素敵だわ」
「いつも無理ばかりして。でも、私はもう、力になれないんです」
「あら。逆に言うと、力になってくれるから、あなたはその人のことが好きなの?」

 ナオさんの言葉は、私の心にズズッと刺さってくる。そう、認めよう。守ってくれるからじゃない。私のこと好きになってもらいたいからじゃない。ましてや身分なんて関係なく。

 レナルド様が、好き。
 そうか。好きなんだ。
 形のなかった想いが、急にハッキリとしてくる。

「リサさん。あなた、本当に、ここにいて良いの?」

 ナオさんの質問は、ここ数日繰り返してきた、私の気持ちそのものだった。
 簡単な回復魔法しか使えなくても、少なくともまだ、魔力は膨大で、軽症の人なら、きっといくらでも治癒できる。

「シスト? あなたも、あまり愛し合う二人を掻き回すものではないわ」
『気がついていたの。僕の姿、箱じゃないんだけど』
「分かるわ……。大事な相棒だったのだもの」

 キョトンとしている私をよそに、二人の会話は進んでいく。

「シスト、ここ数日で聖女の力が急に強くなっているわ。予言は早まったのね? 私でも、そこそこの結界は張れそうよ」
『力を使ったら、愛する人に、名前を呼んでもらえなくなるよ。菜緒』
「もう、その人はいないわ」
『そっか。……幸せだった?』
「ええ、もちろん」

 なぜか、ナオさんが、聖女みたいな話になっている? 
 でも、それなら、納得できることが、沢山ある。

「私の名前を呼べるのは、この村でナオさんと、シストだけ」
「そうね。黙っていて申し訳なかったわ。でも、私には、あなたが今代の聖女なのだとすぐに分かった」
「もう、聖女じゃないんです」
「それはどうかしら? あなたはまだ聖女だわ。その証拠に」

 チラリと、ナオさんが見たのは、珍しく神妙な雰囲気のシストだった。

「村人は、あなたの名前を呼ばない。そして、封印の箱と、いいえ、その中身と共にある」
『中身って……。人をモノみたいに言わないで、菜緒』
「ふふっ。こんなに可愛らしかったのね?」
『本当の姿じゃないけど』

 魔人が、聖女の名をなくしただけで、満足するとは思えない。半分だけ、目的を達成したと言っていた。

 レナルド様の元に帰ろう。
 名前を呼んでもらえるとか、もらえないとか、好きとか、好かれてないとか、そんなことよりも。

 レナルド様の力になりたい。
 そばにいたい。

 レナルド様のあんな冷たく硬質な声、諦めたような言葉、そんな状況にあなたが身を置くなんて、私は許さない。

「私っ」

 王都に戻りますという一言を告げる前に、地響きとともに揺れた地面。私は、尻餅をつく。

『ああ。ちょっと、決意するのが遅かったね?』
「……シスト?」
『制約があるから、分かっていても伝えられないってツライね。でも、多分もう、レナルドは王都にいない。だから、転移魔法で会うのは、もう不可能だ』

 そう、シストは魔人が来ることを知っていた。この後起こることも既に知っている。でも、言えないのだ。それは制約のせい。

『ごめんね』
「ごめんなさい!」
『は?』

 私は、勢いよく、シストに頭を下げていた。

「シストは、制約のせいで、事前に伝えることができなかったのね? ごめんなさい。少しだけ、あなたのこと、疑っていたの」
『いや、理沙はもっと人を疑った方が……』
「ありがとう。そばにいて、私の名前を呼んでくれて」
『……あーっ、もう! 聖女ってみんな、どうしてこうなんだ!』

 この地響きが、揺れが、普通のものではないと、聖女でなくなったはずの私に、なぜか残っているほんの少しの力が、警鐘を鳴らす。

 それと同時に、予想する未来は、確信に近い。

 この地響きの原因は、魔人に関係する。そして、解決のために動く未来に、レナルド様との接点があるのだと、

「……中継ぎ以外の聖女は、ほとんどが、魔人や魔獣との戦いで命を落としているわ。……それでも行くの?」

 ナオさんが、告げる言葉は、おそらく事実だろう。それでも私は、ニコリと笑って頷く。
 聖女として生きる未来、レナルド様の隣に立つ未来に、もう躊躇いはない。

 その時、一瞬だけ、私のステータス、猫の爪に傷ついた聖女の文字が、ぼんやりと桃色に光ったことに、シスト以外誰も、気づくことはなかった。
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