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勘違いだらけの夜(1)

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「琴子!」

 ぞくりと胸を焦がす鼓動が始まり、身体中がアルコールとは違う熱に犯される。

 頭が真っ白になて、私は一歩も動けなくなった。

「こんな所にいたのか」

 肩を掴まれて、私はその声の主に抱かれる。

 私を引き寄せたのは樹さんだった。

「え、お前誰」
「私は彼女の恋人だ。だいぶ酔っているようだから、私が送ろう」

 ホテルに誘った男性の手を樹さんが解く。

「――帰るぞ」

 そして有無を言わせぬ低い声で囁き、私の肩を抱いたまま来た道の反対側を歩いた。

 何が起こったのだろう。

 一つ一つが衝撃的過ぎて、私は思考を放棄したくなる。

「樹さん、どうしてここに……」
「電話している最中、知っている駅の時計の音が聞こえた。近くにいるだろうと思って探して正解だった」
「あれだけでよく分かりましたね」

 駅前にある時計の音を聞いてすぐにここに来たのだろうか。

「だいたいの場所しか分からなかったから、近くにいる人に聞いたんだ。間に合ってよかった」
「……どうしてですか?」
「どう見てもあれはホテルだろう」
「そうですけど……それがどうして間に合ったって話になるんですか」

 肩を抱いていた手の力が強くなる。

 私は樹さんの顔を見る気になれなくて俯いた。

 助けてくれなくても良かったのに。

 衝動的に酷い言葉をかけてしまいそうだ。

「琴子はさっきの男とどうなっても良かったのか?」
「…………そうです」
「遠目から見た時、途中までは嫌がる素振りをしていたように見えたが」
「まあ、いいかなって」
「ならばもし私がそこに行こうと言っても、琴子はそれで済ますのか」

 樹さんの問いに答えられない。

 はい、ともいいえ、とも言えなかった。

 はっきりしない私に苛立っているのだろうか。重い沈黙が続き、耐えられなくなりそうだった。

「なら行くか」
「……どこですか」
「琴子は朝帰りがしたいのだろう」

 身体が一層熱くなる。すべて溶けて消えてしまいたくなった。抵抗らしい抵抗一つできないまま、先ほどのホテルの雰囲気とは真反対の明るく大きなホテルに連れて行かれる。

 待ってください、とか家に帰りましょう、とか何か言おうと考えるのに何も言わないままホテルの部屋まで入ってしまった。

 ガタン、と分厚い戸が閉まるとじりじりと迫っていた緊張感が一気に深い場所まで襲いかかる。

 私の肩を抱いていた手が動き始めた。背中は壁に押しつけられ、顎を掴まれる。俯いていたのを無理矢理に持ち上げ、声を出す間もなく口は塞がれた。

「んっ……」

 苦しい。一欠片も余裕を感じないキスだった。

 くぐもった声を漏らし、私は鼻で息をしようと試みる。

「あっ……む、――っ」

 息をしようと緩みかかった口に舌が侵入した。口付けというよりは貪られている。終いにはじゅっと唾液を吸い出され、飲まれてしまう。

 とんとん、と樹さんの胸を叩いても、むしろ身体との距離を詰めるだけ。ぐいぐいと胸をプレスさせられ、必死で彼を受け入れた。

「あ、あの……樹さん……」
「ああ。腰に力が入らなくなったか。ベッドでしよう」

 部屋には広々としたベッドがある。二人なんて余裕で入れる広さだ。テレビや浴室には目もくれず、一直線でベッドに連行される。

「加減ができそうにないから、先に脱ぐか」

 言いながら樹さんは私のスカートに手をかけ剥ぎ取ると、ストッキングも脱がせようとする。

 情緒のない光景のはずなのに、彼の手が直に触れ、下腹部に意識が行ってしまう。

「さっき腰がピクってしたね」

 目敏く見つけられ、太股に熱い指が這った。

「琴子はここを撫でられるだけで、何を考えてしまったんだろうね?」
「あっ、何も……ン」
「本当か?」

 確かめるように彼の指が内股に向かう。

 私は触られていないはずの股に熱い汁が滲みそうになって股を閉じた。

「ほぉ」

 樹さんの目が鋭く光る。

「私以外ともしたのか?」
「してない、です」
「どうだろう。琴子は流されやすい」
「う、あッ」

 ストッキングを脱がし終えると、樹さんの頭が太股に近づいた。股を閉じたくても既に遅い。頭を挟むわけにもいかず戸惑っていると、内股の柔らかい皮膚を吸われる。鈍い痛みに私は強く目を瞑った。

「しょっぱいな」
「汗……が……」

 合コン中はほとんど畳の上に座っていた。スカートの中が薄らと汗をかいていてもおかしくない。

「せめてシャワーを……」
「終わってからでいい」

 再び、内股を吸われる。今度はさっき吸った場所とは違う場所だ。

 樹さんが唇を離すと二つの赤い跡が見える。それを指でなぞり、再び違う場所を吸い始める。

 ちゅ、ちゅ、と音を立てて吸ったり舐めたりされていくうちに、切なくなってきた。

 彼は下着には絶対に触れてこない。その付近のみを執拗に跡を付け、色のついたそこを見て満足そうに触れる。

「あっ、も、もう」

 股の間に樹さんの顔が近づいていく。びくりと腰が跳ねると、彼は喉を鳴らして笑った。

「琴子はすぐに反応するね。まだ股しか触ってないはずなのに気持ちよくなってる。こっちもしようか」

 樹さんは顔を離すと、ブラウスのボタンを外していく。私はその手を邪魔しない。そんなことをしたら、もっと焦らされてしまいそうだ。

 パンツにシミができていないだろうか。

 たとえ濡れていなくとも、ほんのすこし指で切れ目をなぞられるだけで大きな水溜まりができるだろう。それくらい私の中はぐちゃぐちゃだった。膣に力を入れるだけで、ぬるりと入り口が滑って感じてしまうくらいに。

 ブラウスを脱がされると、ブラジャーを着けたまま樹さんは胸の露出している部分に唇を当てる。

「んぅ」

 吸われる、と思って身構えたのに期待したものはやってこない。

 やわやわとした唇に数回キスを落とされた。股にした時とはまるで違う優しい愛撫。いっそもっと激しくして欲しいとねだりたくなるくらいに焦れったい。

「い、樹さん……」

 アルコールで身体がふわふわする。

「ろれつが回ってないね。飲み過ぎだ」
「こんなに飲むつもりじゃなかったんです……よ……」

 自分のペースを守れたなら、酔うことはない。それなのに合コンではどんどんペースを崩される。

 周りの勢いに押されて、まあ大丈夫かななんて思ったことが間違いだ。

「一緒にいた男とは飲み屋でもいたのか」
「……はい」
「二人で?」
「違いますよ。他にも人はいました。名前はもう、覚えていないんですけど……」
「全員初対面か」
「そうです」
「そんな所にどうして行った」
「友達に失恋したって伝えたら、行くといいって……それで……」

 違う、これは言わなくてもいいことだった。

「じゃなくて、えっと……」

 他に当たり障りのない理由はないか、頭を動かそうとするが考えがまとまらない。友人との会話を思い返す。何とか使える部分はないだろうか。

「忘れたいことがあるので、好きな人を作るといいって」

 そう、これだ。その言葉がぴったりだ。嘘ではないので良心も痛まない。

「つまり失恋したことを忘れたいから、好きな人を作りに合コンに行ったということか」

 ばっちり見破られている!

 驚きすぎて肩がびくりと上がる。それに目を見開いて樹さんを見たのがまずかった。

「どうやら私が言ったことは合っているようだ」

 私の反応で、樹さんは確信を得る。

「あぁッ」

 樹さんは耳たぶを触ると、そこを軽く噛んだ。

「なら私を好きになればいいだろう。それが無理なら身体だけでも繋がって忘れるか? 私ならいくらでも相手になる」
「な、にを……いっ……んぅ」

 下着越しに胸の頂を摘ままれる。

「琴子が望むなら、恋人同士のように優しくする」

 そんなことをされても意味がない。

 樹さんと恋人ごっこなんてしたら余計に忘れられなくなる。

「樹さん、彼女ができたんじゃ……」
「できていない」
「でも、女の人と食事してました」
「見ていたのか。琴子が言っているのは上司に言われて参加したお見合いだろう」
「じゃあ、その日朝帰りしたのは」
「酒を飲まないと約束したのに飲んでしまったからな。酔いが醒めそうになかったから、ホテルで一泊した。当然一人だ」

 綺麗な女性と一晩過ごしたのだとばかり思っていた。

 ほっとした途端、涙が零れる。

「琴子」

 泣いている私よりも樹さんは苦しそうだった。溢れた涙を手ですくい取ってくれる。

「慰めて欲しいだけなら私がする」

 私が何かを言うよりも先に、樹さんは唇を塞いだ。ねっとりとしたあたたかい舌が口内に侵入し、頬裏や歯茎を撫でて行く。

「んっンンッ」

 肩を押して逃れようとしても、押し倒されている酔っ払いの私に勝ち目は全くない。

「したくなったら言ってくれ。酔っている琴子に、入れたりはしない」

 それだけを言うと、樹さんは黙って私の身体の隅々まで愛撫した。唇も、耳も、首も、肩も、生々しい感触を植え付ける。

 宣言通り、樹さんは入れようとしなかった。それどころか、下着の上から股の間を触れることもしない。他の感覚がどんどん研ぎ澄まされ、私はとうとう耳を噛まれるだけで達してしまった。

 お腹の下が熱い。

 いっぱいいっぱいになって、口をぱくぱくと開閉した。

 なのにまだ樹さんは手を止めない。身体を密着させて、キスをしながら股を撫でる。

「も、もぉ無理……無理です」

 心臓がはち切れそうだった。

 好きな人にずっと愛撫されて平気でいられるはずがない。樹さんの樹さんだって、かなり大きくなっている。

 いつになれば解放されるのだろう。

 けれど「無理」は言えても「嫌だ」は言えない。そのせいで私の身体は変態になってしまう。

「だが、まだイキ足りないだろう?」

 直接的な部分を一切触らないで達することを何度もしていては気が狂ってしまいそうだった。

 せめて指くらいはと思うが、止めるべきだと堪える。最終的に全部欲しくなってねだる結末が安易に想像できた。

 拒絶のできない私の身体は、淫らに開発されていった。


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