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第1章

おかえりなさい。

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 膝枕をしながら、そっとディオス様の髪を梳く。サラサラとした淡い金色の髪の毛が、光を反射する。

 上半身を起こしたディオス様は、私の瞳を覗き込んだ。そういえば、ガルシア国王陛下は、私と同じ瞳の色をしていた。

 幸せそうな暮らす、ガルシア国の多様な種族の人々。ガルシア国王陛下も、魔王と呼ばれるような人には見えなかった。

「俺は、魔王の手先になった裏切り者です」

 それなのに、ディオス様は、もう一度私を抱きしめて、そんなことを言う。

「それなら私も、一緒に裏切ることにします」
「……リリーナ?」
「何か理由があることくらい、わかります。そんなにボロボロになって、何をしようとしているんですか?」
「……それは」

 そのあと訪れた、長い静寂は、きっと理由を話さないという意思表示なのだろう。
 それでも、間違いなくディオス様が、ベールンシア王国を離れた理由には、私が関係している。
 もし、もしも関係してなかったとしても、こんなに傷だらけになりながら、戦い続けているディオス様を一人にするなんてもうできない。だって、生きているって、傷ついているって知ってしまったから。

 私は、ディオス様の背中に手をまわして、抱きしめ返した。
 自分から、抱きしめてきたくせに、ディオス様は、ひどく動揺したように肩を揺らす。

「――――嫌です」
「リリーナ? いったい何が」
「こんなの……。ディオス様が、こんなに傷ついているのに、何もしてあげられない」
「え……?」
「ディオス様、こんなに傷だらけになったら、私も、痛くて苦しいです」

 肩をつかんで、引き離される。
 泣かないつもりだったのに、涙が出て止まらない。
 どうしてですか。どうして、そんな風に、傷つく道を選ぶんですか?

「う……うくっ」
「泣かないで欲しい……。俺は、平気だ」
「平気じゃないです。平気なはずないです」

 ディオス様は、優しい人だって知っている。
 誰かのために、自分が傷つくのなんて、平気な人だって。
 でも、傷がつけば痛い。誰にも理解されなければ、苦しい。

 ガランド兄様も、言っていた。誰かが止めないと、ディオス様はいつも誰かのために一番前で戦ってしまうって。それは、今も変わらない。気が付かないままに、ずっと一人で戦わせてしまった。

「死んでしまったと思っていたんです……」
「――――そのように、勘違いするように俺が仕向けたんですよ」
「ああ、でも、今はそんなことどうだっていいんです。だって……。ディオス様、知っていました?」
「何を……」

 涙がとめどなく零れ落ちる。ディオス様がいなくなった時、私の心は死んでしまったと思っていたのに。ディオス様が傷ついていることを知ってしまった瞬間から、また嘘みたいに心がひどく痛くて苦しくなるなんて。

「私が、ディオス様がいないと、ダメになってしまうなんて」

 南の海の色、これでもかというほど見開かれた瞳。
 私の中では、こんなにも当たり前のことが、まったく伝わっていなかったことに、もどかしさを感じる。
 守護騎士として、そばにいてくれるのが当たり前になっていた。
 ずっとそばにいてくれると、無条件に信じていた。

「――――それは、どうして」
「本当にわからないんですか?」
「俺には、そんな価値がない」
「どうしたら、伝わりますか? 私にとって、ディオス様は、心の一部なんだって」

 ディオス様の胸をそっと押しのけて、うつむく。
 こんなの、私の一方的な思いを、押し付けているだけだ。
 もしかしたら、拒絶されるかもしれない。でも、それでも伝えたい。

 どうして、伝えなかったのだろうと、悔やみ続けていた。
 三年間、何度も繰り返し、もう一度チャンスがあれば絶対伝えるのにと、後悔していた。

「私は、ディオス様のことが、誰よりも、す……」

 その瞬間、伝えかけた大事な言葉とともに、唇が奪われる。
 押しのけていた力が、抜けていく。ゆっくり離れていく、唇のぬくもりが、名残惜しくて。切なくて。

「――――愛しています。でも、俺はこれからも変われない」

 うん、たぶん三年前の私だったら、その言葉に絶望した。
 でも、今の私にとっては……。

「嬉しいです。私も愛しています」
「――――三年かけても、あなたを閉じ込めて守る以外の方法を、見つけることが出来なかった」
「それなら、ここに帰ってきてください」
「リリーナには、日差しの降り注ぐ明るい場所が、似合うのに。それでも……」

 十分だ。ディオス様が、何を抱えてしまったのかは分からない。でも、そうやって守ろうとしてくれていたことが分かって、悲しいのに嬉しい。

「お帰りなさい、ディオス様」
「――――ただいま、リリーナ」

 やっと、本当に私の元に帰ってきてくれたディオス様を、私は強く抱きしめる。
 きっと、初めて会った時みたいに泣いているだろうディオス様も、縋り付くみたいに私のことを抱きしめ返してきた。
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